第19話 古びた塔
目を開けるとどこかの部屋の天井が見えた。
「あっ、クロクロさん。目が覚めたのですねっ」
ローレライさんの声が降ってくると同時にローレライさんの顔が視界に入ってくる。
「ローレライさん……ここはどこですか?」
「ニノの村の宿屋です」
「……ニノの村?」
「感謝しなさいよっ。あたしとローレライが気絶してるあんたをここまで運んできてやったんだからねっ」
顔を横に向けるとゲルニカの姿もあった。
ぶすっとした表情でこちらを見ている。
「心配したのですよ。クロクロさん、なかなか起きないので……」
「あ、すみません……」
お腹に大きな傷を受けていたのにレベル五のブーストを使ったせいかもしれない。
俺は気を失ってしまっていたようだった。
そこで俺はハッとなりお腹をさする。
するとお腹の傷は完全に塞がっていた。
「ゲルニカさんの回復魔法のおかげです」
「え?」
「私もクロクロさんもゲルニカさんのおかげで大事に至らなくて済みました」
「そうだったんですね……ゲルニカ、ありがとう。助かったよ」
「ふんっ」
俺が顔を向けるとゲルニカは急にそっぽを向いた。
さっきは感謝しろと言っていたくせによくわからない奴だ。
「ローレライさんもありがとうございました。俺がガロワって魔物にやられた時にすぐ駆けつけてくれて。それにここまで運んでくれたみたいで」
「いえ、私はたいしたことはしていませんから」
ローレライさんはそう言って謙遜する。
だがその顔はどこか嬉しそうだった。
「あ、でもここ宿屋なんですよね? お金大丈夫だったんですか?」
「問題ないわ。あんたの腰についてる袋の中から勝手に取ったから」
「す、すみません、勝手なことをしてしまって……」
「あー、いや、全然いいですよ」
ゲルニカならそれくらいやるだろうと思っていたから驚きはしない。
それより、
「俺だけがお金持っているのも不便なんで二人にもお金渡しておきますよ」
なんとなく思っていたことを俺は申し出た。
「え、そ、そんな悪いですよっ」
「俺今、金貨十九枚持っているんでローレライさんとゲルニカに六枚ずつあげます」
俺はローレライさんの言葉を無視して袋から金貨を取り出す。
「どういう風の吹き回しよ。あんたもしかして頭でも打った?」
というゲルニカの言葉も無視して俺は金貨を六枚ずつ、ローレライさんとゲルニカに差し出した。
「う、受け取れませんっ」
ローレライさんが言うのに対して、
「あとで返してくれって言っても返さないわよ」
ゲルニカは俺の手から奪うように金貨を掴み取る。
「別に返せなんて言わないよ。それで旅支度を整えるなり好きな物を買ってくれ。はい、ローレライさんも受け取ってください」
「い、いえ、そういうわけにはいきません。そのお金はクロクロさんが稼いだお金ですから」
「今回の件のお礼だとでも思ってください。二人がいなかったら俺はこうして生きていなかったかもしれないんですからね」
「で、ですが……」
意外と頑固なローレライさん。
なので俺は半ば強引にローレライさんの手を引っ張るとその手の上に六枚の金貨を置いて握らせた。
「気にせずに自由に使ってください。その方が俺も気が楽なんで」
「ほ、本当ですか?」
「はい。ということでこの件は終了です」
俺は無理矢理話を終わらせるとゲルニカに向き直る。
ゲルニカは俺から受け取った金貨を服のポケットにしまっていた。
「なあ、ゲルニカ。これから俺たちはどうすればいいと思う?」
「ん、そうね~。あいつ、ガロワだっけ? たしか大邪神直属の部下っていう魔物があと五体いる、みたいなこと言ってたわよね。あれ? 七体だったかしら?」
「五体です。ちなみに先ほどのガロワという魔物が口にしていた竜王という魔物と竜魔王という魔物はクロクロさんが既に倒してしまっています」
「あ、そうなの?」
「はい。エルフの里を救ってくださった時に」
「ふーん、そうなんだ」
あまり関心なさそうに言ってからゲルニカは人差し指を口元に当てる。
「じゃあ残りの五体の大邪神直属の部下って奴らを探して、そいつらから大邪神の居場所を訊き出すっていうのはどうっ?」
