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17.大公の叱責



ヒストリアは、迎えに来たカインと城内を歩いていた。

廊下には、二人の足音だけが響く。



「…朝からご足労いただき、申し訳ありません。しかし、殿下が誰かを直々に呼び出すのは珍しいことなので光栄と思っていただけると」


「…何のご用かわからないのに、単純に喜べません」


「…姫は、鋭いですね。…実は少々ご機嫌斜めでして」


「……」


「心当たりはおありですか?」


「…何でしょう…。寝不足とかですか?」

ヒストリアが部屋に戻った時には、すでに空が白み始めていた。


セオドールが部屋に戻ったのもその時間なわけで、子どもみたいな理由ではあるが、そのせいで機嫌が悪い可能性はある。



「…あぁ、確かに眠そうでしたが、そこではありません」


「…カイン様はお怒りの原因をご存知なんですよね?」


「教えて差し上げたいですが、残念ながら執務室に着いてしまいました」

にっこり笑うカインを横目に、ヒストリアは静かに扉の前に立つ。



「殿下、ヒストリア様です」


カインが声をかけると、中から低い声で「入れ」と、短い返事が返ってくる。


中に一歩入ると、執務室の大きな机の前にセオドールが座っていた。


「おはようございます、殿下。お呼びとお聞きしました」

ヒストリアが一礼する。


セオドールは読んでいた書簡を机に置くと、じっと彼女を見据えた。

その目は、いつもよりも険しい。


「――どこから抜け出した」


「え?」


「昨夜の話だ。闘技場に行くには北塔の門をくぐり、その先の階段を抜けなければならない。あそこは白狼の通り道にもなっている。もし出くわしたら喰われていたぞ」


「…そうですか」


「…そうですか、ではないだろ」

低く響く声に、ヒストリアの肩が揺れる。


セオドールが立ち上がり、ヒストリアに一歩詰め寄る。

「…で?どうやって抜けた。警備兵に確認をしたが、東翼から繋がる門は昨夜誰も通していないと言っていた」


「…窓から」


「窓だと?」


「屋根を伝って北の塔へ行き、踊り場から下に」


セオドールが額に手を当てて、一拍置いてから低く息を吐いた。


「命知らずだな」

 

「塔の下に雪が積もっていたので落ちても大丈夫だと思いました。案の定、怪我をすることもなく雪が受け止めてくれましたよ」


「雪は、降ってから時間が立つと固くなる。そこへ落ちればどうなるかわからないのか?」


「……」

こんな威圧的な態度で心配しているつもりなんだろうか。


「…おい、何とか言え」


「…何と言えばよいのでしょうか」


「“申し訳ありません”とか何かあるだろ」


「…申し訳ありません」

全く反省の色が見えないヒストリアに、セオドールの眉が跳ねる。


「…また減らず口か」


「お言葉ですが、私の口が減らないのは、殿下が増やしているからかと」


「…そんなに雪の上に落ちたければ、今度氷竜の背から落としてやろう」


「…落ちた時には、殿下の従順な風が助けてくださるのを切に願っております」

ヒストリアが微笑むと、セオドールは彼女のその顔を一瞬だけ見て、自分でも気付かないうちに目を逸らした。


「…もう行け。お前と話していると仕事が滞る」


「はい、殿下。それでは失礼いたします」


扉へ向かうヒストリアの背を、セオドールは無言で見送る。



「…おい」

地を這うような声が部屋に響く。


カインは一応執務室を見回すが、目の前の不機嫌な主以外に、部屋の中には自分しかいない。


「…はい」


「なんなんだ、あの態度は」


「たしかに、驚きですね」

(あんなに言い返されても殺さない、あなたがね)


カインは心の中で呟いていた。


「夜警を強化しろ」


「承知いたしました」

(…なんでこんなに振り回されるんだ)



この日から、城の夜の警備兵は2倍に増やされた。




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