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12.暴かれる嘘



晩餐の喧騒が去った広間には、セオドールとカイン、二人だけが残っていた。


卓上で倒れたグラスからこぼれた葡萄酒が、真っ白なテーブルクロスに紅い染みを作っていた。

セオドールは席を立たず、ただその紅い染みを見ていた。



「…殿下、あの方、本気で倒れましたよ」


「…見ればわかる。芝居なら、あそこまで真っ直ぐには倒れない」


側に控えていたノエルの咄嗟の行動がなければ、大怪我をしていたかもしれない。


「殿下を狙う女は、色仕掛けか暗殺者のどちらかだと思ってましたけど、あの娘、一体どっちです?」


カインの声は冗談めいていたが、琥珀色の瞳の奥は探るように光っている。



セオドールは短く息を吐いた。

「葡萄酒一杯で倒れる刺客がいるか?」


「…たしかに」

カインが苦笑する。


「あんなに酒に弱かったら、どちらの役にも立たないだろ」


「それにしても、ノエルはよく反応しましたね」


「…ノエル?あの衛兵か」


「あれが以前、彼女が逃げ出すかどうかで仕掛けた罠です。…どうやら、懐柔されてしまったようですが」


「…命令違反でお前が処分しなかった理由は」


「姫の拠り所になっていたからです」


「…拠り所?」


「二人で毎日剣の稽古をしていました。それが微笑ましかったので」


「だから殺さなかったと?」

セオドールの瞳がほんの一瞬だけ揺れて、低い声が落ちる。


「まだ十五歳の少年です。先程は見事な騎士(ナイト)でしたが」


「くだらない」

セオドールが立ち上がると、長い外套が揺れた。


「どちらへ?」

わかっていて無邪気な声で聞いてくるカインか憎たらしい。


無言で睨み付けた。


「姫なら、東翼(とうよく)の客間です」


「…何も言ってない」


「てっきり行かれるのかと」


「…嘘を暴きに行くだけだ」


「何も言ってませんが」


「……」


そうして、セオドールが扉の向こうへ消えていく。

残されたカインは、グラスに残った赤色を見つめて小さく笑った。




*******

夜更け、

城の東翼は静まり返っていた。


部屋の中には、弱い灯と微かな呼吸音。

寝台の横では侍女のエマが心配そうに見つめていた。


顔は赤く、呼吸は浅い。

慣れない強い酒がヒストリアの体を打ちのめしていた。


「…大丈夫、…なんでしょうか…」

寝台の足下の方では、この部屋にヒストリアを運んできたノエルが真っ青な顔をしている。


そんな二人が、はっと顔を見合わせた。

廊下から重い足音が聞こえ、その音が扉の前で止まったからだ。



ゆっくり開いた扉から入ってきたのはセオドール―――


ここに来るはずのない人物が現れたことによって、二人は頭を下げるのも忘れて立ち尽くしていた。


「…下がれ」

低く這うような声を聞いて、ようやく動いたのはエマだった。


「…で…、殿下…、花嫁様は体調が優れず…っ…、今夜はどうか―――」


「下がれと言ってる」

氷のような深青の瞳がエマを捉えた。


「で…ッ…ですが…、」

今にも射殺されそうな視線と、寝台との間に立っているエマは、ガタガタと震えている。



「…お前がノエルか」

その視線が後ろに向いた。


「…はっ…はい…!」


「侍女を連れて部屋を出ていけ。これは命令だ」


「…姫さんを、…殺すんですか…ッ」

その言葉に、セオドールが微かに笑った。


「…さぁな。答え次第だ」


「…じゃ…、じゃあここを動きません!俺は姫さんの護衛兵です…!」


その瞬間―――、

パキンッ…


ノエルの立っている横にあったテーブルが脚から一瞬で凍りつく。

視線だけそちらにやると、上に置いてある花瓶とその中の花まで全て凍っていた。


大魔法士セオドールの氷魔法―――…


「次はお前を凍らせる。…あるいは、この部屋ごと氷像にしてもいいが」

セオドールの手に青白い光が宿る。


寝台に横たわるヒストリアは、ぼんやりとその姿を見上げた。


「…殿下は私に用があるのでしょう?…凍らされては話せません」


小さいが、はっきりとした声でそう言うと、ゆっくりと体を起こそうとする。


「…花嫁様っ…」

エマがすぐに駆け寄った。


体がうまく動かない。

頭が重く、口の中もまだ葡萄酒の苦味が残っている。


「目が覚めたか」



セオドールの手に光がないのを確認すると、ヒストリアはエマとノエルに部屋から出るように促した。

そうして、セオドールとヒストリアの静かな対峙が始まった。


「…お前の名は」


「…リヴィアナです」


「俺は嘘が嫌いなんだ。()()で聞いてるうちに答えた方がいい」


彼が寝台に一歩近づく。

その距離に息が詰まりそうだった。


低く、鋭く、それでも理性を保った声。


―――それでも言えない。


自分がここで殺されるだけなら構わない。

しかし、リヴィアナではないとバレてしまえば、王国にいる母や騎士団の仲間に危害を加えられるかもしれない。


ヒストリアが首を横に振る。


寝台の傍らの椅子を引き、セオドールが静かに腰をおろす。


「…言えば楽にしてやる」


「…っ、ですが…、フェルバールが…」


酒なんか飲んだせいで頭痛がひどい。

体もうまく動かないし、視界もまだ少しクラクラしていて、目の前の男を睨むこともできない。


ヒストリアの目には涙が浮かんでいた。


「祖国は不問にする」


もう、考える気力も残っていなかった。




「…ヒストリア…、…ヒストリア・グレイス」


セオドールの瞼が僅かに動く。

その名を確かめるように一度唇の裏で呟くと、


右手に青白い光が宿り始め、そのままヒストリアの顔の辺りにかざされた。




―――私は、ここで死ぬんだ。

そう悟ったヒストリアが目を閉じると、



「…おやすみ、ヒストリア」



そんな声が最後に聞こえた。


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