いいことを思いついたとでも言わんばかりに声を弾ませるゲルニカ。
「でもさっきのガロワみたいに絶対に話そうとしないかもしれないぞ」
「そんなの拷問でも自白剤でも使って喋らせればいいのよっ」
「鬼か、お前」
それではどっちが悪者かわからないじゃないか。
「で、でもゲルニカさんの言う通り大邪神直属の部下の魔物を探すのはアリだと思います」
ローレライさんがゲルニカの案に一部賛同する。
「でしょでしょ」
「それらの魔物が別の魔物を創り出しているようですから、それらの魔物を退治するだけでもやる意義はあると思います」
「いいこと言うじゃんローレライっ。それにそいつらを全部倒しちゃえば大邪神の方から案外ひょこっと姿を現すかもしれないしね」
「まあ、そう言われればそうかもしれないが……う~ん」
拷問だとかには反対だがゲルニカの言うことにも一理あるような気がする。
「わかった。じゃあ俺たちの当面の目的は残る五体の大邪神直属の部下の魔物とやらを探すってことでいいな?」
「もっちろん」
「はい、そうしましょう」
そうと決まればこうしてはいられない。
俺はベッドから飛び起きると背伸びを一つしてから、
「よし、行こうかっ」
二人に元気よく声をかけた。
ニノの村の宿屋を出た俺たちは村に唯一あった道具屋に立ち寄ると、そこで日持ちのする食糧や水などを買い揃える。
そして海岸に沿って移動した先にある塔に、最近になって魔物が多く現れるようになったという村人からの情報を頼りに、そこへと向かうため俺たちはニノの村をあとにした。
「あ~、風がいい気持ち~」
「そうですね」
海風がそよそよとゲルニカとローレライさんの髪を撫でていく。
その様子をなんとはなしに眺めながら俺は二人の後ろをついて歩いていた。
ゲルニカはニノの村で買ったリボンを自身の長い黒髪に結んでいて、歩くたびにそれがぴょこぴょこと横に揺れている。
さらにやはりニノの村で買った踊り子の服というややセクシーな衣装に着替えたゲルニカは、よほどそれが気に入ったのか上機嫌で足取りも軽やかだった。
俺の勝手な思い込みでゲルニカはおしゃれなんて気にしない性格だと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
一方のローレライさんはエルフ族に伝わる緑色の装束を身に纏っている。
せっかく俺がお金をあげたのだから何か武器や防具を買えばいいものを「武器は植物から作れますし、防具は今着ている装束で問題ありませんから」とローレライさんは言ってほとんどお金を使わなかった。
今は俺たち三人だけなのでローレライさんも気が緩んでいるのか海風でめくりあげられたフードを直そうとはしていない。
そのおかげでいつもは見えないローレライさんのきれいな黄金色の髪があらわになっていた。
とそんな時、
『ヌオオォォーン!』
海辺の方から魔物の鳴き声がした。
俺たちは一斉に声のした方を向く。
するとそこにいた魔物を見ていち早く「ヌヴォーですっ」とローレライさんが声を上げた。
ワニとイグアナをミックスしたような見た目のヌヴォーとやらは、俺たちと目が合うとそののっぺりとした鳴き声からは予想もしていなかった素早い動きで向かってきた。
「クロクロ、あんたの出番よっ」
「え、俺っ?」
「そうよ。あんた強いんだからあんたが倒しなさいよっ」
「まあ、いいけどさ」
ゲルニカに言われるがまま俺は前に出るとヌヴォーの前に立ちふさがる。
『ヌオオォォーン!』
ヌヴォーが口を大きく開けて襲いかかってきた。
俺はそれを両手で受け止めると遠くに投げ飛ばす。
だがヌヴォーは空中で態勢を整えると地面に着地した瞬間、今度は体を回転させながらミサイルのごとく飛びかかってきた。
俺はその猛突進に合わせて握り締めた右拳を勢いよく前に出す。
「ふっ飛べっ!」
ガツンとヌヴォーの口先に俺の拳がぶつかると、ヌヴォーは後方に飛んでいき海にぼちゃんと沈んだ。
「ほら、倒したぞ」
振り向きつつゲルニカに言う。
