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16.侍女たちの噂



朝の光が差し込むノルディア城。

東翼では、鏡台でエマがせっせとヒストリアの髪を梳かしていた。


華美な装飾は好まないヒストリアは、今日もシンプルなワンピースドレスを着ている。


ふと鏡越しに見えるのは、エマの不満そうな顔だった。


「…どうしたの?」


「…毎日、この髪型ばかり。装飾品もつけられないのでやりがいがありません!せめて髪を巻いてもいいですか?」


ヒストリアの髪型は、長い髪を後ろの高い位置で一つに括るもの。

騎士の時は自分でやっていたし、エマにしてもらうのが申し訳ないほどのものだった。


「…うーん…、でも、どこかに行くわけじゃないし」

エマはその一言に返す言葉をなくし、唇を結ぶ。


「…じゃあ、これだけ」

括られた髪に、赤い宝石がついた髪飾りをつける。



そこへ、部屋の外で掃除をしている侍女たちの声がひそひそと聞こえてきた。

どうやら噂話の真っ最中らしい。



「ねぇ、聞いた?昨夜、闘技場の上に氷竜が現れたって」

「見た者がいるらしいの。巨大な光る竜が空を飛んでたんですって」

「…信じられない!でも、それだけ大きな竜なんて扱えるの、殿下しか…」

「じゃあ、殿下が真夜中に魔法を?」



ヒストリアの手が、膝の上でぴくりと動く。

エマも気づいて、慌てて声を潜めた。

「…ヒストリア様、昨夜はここでお休みでしたよね…?まさかまた抜け出して―――」

「き…昨日はちゃんと部屋にいたわ」

(…ほとんど明け方からだけど)



外の噂はさらに熱を帯びる。


「でも、なぜ闘技場で?戦や祭事でもないのに」

「わからないけど、氷竜が周回するみたいに闘技場の上を飛び回ってたらしいわよ!」

「そのうち、塔を超えて城の方に来たんだとか!…もしかして、恋人との逢瀬を楽しんでたりしてッ…」

「まぁ、素敵っ!」


「きゃっ」と笑い声が弾ける。

ヒストリアは苦笑しながら、鏡越しにエマと目を合わせた。



「…殿下に恋人、だって」


「そんな、まさか!花嫁様はヒストリア様です!」

エマが慌てて首を振る。


実際のところ“贈り物の花嫁”とは、役職に近いものだった。

そもそも、属国からの人質だし、花嫁とは言っても夫婦とはかけ離れたものだ。

婚姻を結んでいるわけでもない。


昨日も、恋人と間違われるようなことは何もなかった。

ただ、剣の相手をしてもらっただけ。


「噂って、こうして脚色されていくのね」



氷の闘技場、剣、そして魔法の竜―――

翼の上で、落ちないように支えてくれていたセオドールの体温を思い出す。


恋物語の主人公なんて、きっと自分のような者ではなく別の誰かのほうが似合う。

ヒストリアは鏡に映る自分を見て、そう思った。



そんな侍女たちの会話が、あるところでぴたりと止まる。


その瞬間、ヒストリアの部屋がノックされた。


「失礼します」

カインが入ってくる。


エマが姿勢を正して挨拶をした。

「おはようございます、カイン様!」


「おはよう、エマ。——少し、姫をお借りする」

にやり、といつもの人の悪い笑み。


ヒストリアは立ち上がり、首を傾げる。



———ずいぶん、人気者ですね。

廊下に出た瞬間、カインが小声で囁く。


「…なんのことでしょう」


「殿下との()()()()の話です。城中で噂になってますよ」


「…そんなんじゃありません」


皮肉まじりのやり取りの中で、ヒストリアの頬がほんのわずかに赤くなったのを、カインは見逃さなかった。




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