番外編・強くなる理由
俺の名前はユアン、十五歳。
つい先日、大公城の近衛兵として配属されたばかりの新米兵士だ。
朝の訓練場で、俺は何度目かのため息をついていた。
同じ訓練を受けているはずなのに、目の前で剣を振るう先輩兵士の動きが明らかに違っていたからだ。
無駄がなく、踏み込みが鋭く、剣筋がぶれない。
「…ノエル先輩」
思い切って声をかける。
「最近、やたら強くないですか?何かコツでもあるんですか」
少なくともこの人、少し前まではこんなに強くなかったはずだ。
先輩は汗を拭いながら、あっさりと言った。
「ん?…ああ、姫さんに稽古つけてもらってるからかな」
「…姫さん?」
「妃殿下のことだよ」
俺は思わず眉をひそめた。
「え、でも…、妃殿下って、元騎士だって聞きましたけど、所詮、女の人ですよね?」
口にした瞬間、先輩の視線がすっと冷たくなる。
「お前、見たことないんだっけ」
「何をです?」
「殿下と姫さんの模擬試合」
剣を肩に担ぎ、遠くを見るような目をした。
「殿下相手に、あそこまでやり合える人間は、城の中でもそういない」
「…大げさじゃないですか?」
「俺がくだらない嘘でもついてると思うわけ?」
図星だった。
俺は何も言えなくなり、その日の訓練が終わったあと、先輩の後をこっそりつけることにした。
向かった先は、城の端にある闘技場だった。
柱の陰から覗くと、そこにはヒストリア妃殿下がいた。
剣を持つ姿が細い。
どう見ても先輩の方が強そうだ。
二人が向き合い、まず始まったのは、拍子抜けするほど地味な指導だった。
「背筋を伸ばして。重心は、もう少し前」
「はい」
「剣を振る前に、足。体重移動を意識して」
―――それだけ?
正直、俺には大したことには見えなかった。
だが、そのあとだった。
「じゃあ、軽く一本」
そう言って始まった模擬戦で、俺は息を呑んだ。
速い…!
いや、速いというより、正確なんだ。
先輩の剣を、妃殿下はことごとくいなし、わずかな隙に踏み込む。
剣先が喉元で止まった瞬間、勝負は終わっていた。
「…っ、」
驚きのあまり、俺は足元の石を蹴ってしまった。
「誰かいる?」
妃殿下がこちらを見る。
隠れる意味もなくなり、俺は慌てて出て行った。
「す、すみません!覗くつもりは…」
「…お前、ついてきたのかよ」
「え、ノエルの友達?」
「友達っつーか、後輩っす」
妃殿下は一瞬きょとんとしたあと、ふっと柔らかく笑った。
「よかったら一緒にやる?」
「えっ、俺も…?」
こうして、俺は妃殿下と稽古をすることになった。
「最初は、ノエルにやったのと同じだけど…」
そう言って、剣を構えさせられる。
「まずは姿勢から。肩の力を抜いて、剣は…、そう」
言われた通りに立つと、不思議な感覚があった。
「…あれ?」
剣が、さっきより軽い。
元々剣を重いと思ったことはなかったけど、いつもより明らかに軽く感じた。
「振りやすい…」
「そうでしょう?」
妃殿下は嬉しそうに言った。
そのあと、三人で稽古をすることになったんだけど…。
率直に、地獄だった。
足は震え、腕は上がらず、最後にはその場にへたり込む。
「…も、もう無理です…、動けません…」
「おい、ユアン。今日はまだましなほうだぞ」
先輩が肩をすくめる。
「…まし…って…?」
「ひどい時は、この後、殿下が来る」
「え、」
「地獄ってのは、ああいうのを言うんだ。あれこそ生き地獄。まるで悪魔の所業だ」
…その瞬間、
闘技場の入り口付近が、パキッと音を立てて凍りついた。
「…誰が悪魔だと?」
低い声。
振り向くと、そこには大公殿下が立っていた。
―――結果、
俺と先輩はその日、本当の意味で動けなくなるまで鍛えられた。
床に転がりながら、俺は思った。
「…これじゃ、先輩が強くなるのも当たり前だ…」
大公城の強さの理由を、俺は身をもって知ったのだった。




