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第8話 招かれざる客

「結婚……? グェスさん、もしかしてその方はグェスさんの恋人ですか?」

 俺が訊くと、

「と、とんでもないっ。この人が勝手に言っているだけですっ。私に恋人なんていませんからっ」

 顔をこれでもかと横に振るグェスさん。

 そっか、恋人じゃないのか。

 じゃあこの人はなんなんだ……?

 俺の視線を察してかドラチェフさんが話し出す。

「わたしの名はドラチェフ。グェスちゃんとはノベールの町で出会ってね、わたしの完全な一目惚れってやつだよ。でもわたしとグェスちゃんは一緒になる運命だと思っているけどね」

「は、はあ、そうですか……」

 いわゆるストーカーか。

 この世界にもストーカーはいるんだな。

「そんな運命ありませんっ」

 グェスさんの声を無視して、

「ところできみは誰なんだい? お客さんかな? だったら悪いけど帰ってもらえないだろうか。わたしはグェスちゃんと二人きりになりたいんでね」

 とドラチェフさん。

 見たところ年は四十前後だろうか。

「そう言われても俺もここの住人なんで」

「ん、住人? ま、まさかきみはグェスちゃんと一緒に住んでいるんじゃないだろうねっ」

「住んでますけど」

「な、なにぃぃーっ!?」

 ドラチェフさんは体をそり返しながら驚いてみせた。

「そ、それはどういうことなんだいグェスちゃんっ。わたしというものがありながらこんな男と同棲だなんてっ!」

「私はドラチェフさんともクロクロさんともなんの関係もありませんから、変なこと言わないでくださいっ」

「クロクロっ!? 彼の名前はクロクロというのかいっ」

 ドラチェフさんは俺に向き直る。

「クロクロくんっ、こうなったらグェスちゃんをかけて勝負をしようじゃないかっ! 勝った方がグェスちゃんと一緒に暮らせる、それでいいねっ!」

「……はい?」

「ちょ、ちょっとドラチェフさん、馬鹿なこと言わないでください! あなたは騎士団長なんですよ、なのに一般人のクロクロさん相手にそんなこと――」

「止めないでくれグェスちゃん、これは男と男の真剣勝負なんだ!」

 俺を前にしてグェスさんとドラチェフさんが言い合う。

 そして、

「クロクロくん、そういうことだから明日の午前十時この村で勝負だっ! もし勝負を放棄したらその時は不戦敗でグェスちゃんはわたしがいただくからねっ」

 そう俺に向かって宣言するとドラチェフさんは颯爽と消えていった。

「あの、グェスさん。これは一体……?」

「本当にごめんなさいっ。わたし何故かあの人に気に入られちゃったみたいで、本当はノベールの町を出てきたのもあの人から逃げるためだったんです」

「あー、そうだったんですか」

 それは気の毒に……。

「明日の十時か……まあいっか」

「えっ? もしかしてドラチェフさんとの勝負受ける気なんですかっ?」

「はい。だって俺がやらないと不戦敗になってあの人グェスさんをどうするかわからないですよ。それでもいいんですか?」

「そ、それはすごく困りますけど……でもドラチェフさんってロレンスの町の騎士団長なんですよ。いくらクロクロさんが強いといっても相手が悪すぎます」

 グェスさんは心配そうに俺をみつめる。

「うーん、多分ですけどなんとかなると思いますよ。俺に任せといてください」

「クロクロさん……」

