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96.王子の記憶



暗い。

ただ、ひたすらに暗く、冷たい。


それなのに、胸の奥だけが焼けるように熱かった。



雪に覆われた帝都の高台。

石段の先にある、古い祠。

風にさらされ、誰も訪れない場所。


五歳の頃、何度も一人で来ていた場所だ。


小さな体には重すぎる氷竜の背に乗り、空を渡ってここまで来る。


帝都の屋根が玩具のように見下ろせるこの高台が、セオドールは好きだった。


誰にも見られない。

誰にも何も言われない。


『……』


何をするわけでもなく、祠の中、膝を抱えて座っていた。

銀色の髪が視界にかかり、深青の瞳は、不安定に揺れていた。



母が死んでから、彼の世界は急に騒がしくなった。


正室の子である自分。

側室の子である兄、レオンハルト。


皇帝である父は剣を好んで侵略の限りをつくし、内政には無頓着だった。


代わりに、周囲の大人たちが騒ぎ出した。


『正統な血筋はどちらか』

『魔力量が多いのは次男だ』

『だが、幼すぎる』

『長男を立てるべきだ』


誰も、セオドール自身を見ていなかった。


母が生きていた頃は、彼女が盾になってくれていた。

だが、その盾が失われた途端、剥き出しの刃がこちらを向いた。


―――怖い…


兄上とそのお母上は優しかった。

だが、それが余計に、居場所のなさを際立たせた。


『…なんで、僕なんだ』

祠の床に落ちる声は、か細い。


『兄上のほうが、きっと向いてる』


そのとき、足音がした。



『セオ!』

軽い足取りで駆け込んできたのは、同い年の少年だった。


『またこんなとこ来てたの?探したよ』


『…カイン』


まだ、側近でも、家臣でもない。

ただの友達だった頃のカイン。


『探す僕の身にもなってよ…。君は竜に乗ってくるからいいけど、僕は石段を上がってくるんだよ?』


『……』


『何してたの?』


『…何も』

嘘だった。

でも、本当のことを言うのが怖かった。


カインは祠の中に座り込み、隣に並ぶ。


『また大人たちに何か言われた?』


セオドールは、しばらく黙っていたが、ぽつりと零した。


『…みんな、勝手に決めるんだ』


『ん?』


『…僕の事』

声が、震え始める。


『皇帝になるとか、ならないとか。そんなの、どうでもいいのに』


カインは黙って聞いていた。


『…怖いんだ』


そう、吐き出すように言った瞬間だった。



―――胸の奥で、何かが、切れた。


冷たい衝撃が、祠を満たす。



『…っ…!』


視界が白く染まり、床が凍りつく。


柱に霜が走り、外では氷竜が咆哮をあげた。



『…セオ?』

カインの声が遠い。



『な、に…これ…ッ!』


自分の中から魔力が溢れ出した。

本能で危険を感じとる。



『…逃げ…て…、』

だが、カインは逃げなかった。


『やだよ!セオを一人にできない…!!』

その言葉が、恐怖をさらに煽る。



―――このままじゃ、この得体の知れない力が、彼を殺してしまう。



『…カイン、危な…、早く…!』

叫びは、祠に反響するだけだった。



その瞬間、ふと、別の声が脳裏に浮かぶ。



“魔法は、感情と切り離せ”


兄、レオンハルトの声。


“感情を凍らせるんだ”




『…っ、』

必死に、息を整える。



恐怖。

悲しみ。

怒り。



それらを、自分の中の奥底に沈める。



魔力が、少しずつ、静まっていくにつれて、祠の凍結が止まり、氷竜の咆哮も弱まった。



『……』


静寂。



『…カイン…、』


震える声で呼んだ。



『…怪我、なかった…?』



次の瞬間、


『よかったぁぁぁぁ!!』


カインが泣き出した。



『君が死んじゃうんじゃないかと思った!ほんとに!!』


祠の中で、子供の泣き声が響く。


セオドールは呆然としながら、ぽつりと言った。


『…泣き虫』


『はぁ!?君のせいだろ!!』

 



―――そこで、ぷつんと途切れた。

 




「……」


…重い感覚。


手足が動かない。



セオドールは、ゆっくりと目を開けた。


魔方陣の中心。



鎖が、体中を縛っている。

魔力が、吸われていく感覚。



視線を動かすと、陣の外側に立つ男がいた。


「…気がつきましたか、殿下」


「…お前、」


カインだった。


目元が少し赤い。



「…お前、泣き虫だな」

セオドールが呟く。


「は!?泣いてません!」

即座に返る声は、どこか昔と同じだった。



セオドールは、ゆっくりと息を吐いて目を閉じた。



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