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97.真実を知る



セオドールが北方へ連れて行かれてから、一ヶ月が過ぎていた。


大公国、ノルディア城では、毎日が淡々と進んでいく。


城の者たちは、いつも通り仕事をし、変わらない日常を送っているように見えた。


だが、ヒストリアにとっては、それ自体が違和感だった。


セオドールが戻っていない。

理由も、時期も、誰もはっきりとは口にしない。



「遠征は長引くことがある」

「殿下はお忙しいようだ」

「もう少しで帰ってくる」


そう言われるたびに、胸の奥に小さな棘が増えていった。

 

この日も、ヒストリアは炊事場の裏で洗濯を手伝っていた。


冷たい水に手を浸し、白布を絞る。

指先がかじかむ感覚だけが、現実をつなぎ止めていた。



その時だった。


「…お前、例の永久凍土の偵察部隊だったんだろ?よく生きてたな」


「呪術にやられた。カイン様が魔方陣を描いてここまで送ってくださったんだ」


背後から、低い声が聞こえた。

洗濯桶の縁を、指が強く掴む。


「…殿下は北方の森に連れていかれたそうじゃないか」

「気を失っていたから見ていないが、相当ひどい状態らしい」



心臓が、跳ねた。


先発で偵察部隊として送られた魔法士の一人がが、城の隅で小声で話していたのだ。


顔色は良くない。

嘘を言っていたり、冗談混じりの声でもない。



ヒストリアは、気づけばその魔法士の方へ歩いていた。



「…あの、」


声が、自分でも驚くほど震えた。


魔法士が振り返り、ヒストリアだと分かると、ぎくりと目を逸らす。



「今の話…、本当ですか?」


「…ひ、妃殿下」


困ったように顔を見合わせたあと、年若い魔法士が口を開いた。



「…はい、本当です」


「おい、箝口令だぞ…!」

もう一人が慌てて口を挟むが、魔法士は首を振った。


「奥方様だ。知る権利がる。…殿下は、呪術を受けました。今は治療のため北方の森にいます」


頭が、真っ白になる。



「…カイン様と、お話しできますか」


縋るような声だった。

魔法士は一瞬ためらったが、やがて小さく息を吐いた。


「…通信魔方陣を作ります」


ヒストリアは深く頭を下げた。

通信用の簡易魔方陣が展開され、光の輪が地面に浮かび上がる。



『…なんの用だ。こっちは忙し―――』

カインの不機嫌そうな声が、途中で止まった。


「カイン様」


『…ヒストリア様?』


その声を聞いただけで、胸が締めつけられた。



「…殿下は…、」

言葉が続かない。



カインは一拍置いてから、慎重に言葉を選ぶように話し始めた。



『少し北方の森に寄り道するつもりが、ずいぶん遅くなってしまいました。殿下は、今この場にはいませんが、大丈夫ですよ。マックスも一緒です』


あまりに整えられた言い方に、逆に違和感を覚える。



「…でも、呪いを受けたと聞きました」


『…命に関わるようなものではありません。少し、厄介な呪いだったので、しっかり解いてから帰ろうと思いまして。ほら、城に呪いを持ち込むのは怖いじゃないですか』


通信の向こうで、カインが視線を逸らしたのが分かった。


ヒストリアの胸が、冷たくなる。


通信が切れたあとも、ヒストリアはその場から動けなかった。



(カイン様は、何か隠してる)


その確信だけが、はっきりと残った。



「…もう一度、」


ヒストリアは、魔法士を見上げた。


「もう一度、別の方と通信をお願いできませんか?」


「ま、まさか、殿下と…?さすがにはれは難しいと思いますが…」


魔法士が戸惑う。




「帝国の大神官ルーカス様です」


その名に、魔法士たちは顔を見合わせた。


「…本気ですか」


「お願いします」

声は、もう震えていなかった。


魔方陣が再び輝き、次の瞬間―――、


『…何だ、騒がしいな』


軽い声と共に、空間が歪む。

現れたのは、白い法衣を纏ったルーカスだった。


『…ヒストリア?』

ルーカスは一瞬で異変を察知する。


『どうした』

その問いかける声に、張り詰めていた糸が切れた。


「…殿下が…、帰ってきません…っ…呪い…だって…」


声が崩れ、視界が滲む。


「リュカ様…、助けてください…!」


膝が折れ、そのまま崩れ落ちるヒストリアを、一瞬でこちらまで転移してきたルーカスが抱き留めた。


「…まったく、」

小さく舌打ちしながらも、その腕は優しかった。


「十八の娘に、いろいろ背負わせすぎなんだよ」


ヒストリアは、ルーカスの腕の中で子供のように泣いた。


嗚咽を抑えることもできず、ただ、親に縋るように。

ルーカスはその頭を抱き寄せ、低い声で言った。


「…俺の孫娘を泣かせるとは、一体どうなっている」


側にいた魔法士を睨み付けた。



「…あのクソガキは今どこだ」


「…あ、で…殿下は今、北方に…」


「…お前が、あの男の隣を選んだのなら、」


ルーカスの声が、はっきりと強くなる。



「俺が必ず守ってやる」


その言葉に、ヒストリアの胸に、初めて確かな支えが生まれた。



「まずは、呪いだな」

ルーカスは立ち上がり、目を細める。


ヒストリアは、涙に濡れたまま顔を上げて頷く。


「任せろ。呪術なら、魔力よりも俺の神力の方が相性がいい。まずは神殿に行こう」


ルーカスは、そう言って不敵に笑った。



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