「あ~あ、海に沈んじゃったら体の一部が切り取れないじゃない」
ゲルニカは続けて、
「ヌヴォーってそこそこ強いからギルドで換金すればいいお金になるのに」
不満そうに口をとがらせた。
「だったらお前が倒せよ」
「ふんっ……まあいいわ。あんたに貰ったお金がまだ沢山あるし、ローレライなんかろくに使ってないみたいだしね」
「こら、ローレライさんのお金をあてにするな」
「わ、私は別に構いませんよ」
話を聞いていたローレライさんが入ってくる。
「甘やかしちゃ駄目ですよ、ローレライさん。こいつにもローレライさんと同じだけ金貨をあげたんですからね。お前もどうしてももっとお金が欲しいんだったら自分で魔物を倒せよな」
「うっさいわね、わかったわよ……」
ゲルニカは面倒くさそうに手をひらひらさせた。
……本当にわかったのか怪しいところだ。
海岸沿いをしばらく歩いていると古めかしい大きな塔が見えてきた。
壁にはコケが生えていて周りの草木も背が高くうっそうと生い茂っている。
長いこと手入れされていないように見えた。
「へー、大きいな~」
「ここに魔物が沢山棲みついているのですね」
「村の人の話だとそうみたいよ」
俺とローレライさんとゲルニカは塔を見上げながら口にする。
「早く入ってみましょ」
「ああ、そうだな」
「はい」
壊れかけている扉を通り抜けて俺たちはその塔の中へと入っていった。
すると早速、俺たちを待ち構えていたかのように魔物が群れをなして寄ってきた。
『ウウウ……』
『ウウウ……』
『ウウウ……』
『ウウウ……』
包帯をぐるぐる巻きにした人型の魔物だった。
「おりゃっ」
俺は近付いてくるその魔物の胸を思いきり殴りつける。
魔物はボウリングのピンのごとく数体の魔物を倒しながら吹っ飛んだ。
だがそいつらはすぐにむくっと起き上がると何事もなかったかのように『ウウウ……』とまたこっちに向かってくる。
「クロクロ、こいつらはミイラ怪人よっ。頭部を破壊するか首を落とすかしないと倒せないわっ」
ゲルニカが声を飛ばした。
そんなこと初耳だ。
「フォースっ」
その時ローレライさんが魔法を唱えると塔の外で手に入れていた長い草を長剣へと変形させる。
そしてそのまま駆け出すと俺の前まで迫ってきていたミイラ怪人の首を長剣を振り抜きはね飛ばした。
「サンダーっ!」
ゲルニカも負けじと魔法を発動させる。
ミイラ怪人の頭上に一筋の雷が落ち一瞬で頭部を丸焦げにした。
うつ伏せに倒れるミイラ怪人。
『ウウウ……』
『ウウウ……』
『ウウウ……』
『ウウウ……』
だがミイラ怪人は部屋の奥からわらわらと湧いて出てくる。
「どんだけいるのよっ……っていうかクロクロ、あんたも戦いなさいよっ」
「お、おう、悪い」
二人の戦いぶりに目を奪われていた俺もゲルニカの一言で我に返るとミイラ怪人に向かっていった。
「このっ」
ミイラ怪人の顔面にパンチを浴びせ頭部ごと破壊する。
「おらっ」
続けてハイキックを繰り出しミイラ怪人の首を飛ばした。
俺に触発されたかのようにゲルニカもローレライさんも再びミイラ怪人に攻撃を仕掛けていく。
「えいっ!」
「サンダーっ!」
『ウウウッ……!』
『ウウウッ……!』
この後も俺たちはミイラ怪人を相手に終始優勢に立ち回った。
そして五分ほどかかってやっと、
「これで終わりだっ!」
最後の一体を屠ったのだった。
「はぁー、疲れたぁ……」
「ええ……でも、なんとか倒しきりましたね……」
「まったく、一階からこんないっぱい魔物が出てくるなんて、さすがに聞いてなかったわよっ……もうっ」
息を切らす俺たち。
「ゲルニカは魔法で倒してたんだから疲れてないだろ」
「はぁ? あんた馬鹿なの? 魔法は精神力を使うんだから疲れるに決まってるでしょっ」
「精神力? マジックポイントとかじゃなくて?」
「マジックポイント? 何それ? 何言ってんのあんた」
ゲルニカは顔をしかめ訊き返してくる。
俺、おかしなこと言ったかな……?
ゲームとかアニメとかでは魔法はマジックポイントを消費して使うものだがこの世界では違うのか?