 不安げな顔をしているグェスさんをよそに俺はまた昼寝をするためそれだけ言うと部屋に戻るのだった。


 翌日の午前十時。

「よく逃げなかったね、それは褒めてあげるよ」

 鎧で身を固めたドラチェフさんが右手に持った剣の剣先を俺に向けて言う。

「逃げたりなんてしませんよ。ここでの生活はかなり気に入ってますからね」

「ふーん、そうなのかい」

 ドラチェフさんは俺の後ろの方にいるグェスさんを一瞥してから周りを見回した。

「たしかに田舎臭いところがきみにはお似合いだね」

 皮肉のつもりなのかそう口にする。

 俺はまったく気にならないが。

 ちなみにこの勝負は村の全員であるおよそ百人が見守っていた。

 というのもドラチェフさんが約束の時間の三十分前に来て村の中を告知して回ったからだ。

 ドラチェフさん曰く証人がいないとあとで約束を反故にされるかもしれないから用心のためだということだったがそれはこちらとしてもありがたい。

「ところでクロクロくん、きみの武器はどこにあるんだい?」

「いや、ないですけど」

「ない? まさかこのわたしと素手でやり合おうっていうんじゃないだろうね? 防具もつけていないようだし」

「駄目ですか?」

 そもそも俺は武器など持ってはいないし扱ったこともない。

 もちろん防具も持ってはいない。

「き、きみねぇ……わたしは自慢じゃないけどロレンスの町の騎士団長だよ。以前はセルゲア国の国王直属の護衛軍にいたことだってあるんだ。そのわたしと素手でやるだって? ふははは、冗談はよしたまえ」

「気を遣ってもらって悪いですけど多分いい勝負が出来ると思いますよ。俺結構強いんで」

「ふ、ふんっ、そうかい。きみは相当な馬鹿のようだね。でもそこまで言われたらわたしも手加減はしないからね……死んでもしらないよ」

「はい、わかりました」

 俺が返すとドラチェフさんは近くにいたカレンを指差し、

「そこの少女、開始の合図をしてくれるかな」

 と声をかけた。

「いいよー。じゃあ、よーいスタートっ!」

 カレンの声をきっかけにドラチェフさんが動く。

 右手を伸ばして剣で俺の顔を狙って突いてきた。

 本当に手加減はしていないようだ。

 俺はそれを難なく左にかわす。

 するとドラチェフさんは続けてその剣を右に大きくなぎ払った。

 俺は今度は後ろに体を反らしてその剣撃を避ける。

「しゃっしゃっしゃっ!」

 フェンシングの攻撃のようにドラチェフさんは何度も剣で突いてくる。

 だが俺はそれらの攻撃をことごとくかわしていった。

 多分ドラチェフさんはかなり強い。

 これまで戦ってきたどの魔物たちよりも。

 ただそれでもこの俺には遠く及ばない。

 ドラチェフさんの攻撃はすべて見えるし避けられる。

 もし仮に当たったとしても致命傷にはならないだろう。

 この世界のものは俺からすればすべてが柔らかく出来ているのでたとえ真剣でさえも俺の体を貫通することはかなわない。

 ちょっとばかり卑怯な気もするが恨むなら俺をこの世界に転移させた神様を恨んでくれ。

「はぁっ!」

 俺はドラチェフさんの左胸の辺りを鎧の上から思いきり殴りつけた。

「がはぁっ……!」

 鎧が砕け散ってドラチェフさんが宙を舞う。

 剣を手放し地面にどさっと倒れるドラチェフさん。

 村人たちが静かに見守る中、

「……」

 ドラチェフさんは身動き一つしない。

 ……死んでないよな?

