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10.氷の大公の、帰還



数日後、城にセオドール帰還の報せが入った。


慌ただしく動き出す城の様子は、離れの塔にいるヒスとリアにまで伝わってくる。



―――花嫁様、大公殿下がお呼びです。


震える声でエマがやってきたのは、まもなくのことだった。



ノルディア大公国に来て半月以上はたったが、城の中に入るのは初めてだ。

最初に通った回廊と同じように、城の中も整然として美しかった。


空気が変わったのは、氷の彫刻のように静まり返った大広間の重たい扉が開いた時だ。

扉を開けたことで蝋燭の炎が僅かに揺れる。

一歩中に足を踏み入れると、その男がいた。


冷たい銀色の鎧を(まと)い、透き通るような銀色の髪と、射貫くような鋭い深青の瞳、


セオドール・ヴァル=ノルディア


紹介されなくても彼が誰なのかすぐにわかる、圧倒的な存在感で部屋の空気を支配していた。


セオドールは玉座に座るわけでもなく、立ったままヒストリアを見下ろしている。


「お前が贈り物の花嫁か」

声は低く、静かだがよく通る。


「…はい。お初にお目にかかります。フェルバールから参りました、リヴィアナと―――」

「喋るな」


その一言で、音が止まった。

セオドールの青い瞳が氷刃のように刺さり、言葉と共に息まで詰まりそうになる。

彼がヒストリアの方へゆっくりと近づいてきた。


黒い外套(マント)の衣擦れの音だけがやけに大きく響く。


「贈り物なら、中身を確かめるのが礼儀だろう」

セオドールの視線がヒストリアの全身に這うように走る。


それは欲望でも関心でもなく、まるで武器の品定めをするかのような冷徹さだった。


セオドールがヒストリアの顎を指で持ち上げるが、彼女は眉ひとつ動かさない。



「虚飾も、媚びもない。属国からの贈り物にしては…ずいふん退屈だな」


その瞬間、ヒストリアの目には微かな怒りが宿る。

ゆっくりと見上げるように、セオドールを睨み返す。



「…なんだ、その目は」


「……」


「なんだと聞いている」

低く、冷たく、威圧的な声。


ヒストリアも一歩も引かない。

「…話すなと仰ったのは殿下ご自身です」


広間の空気が張り詰めた。

その場に数人いた衛兵も、息を潜める。



セオドールの視線が、まるで氷と炎が合わさったように揺らめいく。



「…口の利き方を知らないのか?」


「…言葉の礼は尽くしたつもりですが、殿下の話し方の基準までは存じません」


冷たい怒気が走るセオドールの横顔を、カインも見つめていた。


…まただ。

この広間のこの状況で、あんな言葉を吐ける女が他にいるだろうか。

少なくとも、カインが知っている人間の中にはいない。

ただの恐れ知らずなのか…、

あれは勇敢というより、もはや無謀。

真正面からセオドールを言い負かすなど、聞いたこともない。

相当肝がすわっていることだけは確かだ。


カインが周りに目をやると、侍女は蒼白になり、衛兵たちは石像のように固まっている。


それよりも、驚いたのはセオドールの様子だった。


―――これは、厄介だな。


カインは、幼い頃からセオドールの忠臣として、また数少ない友人として側にいる。


セオドールの気性は誰よりもよくわかっているつもりだ。


戦場でも、政治の場でも、常にセオドールの心の動きを読む役目を背負っている。


――あの姫の、()()に引っかかってるのか?

あの、氷のような暴君大公が。


カインは心の中で小さく笑った。



ひとまず、あの膠着(こうちゃく)状態をどうにかしなければ。


セオドールの理性が持つうちに退()くのが得策だ。


静かに一歩進み出て、頭を下げる。


「…殿下、まだ戦場からご帰還なされたばかりです。一度お部屋で休まれてから、あらためて姫にご挨拶にお越しいただくのはいかがでしょう」


カインのその言葉に、セオドールはしばし沈黙すると、鋭い眼差しをヒストリアから外す。


「…好きにしろ」


短く吐き捨てるように言うと、踵を返した。

その背が遠ざかるのを見届けると、広間の空気が一気に緩む。

人々が一斉に息をついた。


カインが軽く笑みを浮かべ、ヒスとリアに一礼する。

「…と、いうわけで、挨拶に行く支度をいたしましょう」


「…嫌です」


「…うーん、困りました。姫が行かれないと、支度を整えられなかった侍女、案内できなかった衛兵に罰を下さねばなりませんが…、仕方ないですね」


「……」


「さぁ、参りましょう」

どうやらこの男の方が一枚上手だった。




*******


―――お見事ですね、姫。

広間を出た廊下で、カイン・ヒックスがそう切り出した。


「…何がですか」


「初対面で殿下を正面から睨み付ける人間を、初めて見たかもしれません…」


ヒストリアは、一瞬だけ視線を向けた。

カインが愉しそうに笑っている。

「…睨んでません」


「ははっ…、ではあんな鋭い目で()()()()だけだと?…それは、殿下のご心境も察して差し上げなければならないな」


「心配されなくても、あの程度の視線、きっと慣れておいででしょう」

いろんなところで恨みを買っていそうだ。


「“喋るな”と言われて言い返してましたよね?」


「…あれは理不尽な命令です。従順に従えという方が無理な話かと」


「なるほど。従順ではない花嫁か。…殿下の好みから一番遠いタイプかもしれませんよ?」


「光栄です」

間髪入れずに返ってくるその言葉に、カインは思わず吹き出しそうになった。

彼女の声は淡々としているのに、返しの鋭さが妙に心地よい。


「あなたのそのまっすぐなところは素晴らしいですが、少し危険かもしれません」


「…褒め言葉ではないですよね?」


「えぇ、警告です」

カインが微笑む。


「…警告?」


「そうです。首が飛ぶ時は一瞬ですよ」


「それでも、言うべきことは言います」

即答するその声には、震えや迷いがない。



―――偽りの姫だと警戒していたが、

殿下がこの女にどう向き合うのか、見物だな。



「さぁ、こちらのお部屋です。支度のために、後で侍女を寄越しましょう」


城内の一室の扉を静かに開け、ヒストリアを中に入れる。


扉が閉まって静寂が訪れたところで、カインがひとつ息を吐いて、小さく笑った。



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