表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/125

102.収束の時



数日後、北部の森と境界は、ようやく本来の静けさを取り戻していた。


氷が暴れ、火が焼き止めた痕跡はまだ残っているものの、空気は澄み、魔力の歪みも感じられない。


森の奥の小屋の中、簡素な寝台にセオドールは腰掛けていた。



もう鎖はつけておらず、あれ以来、氷の魔力は落ち着いている。



その前に立つのは、大神官ルーカス。


片手に長い杖を持ち、もう一方の手をセオドールの胸元にかざしている。




「……」


しばらくの沈黙。



カインは息を詰め、マックスは壁にもたれたまま黙って様子を見ていた。


ヒストリアは少し離れた場所で、心配そうに見守っている。



やがて、ルーカスが手を下ろした。


「…消えてるな」

その一言に、空気がふっと緩む。


「呪いの残滓(ざんし)も、精神侵食の痕もない。きれいさっぱりだ」



「…本当ですか?」


カインが思わず声を上げた。


「疑うなら自分で診ろ。俺の目が節穴だったら、神殿はとっくに潰れてる」


ルーカスが、ふん、と、鼻で笑う。



「ですが、呪いが消えるとは…」


「そのためにヒストリアに神力を注ぎ込んでおいたんだ。…まぁ、賭けではあったが…」


ルーカスは、ヒストリアの方を見た。



「…どういうことですか?」

視線に気づいて、ヒストリアが問う。



「これは、魔力と神力の性質の違いだ。魔力は押さえ込み、それだけ増幅しやすいが、神力は委ね、鎮めるものだ。ヒストリアに呪いを浄化するだけの神力はないが、俺の神力が媒介になり、ヒストリアがこいつの精神に入ることで外との繋がりができた」



(…リュカ様の話が、さっぱりわからない…)


ヒストリアは、そのまま話を聞く。


「あの呪いは、精神を孤立させ、感情を溢れさせ、それを餌として魔力を制御不能にするものだった。外と繋がったことで、術が成立しなくなったんだろう」


セオドールは、静かに息を吐く。

彼のほっとしたような姿に、ヒストリアもようやく安心できた。



その様子を横目で見ながら、ルーカスがわざとらしく咳払いをした。


「まったく…、」


そして、セオドールを値踏みするように眺める。



「幼い頃から莫大な魔力を持ってたくせに、よくもまあ、ここまで拗らせたもんだ」


「……」



「言っておくが、俺も似たような境遇だった」


セオドールがわずかに眉を動かす。


「人並み外れた神力を持っていたからな。周りには気味悪がられて、利用されて、押し付けられて。それでも俺は壊れてない」



ルーカスは、にやりと笑った。


「要するに、俺とお前は格が違うってことだ」



ヒストリアが思わずため息をこぼす。


「リュカ様…」



「いいんだよ、事実だからこれくらい言ってやったほうが」


ばっさり切り捨ててから、ルーカスはセオドールに向き直って、指を一本立てる。


「お前は、意外と真面目なんだな。押さえ込みすぎた」


セオドールは、反論することもなく静かに視線を落とした。



「“感情を切り離せ、制御しろ”そう教えられて育ったようだが…、」

ルーカスは肩をすくめる。



「それはな、壊れないための方法じゃない。そんなやり方じゃ、どうせいつかはこうなっていただろう」


一瞬、セオドールの表情が揺れた。



「…では、どうすればいい」

問いは低く、真剣だった。


ルーカスは少しだけ、声の調子を落とす。


「完全に制御しようとするな。溢れるのが当たり前なんだ。その前提で、うまく外へ逃がせ」


視線が、自然とヒストリアへ向かう。


「今回みたいなことにならないようにな」


ヒストリアが小さく息を呑む。



ルーカスは、わざと意地の悪い笑みを浮かべる。


「次に暴走した時は、俺が直々に縛ってやる」



マックスが吹き出した。


「それは見てみたいな」



「黙れ火トカゲ。貴様、さっき聞いたが、以前孫に求婚したそうだな」


「えっ、」


「孫に指一本でも触れてみろ、その舌と指を残らず切り落としてやる」


マックスが、唖然としている。



一蹴してから、ルーカスはヒストリアに向き直った。


「…お前は、本当によくやったな」

それは、優しい声だった。


ヒストリアは少し照れたように、でもまっすぐ答える。


「リュカ様のおかげです」


ルーカスは一瞬、目を細める。



「…本当に、ろくでもない男を選んだな」


そう言いながら、ヒストリアの頭にぽん、と手を置く。


「…あの、」


「なんだ?」


「…え…っと、」


ヒストリアの歯切れが悪い。


「どうした?」


ルーカスが不思議そうに顔を覗き込む。



「…リュカ様、少しだけお耳を貸していただけないでしょうか」


「……?」


言われた通り、ルーカスが耳を差し出すと、




「…―――……」


ヒストリアが何かを耳打ちし、


次の瞬間、


「……!!」


ルーカスが目を見開いて驚く。




「…ま、まあ、お前が選んだ男なら、仕方ないから面倒をみてやる。何かあったらいつでも呼べ」



そして、セオドールを見る。


「覚えとけ。お前は独りで耐えられる男じゃないんだよ。クソガキのくせにそんな器があるわけないだろう?耐えさせられてきただけだ。今度ヒストリアが死にかけたら、俺がお前を殺す」


ルーカスは背を向け、外へ歩き出した。


「さて、俺は帰る。あとは夫婦で勝手にやれ」




ヒストリアが慌てて後を追う前に、セオドールが小さく声をかけた。


「…何を言ったんだ?」


「…内緒です」


「……?」


今度は、セオドールがルーカスの後を追った。



「…大神官様、ありがとうございました」


立ち止まらずに、ルーカスは答える。


「礼なら大公国にたっぷり請求するから安心しろ」


ちらりとだけ振り返ったその顔は、なぜか気味が悪いほど満面の笑みだった。



その場にいた誰もが、ルーカスの笑顔を訝しげな顔で見ている中、ヒストリアだけが微笑んでいた。


先程、耳打ちした言葉が、心の中でもう一度繰り返される。




“ありがとうございました、おじいさま”




それは、ようやく伝えることができた、感謝の言葉だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