番外編・赤と青
豊作を願う祭りの日、町は朝からざわめいていた。
色とりどりの布が軒先を飾り、果実や穀物を象った飾りが風に揺れている。祈りと喜びが混じり合った、穏やかな熱気だった。
セオドールとヒストリアは、祭りの雰囲気を味わうため、お忍びでやってきている。
質素なワンピース姿のヒストリアは、外套の中で胸を弾ませながら歩いていた。
「こんなにたくさんの人が集まるんですね!」
「今日は特別だからな」
隣を歩くセオドールは、麻素材の服に身を包み、特徴的な銀色の髪と深青の瞳を隠すため、ベールとフード付きの外套を被っている。
一見すると、旅人のような二人の装いだ。
豊作を祈る広場では、音楽が流れ、子どもたちが走り回っていた。
ヒストリアは、目に映るすべてが新鮮で、落ち着きなく辺りを見回していた。
「これが…、ノルディアのお祭り…」
林檎飴の赤、焼きたてのパンの湯気、楽師たちの奏でる軽やかな音。
ヒストリアが生まれたフェルバールでは、ここまで盛大な祭がなかったため、どれもこれまで見たことがないものばかりだった。
「こんなに賑やかなお祭りは初めてです」
「…そうか」
屋台の店主が、にこにことヒストリアに声をかけてくる。
「そこのお嬢ちゃん、ひとつどうだい?」
見ると、装飾品を売っている露店のようだ。
「これは、つけてるだけで恋が叶うと噂の腕輪だ!」
「恋が叶う…、腕輪??」
手に取ると、細いチェーンに赤と青のガラス玉がついた腕輪だった。
「綺麗ですね」
「そうだろう?今年は、大公妃殿下が来て初めての春の祭りだからな!俺は見たことはないが、お妃様は宝石のような赤い目をしているそうだ。それを模して作ったのさ」
「…へぇ…」
「こっちの青いのは大公様の目の色だ。大恋愛の末、夫婦になられたと聞くからな。お二人の色が入った腕輪なら、恋が叶うこと間違いなしってことよ!」
店主が自慢気に語る。
「…だ…っ、大恋愛?」
「そういえば、お嬢ちゃんの目も赤いんだな…?何かの縁だ、ひとつやるから持っていきな!」
笑顔の店主がそう言うと、後ろからセオドールが姿を現す。
「…いや、代金は払う。ひとつもらおう」
そう言って、銀貨を一枚渡した。
「え、兄ちゃん、これじゃ多すぎる。悪いが釣りがねぇんだよ」
「釣りはいい。あとでうまいものでも食べてくれ」
「そうは言ってもなぁ…」
店主は頭を掻きながら、二人を交互に見たあと、ふっと何か思いついたように目を輝かせた。
「…よし、じゃあこうしよう!」
ごそごそと箱の奥を探り、別の品を取り出す。
「これはな、腕輪と対になってるお守りだ。恋ってのは、二人だけで叶えるもんじゃねぇ。神様にちょっと後押ししてもらうのも大事でな」
差し出されたのは、小さな布袋だった。生成りの布に、赤と青の糸で簡素な刺繍が施されている。
「豊作祭の朝に教会までいってあげてもらった祝詞を入れてある。持ってるだけで、仲が良くなるのはもちろん、喧嘩が減る、すれ違いが減る、あと―――…」
店主は声を潜め、にやりと笑う。
「子宝にも恵まれる」
「…えっ…」
ヒストリアの頬が、じわりと熱を帯びた。
「さあ、持っていきな。さっきの腕輪は“恋が叶う”だったろ?こっちは叶った恋を守るもんだ。子供ってのは宝だからな」
そう言って、半ば強引にヒストリアの手に乗せる。
「お嬢ちゃん、幸せそうな顔してる。隣の兄ちゃんは恋人だろ?これで二人の仲も深まるってもんよ!」
ヒストリアは困ったようにセオドールを見上げた。
「…頂いていいんでしょうか」
「受け取っておけ」
短く答えたあと、セオドールは店主に向き直る。
「礼を言う」
「おう!達者でな、旅人さん!」
屋台を離れ、人混みの中を歩き出す。
ヒストリアは、手の中のお守りをそっと握りしめた。
「…私たちのこと、噂になっているんですね。大恋愛だなんて…」
思わず苦笑いしてしまう。
「好き勝手言われているだけだ」
「でも…、」
腕輪に視線を落とす。
赤と青のガラス玉が、陽光を受けてきらりと光った。
「なんか、嬉しいです」
その一言に、セオドールは足を止めた。
「……」
「こんなふうに、誰かの幸せ話として語られるのは…悪くないなって」
しばらく沈黙が落ちる。
やがて、セオドールはヒストリアの手首にそっと触れ、腕輪を整えるように指先で留め具を直した。
「外すな」
「……?」
「祭りの日に身につけたものは、より縁を強めると聞いたことがある」
「…そういう言い伝え、信じてるんですね」
「信じるかどうかは別だ」
そう言って、ほんのわずかに視線を逸らす。
「だが…悪い気はしないからな」
ヒストリアは微笑み、お守りを大切に胸元にしまった。
「…また、来たいです。こういう場所に」
セオドールは、少しだけ目を細める。
「ああ。また来よう。来年も、その次も」
約束のように、静かに。
豊作を願う祭りの喧騒の中で、二人の距離は、またひとつ自然に近づいていた。