 と、

「……ぐ、ぐぅっ……」

 ドラチェフさんが膝に手をつきながら立ち上がった。

 よろよろとふらついている。

「大丈夫ですか? ドラチェフさん」

「あ、ああ……だが立っているのがやっとだよ。く、悔しいがわたしの負けだな」

 そう言って悲しそうな顔をする。

「敗者は去るよ……ありがとう、クロクロくん」

 足を引きずるようにして去っていくドラチェフさんを見て「なんかちょっとだけ可哀想だね」とつぶやくカレン。

 俺はその言葉を聞いてグェスさんに歩み寄る。

「これでよかったんですかね?」

「……はい、これでよかったんです。クロクロさんありがとうございました」

 グェスさんは深々と俺にお辞儀をした。

 決着がついて村人たちが田畑に戻っていく。

 パトリシアさんとカレンもいなくなった中、グェスさんだけは何故かその場に残ってただ遠くをじっと眺めていた。


 ドラチェフさんの一件から一週間ほどたったある日、村の見回りをしていると年の頃は十二、三歳だろうか見慣れない少女を見かけた。

 その少女はきらびやかなドレスを身に纏い村の中をきょろきょろと見回しながら歩いていた。

 気になったので、

「きみどこから来たの?」

 と俺はその少女に出来る限り優しく話しかけてみる。

 すると、

「はい? あなたまさかわたくしに言っているのではないでしょうね」

 鋭い眼差しで見返してくる少女。

 予想外の変な喋り方だった。

「えっと、この村の子じゃないよね?」

「そういうあなたこそ誰なんですの? 見かけない顔ですわよ」

 俺は名前を名乗ると最近この村に住み始めたことを伝える。

「新顔でしたか。それならわたくしを知らないのも無理はないでしょう。いいですかよく聞きなさい、わたくしは――」

「あら、パリスちゃんじゃないか」

 通りがかったイリーナさんが俺の目の前の少女を見て声をかけてきた。

「パリス? イリーナさん、この子知ってるんですか?」

「おや、クロクロさんはパリスちゃんとは初めてかい?」

「え、ええまあ」

「そうかいそうかい、パリスちゃんは領主様の娘さんだよ」

「領主様?」

 俺がオウム返しをすると「そうですわっ」とパリスとやらが声を上げる。

「わたくしはこの辺り一帯を取り仕切る領主ガイバラの一人娘でしてよっ。わかったらわたくしに敬意を持って接しなさい」

「なんだ、じゃあ別にお前が偉いんじゃなくてお前の父親が偉いだけじゃないか」

「なっ!? お、お前ですってっ! わたくしをお前呼ばわりとはっ……」

 パリスはショックを受けた様子でわなわなと震えている。

「あ、あなた、クロクロと言ったわね。憶えてなさい、ただじゃおきませんわよっ。お父様に言ってこの村の税金を十倍にしてやるんだから!」

 そう言うとパリスは駆け出していってしまった。

 その途中一回コケて立ち上がるも特に何もなかったかのように振る舞うとまた走って村を出ていった。

「あの、イリーナさん。俺もしかしてまずいこと言いましたかね?」

 俺はおそるおそるイリーナさんに訊ねる。

 俺よりだいぶ年下のくせに偉そうに命令するからつい言い返してしまったがそのせいでベータ村の税金が今の十倍になってしまったらさすがに責任を感じてしまう。

 ……というより税金なんて払ってたのか。

「気にしなくても平気だよクロクロさん。領主様は聡明なお方だからあんなことくらいで税金を上げたりなんかしないさね。それよりあたしゃむしろパリスちゃんの方が心配だわよ」

「え、それってどういうことですか?」

「ほっほ。まあパリスちゃんにも優しくしておあげ、あの子も本当はとってもいい子だからね」

 イリーナさんは俺に微笑みかけると俺の手をぽんぽんと二回触ってからゆっくりと歩いていった。

 うーん……よくわからないけどイリーナさんの態度を見る限り特に問題はなさそうだな。

 

 だがそれから三時間後うちに来客があった。

「クロクロさんという方はおられますかな?」

「りょ、領主様っ。は、はい、いますけど……」

 グェスさんが応対する。

 俺はその声を聞いてパリスが父親である領主を連れてやってきたと思い、玄関へと向かった。

 するとそこにはパリスと一緒に精悍な顔つきの男性が立っていた。

 この人が領主……たしかガイバラさんといったか。

「はい、俺がクロクロですけど何か問題でも?」

 喧嘩腰というほどでもないが俺は少しだけ強気にガイバラさんに向かって話しかける。

 領主だかパリスの父親だか知らないがいちいち文句を言いに来たのなら器の小さい奴だ。

 そう思ってのことだったが、

「クロクロさん、この度は娘がすみませんでしたっ」

 ガイバラさんは横にいたパリスの頭を無理矢理下げさせ自らも頭を下げた。

「え? あの、どういう……?」

 思いがけない行動に呆気にとられていると、

「娘が村の税金を十倍にしてやるだとか馬鹿なことを言ったようで本当にすみません。私の教育がいたらないばっかりにそんな礼儀知らずなことを……気を悪くさせたこと、本当にすみませんでしたっ」

