第二話
冬が来るのは、こんなにも早かっただろうか。
吐く息は白く、指先はかじかんで、絵の具のチューブすらうまく絞れない。
卒業まで、あと三ヶ月。
それがこんなにも短い時間だなんて、秋の頃の私は気づいていなかった。
「先生、今日…少しだけ、話せますか?」
放課後の美術室。
窓の外はもう真っ暗で、蛍光灯の光が二人を照らしていた。
「…いいわ。片づけはあとにしましょう」
先生は、少し疲れた目をしていた。
でも、それでも私を見る目は、あの夏と同じだった。
「私、卒業したら、ちゃんと好きだって言います。…だから」
「藤村さん」
その一言で、私の声は止まった。
先生は、机の角にそっと手を置いて、小さく深呼吸をした。
「あなたの気持ちは、ちゃんと届いてる。でも…私は、待てない」
「…どうして?」
「あなたが歩いていく未来を、私のせいで縛りたくないの。
美術大学だって受けるんでしょう?あの絵の才能で、どこにだって行ける」
「でも、私は先生が好きなんです。未来より、今、先生の隣にいたい」
「私は、大人として、それを受け取れない。
もし受け取ってしまったら…あなたはもう、私の教え子じゃなくなる」
沈黙。
だけどその空白が、二人の間にあったものの重さを語っていた。
「…じゃあ」
私は絞り出すように言った。
「卒業して、私が一人で先生のいない春を歩いたあとでも、
それでもまだ、好きだったら…そのときは、笑ってくれますか?」
先生は、少しだけ目を細めて、頷いた。
「そのときは、“私”として、あなたに会いに行くわ」
その瞬間だけ、私たちは、教師と生徒じゃなかった。
でも、それはたった一瞬だけで、すぐに「関係」という名の壁が戻ってくる。
だけど私は信じてる。
春の光の中で、もう一度、先生の笑顔を見られることを。