 またも頭を下げるガイバラさん。

 よく見るとパリスは少し目が赤い。もしかして直前に泣いたのだろうか。

「いえ、もういいですよ別に。子どもの言ったことですから……」

 俺はとりあえずこの場を収めようとするが、

「やはり一人親ということで無意識のうちに甘やかして育ててきてしまったのが原因のようです。これからはさらにより一層厳しくしつけたいと思いますっ」

 ガイバラさんは何度もパリスの頭を下げさせる。

「いや、もう本当にいいんでそれくらいで許してやってください。パリス……ちゃんも悪気があったわけじゃないでしょうから。ねっ?」

「……は、はいですわ」

 反省した顔で俺を見上げるパリス。

「えっとガイバラさんでしたよね、本当に気にしてないんでこれくらいにしましょう。本当に」

「あ、ありがとうございますクロクロさんっ。私もパリスももっと領主としてふさわしい人物になれるよう努力しますのでこれからもよろしくお願いしますっ」

 こっちが引くほど繰り返し頭を下げたガイバラさんはようやくわかってくれたのかパリスを連れて帰っていった。

「クロクロさん、今のなんですか?」

 グェスさんが不思議そうな顔で訊ねてくる。

「さ、さあ……」

 俺は一から説明するのも面倒だったのでそう答えたが、少なくともこの村の領主がかなりいい人らしいということだけはよくわかった。


 ガイバラさんとパリスが去っていってほどなくしてガイバラさんが一人で血相を変えてベータ村へと駆けてきた。

 ところどころ出血が見られ怪我をしているようだった。

 村の見回りを再開していた俺と目が合うと、

「パ、パリスがさらわれましたっ!」

 俺の肩に両手を置いてすがりついてくるガイバラさん。

「えっ!? どういうことですかっ?」

「はぁっ、はぁっ、ば、馬車に乗って帰る途中女性が倒れていたので、助けようと馬車を止めた途端男たちが現れて……パリスをさらっていってしまったのですっ。奴らはこの辺りを根城にしている盗賊団に違いありませんっ」

「そんな、大変じゃないですかっ」

「馬車も奪われてしまって……わ、わたしは今からノベールの町に行ってパリスを助け出すために冒険者を雇ってきますっ」

 肩で息をしながらガイバラさんが口にした。

「え、でも今からノベールの町に行くとなるとかなり時間がかかりますよ。馬車もないんですよね」

「そ、それでもやるしかないんですっ……」

 顔中汗だくで精悍な顔つきが台無しだ。

「盗賊団ってどこにいるかわかりますか?」

「え、ど、どうしてそんなことを……?」

「わかるんですか?」

「は、はい、おそらくですけど……」

「そうですか。だったら直接ノベールの町に行かずにベータ村に寄ってくれたのは正解でしたよ。俺がすぐにパリスを助けてきます」

 

 ガイバラさんが盗賊団のアジトらしき場所を教えてくれたので俺はガイバラさんをパトリシアさんのところに預けると急いで村を出た。

 俺が本気で走れば多分馬車よりも速く走れる。

 草原を駆け抜けてしばらく行くと、俺はそこここに細長い岩が立ち並ぶ荒野にたどり着いた。

「たしかガイバラさんはこの辺だって言ってたけど……」

 俺は辺りをよく見渡しながら盗賊団のアジトを探す。

 すると、

「ん? もしかしてあれか」

 遠くの方に洞窟をみつけた。

 出入り口には男が二人立っている。

 その近くには馬車も置かれていた。

 俺はそこに近付いていくと男たちに話しかけた。

「あの~、十二、三歳くらいの女の子を探しているんですけど知りませんか?」

「なっ、てめぇなにもんだっ!」

「さっきのガキを助けに来たのかっ!」

 男たちの反応からここが盗賊団のアジトだと確信した俺は、

「やっぱりか。無事なんだろうな?」

 二人をにらみつける。

「ってよく見たらてめぇ一人か、こらっ」

「なめやがって。オレら相手に一人でどうにか出来るとでも思ってんのかっ」

 男たちは俺の問いには答えず俺の胸ぐらを掴むと顔をぐぐっと寄せてきた。

「答えるつもりがないなら勝手に入らせてもらうからな」

「馬鹿かてめぇ。そんなことさせるわけぐふぅっ……!」

「あってめえ、よくもやりやがったなこのやがはぁっ……!」

 俺は右側の男のお腹に一発と左側の男の顔に一発ずつこぶしを浴びせた。

 二人の男は地面に倒れ込む。

「さてと、急ぐか」


「なかなかの上玉ですね、親分っ」

「ああ、これなら金持ちの変態どもに高く売れる」

 洞窟を進んでいくと男と女の会話が聞こえてきた。

「いや、汚い手で触らないでっ!」

「いてっ」

 パリスの声もする。

 やはりここだったか。

「いってー……こいつおれの手をひっかきやがった」

「あははっ、活きがよくて結構じゃないか」

「親分、こいつ一発ぶん殴ってもいいっすか?」

「顔はやめとけよ」

「ういっす」

「待てっ! その子に手を出したらただじゃおかないぞっ!」

 俺は洞窟の最奥部にたどり着くと声を張り上げた。

 

 そこには小柄な男と大柄な女、それに小さな檻に入れられたパリスの姿があった。

「あ、あなたはっ!」

「あん? なんだてめぇ」

「……」

 パリスは俺を見て驚いたような顔をして、小柄な男は馬鹿にしたようにせせら笑う。

 大柄な女は眉をひそめ俺を見据えていた。

「てめぇ、どうやって入ってきたんだ?」

 小柄な男がナイフ片手に近寄ってくる。

 俺は、

「こうやってだ」

「ぐふっ……!」

 その男のお腹を殴り地面に沈めた。

「……あんた一人か? この洞窟にはあたしの子分たちが十人はいたはずなんだけどねぇ」

「そいつらはみんな倒してきたぞ」

 俺は大柄な女を見ながら口にする。

 そう。俺はここに来るまでに見張りの男二人と洞窟内にいた男たちを全員殴り飛ばしてきたのだった。

「へー、やるじゃないか。それに比べてあたしの子分たちは役立たずだねぇ」

「あんたがこの盗賊団のリーダーか。その子は返してもらうぞ」

「なああんた、あたしの部下にならないかい? そうすりゃいい思いさせてやるよ」

「断る。俺は今の暮らしが気に入ってるんだ」

「ふっ、そうかい……馬鹿な奴だよっ!」

 女はそう言い放つと地面に突き刺してあった巨大な斧を手に取り向かってきた。

 それを両手で振り下ろしてくる。

「おっと」

 俺はそれを素早く後ろに跳んでかわすが地面をえぐった衝撃で飛び散った小石が運悪く目に当たってしまった。

「くっ……」

「チャンスっ!」

「いやあぁーっ!」

 直後振り下ろされた巨大な斧が俺の首に直撃した。

 それを見た盗賊団のリーダーの女とパリスは俺の死を確信しただろう。

 だが、

「さすがに結構痛いな」

 俺の首はつながったまま。

 見ると斧の方が欠けていた。

「な、なんだとっ……!?」

 斧を手から滑り落としじりじりと後退していく女。

 俺に対して恐怖を感じているのだろう。

「ど、どうなってるんだ……今の一撃で死なないどころか傷一つついてないだと……」

「女を殴るのは趣味じゃないんだけどあんたは悪い奴らのリーダーだからな、仕方ないよな」

 俺は自分に言い聞かせるようにしてつぶやくと次の瞬間、

「おりゃあっ」

 女の顔面をこぶしで撃ち抜いた。

 女はその勢いで洞窟の壁にぶつかり気を失って倒れた。

 

「パリス、無事だったか?」

 俺は檻の中に入れられていたパリスに視線を移す。

「え、ええ。わたくしは無事ですわ。そ、それよりあなたは一体何者なんですの……?」

「そんなことはどうでもいいだろ。それよりお前の父親が心配してるからな、早く帰るぞ」

 俺は檻を力ずくでこじ開けるとパリスを出してやった。

 狭い檻に閉じ込められていたせいか足元がふらついているパリスに、

「ほら」

 俺は手を差し伸べる。

「は、はい……」

 ゆっくりと伸ばしてきたパリスの手を掴んで俺は洞窟を抜け出た。

「なあ、この盗賊たちはどうすればいいんだ?」

「ま、町の騎士団に連絡すればいいと思いますわ」

「ふーん」

「それはお父様に任せてくださいませ」

「そうか、わかった」

 俺は洞窟の出入り口のそばに置かれていた馬車を見て、

「ところでパリスは馬車走らせること出来るか?」

 訊いてみる。

 俺はそんな経験はないからとてもじゃないが無理だ。

「わ、わたくしお父様が走らせているのは見たことありますけど御者台になんか乗ったことなどありませんわよ」

「まあ、そりゃそうだよな。パリスってお嬢様っぽいもんな」

「ク、クロクロ様こそいい年して馬車もろくに操れないなんて恥ずかしいですわよっ」

「だって俺は異世――じゃなかった」

「いせ? なんですの?」

 パリスが可愛らしく首をかしげた。

 危ない。

 勢い余ってつい異世界から来たと言ってしまいそうになった。

「ん? っていうかクロクロ様ってなんだ? 村で会った時は俺のこと呼び捨てにしてなかったか?」

「そ、そんなの気のせいですわっ。あなたはわたくしより年上だから様をつけて呼んだだけですわっ、何か不満でもっ?」

 パリスが顔を赤くして反論する。

「いや別に不満はないけどさ……」

「だったらさっさと帰りますわよっ」

 パリスが一人でそそくさと歩き出す。

「おい、馬車はどうするんだ?」

「あとでうちの使用人に取りに来させればいいですわっ」

 振り返ることなく返すパリス。

「なんだ、お前ん家って使用人とかいるのか? すごいな」

「クロクロ様、わたくしあなたを命の恩人として認めはしましたがお前と呼ばれるのは嫌なのでわたくしのことはパリスと呼んでくださいませ、いいですわねっ」

「お、おう、わかったよ」

 この後俺とパリスは一時間かけてベータ村へと戻ったのだった。

 パトリシアさんの医院で怪我の治療を受けていたガイバラさんが、パリスの無事な姿を見てパリスに抱きつき、大声を上げて喜びを表現したことは言うまでもない。


「本当にお世話になりましたクロクロさん、このご恩は決して忘れません」

 帰り際ガイバラさんが俺の手を両手で握ると深々と頭を下げた。

「そんな気にしないでください」

「クロクロ様、お元気で」

「ああ、パリスも元気でな」

 俺は町から派遣されてきた騎士団とともに村を出ていくガイバラさんとパリスを見送った。

 そしてひと仕事終えた俺は自宅に戻ると惰眠をむさぼるのだった。

 

 それから少しして村に変化があった。

 それは領主からの税金が安くなったということだった。

 話を聞く限りではこれまでも充分安かったらしいのだが俺がパリスを助けたお礼としての措置だということだ。

 それを受けて村人たちはこぞって俺に感謝してくれた。

 俺はあまり人に褒められることに慣れていなかったので照れながらその場をやり過ごしていた。

「クロクロ誘拐されたパリスお姉ちゃんを助けたんだよ、すごいね~。ねっシロ」

「わんわんっ」

 そんな中カレンが飼い犬のシロとともに俺の家にやってきた。

 最近は一緒に遊んでやれていなかったがシロがいるから問題なさそうだ。

「ほんと、クロクロさんのおかげで村の人たちみんな喜んでいるもんね」

「うん。お母さんも褒めてたよ」

 グェスさんとカレンがうなずき合う。

 それともう一つ変化があった。

 それは――

「クロクロ様、早くサイコロを振ってくださいませっ」

「お、おう、悪いなパリス」

 パリスがうちに遊びに来るようになったことだ。

 学校が休みの日になると朝早くから使用人を連れてやってくる。

 今日も朝からやってきては寝ていた俺を無理矢理起こして町で人気のボードゲームをグェスさんと使用人の女性を入れた四人で楽しんでいたところだ。

 ちなみに使用人の女性はカーラさんといって口数の少ないおとなしい人だった。

「おーい、カレンも混ざるか?」

「うん、やるやるっ。シロも一緒にやろっ」

 シロを抱きかかえてカレンが家に上がってくる。

 そのシロの足をカーラさんはさりげなく持っていた布巾で拭いてやっていた。

「じゃあ初めっからやるか」

「あーっ、卑怯ですわよクロクロ様っ。自分が大差で負けているからって」

「別にそんなんじゃないってば。カレンも入るから最初からの方がわかりやすいだろうが。ねぇカーラさん」

 俺はパリスの目線をかわすためにカーラさんに話を振るがカーラさんは、

「……」

 ただ無言で俺を見返すだけ。

 どうでもいいけど本当に無口な人だな。

「クロクロ、早くやろっ」

「わんわんっ」

「クロクロさん」

「クロクロ様っ」

「……」

 十の瞳にみつめられながら俺は「あ~、眠い……」と心の中でつぶやくのだった。

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