「クロクロさん、私もマジックポイントというものはよくわかりません」
ローレライさんは戸惑った顔を俺に向けた。
「クロクロさんは記憶をなくしているので忘れてしまっているのでしょうけれど、魔法を使うには精神力を必要とするのですよ」
「はぁ……」
「精神力は体力以上に消耗が激しいと言われています」
「そうなんですか」
「そういうことっ」
とゲルニカが声を大にする。
「あんただってブースト使った時ぶっ倒れちゃったじゃないのっ」
「まあ、そういやそうだけど……」
あの時は大怪我を負っていたというせいもあると思うが。
「だからあたしはすごく疲れてるの、わかったっ?」
「ああ、わかったよ。疲れてないだろとか言って悪かった」
「わかればいいのよ、わかればっ」
と納得した様子のゲルニカ。
ゲルニカは俺の目からはたいして疲れているようには見えないのだが、そんなことを言うとまた言い返されるだけなのでここは黙っておこう。
ミイラ怪人の群れを倒した俺たちは螺旋階段を使い塔の二階に上がっていく。
階段を上っている時に魔物が出てきたら厄介だな、と思っていたがそれは杞憂に終わった。
塔の二階にたどり着くとそこは広い空間だった。
一階とほぼ同じくらいの広さがある。
だが魔物の姿は一体も見えない。
「この階は魔物がいないみたいだなぁ……」
「ええ、そうですね」
俺のつぶやきにローレライさんが相槌を打つ。
「馬鹿ね、あれを見なさいよっ」
と突然ゲルニカが口を開いた。
見るとゲルニカは前方を指差している。
「ん? なんだ?」
だがゲルニカの指差す先には特に何もない。
「ゲルニカさん、どうしたのですか?」
ローレライさんも俺と同じ反応を見せた。
「はぁ? 二人ともどこ見てんの、あいつよあいつっ!」
「だからなんのことだよ」
「すみませんゲルニカさん、私にもよくわからないのですが……」
「ああもうっ」
ゲルニカは地団太を踏むと次の瞬間「サンダーっ!」と叫ぶ。
すると何もいないはずの場所に雷が落ちて『ボアアァァッ……!』と悲鳴が上がった。
俺とローレライさんが怪訝な顔を浮かべていると、何も見えなかった場所から大型のカメレオンのような魔物が姿を現した。
「うおっ、なんだあいつっ?」
「えっ!?」
「あの魔物はブルームレオンよっ」
驚く俺たちをよそにゲルニカは続ける。
「ブルームレオンは周りの風景に溶け込んで消えたように見せることが出来る魔物なのよ、あんたたちには見えなかったみたいだけどあたしには背景と本体とのつなぎ目がちゃんと見えてたわっ」
「す、すごいです……そんな魔物がいたなんて私初めて知りました」
「よく気付いたな、お前」
「ふんっ、あたしにかかれば当然よっ」
と鼻を鳴らすゲルニカ。
伊達に魔物研究はしてないってわけか。
「っていうかブルームレオンはまだいるわよ、二人とも気抜かないでよねっ」
「……あ、本当ですっ。私にも見えましたっ」
俺の隣にいたローレライさんが声を上げた。
「あそことあそことそれから向こうにもいますっ」
それを受けて俺も目を凝らしてみる。
と、
「おっ、俺にも見えたぞっ。そこにももう一体いるっ」
二階にはブルームレオンがまだ四体も隠れていた。
「やっと見えたのね。あたしちょっと疲れたからあとは二人でやってちょうだいっ」
「は、はい、わかりました」
「ああ、わかったよ」
ゲルニカがいなければブルームレオンたちに気付けずに不意を突かれていたかもしれない。
そう考えれば残る四体は俺とローレライさんで相手してやる。
そう思い、
「行くぞっ」
「フォースっ」
俺とローレライさんは保護色で背景と同化しているブルームレオンたちを倒すため駆け出したのだった。
ブルームレオンたちを倒し、古めかしいさびれた塔の三階に上がった俺たちの前には、黒い巨体のベヒーモスとヒールを使いこなすヒールスライムという魔物たちが待ち構えていた。
ベヒーモスは一体だけだがヒールスライムは数十体いる。
「ベヒーモスに電撃魔法は効かないからベヒーモスはクロクロが倒してちょうだいっ」
ゲルニカが言うので俺がベヒーモスを、ローレライさんとゲルニカがヒールスライムたちを相手することになった。
ベヒーモスはその巨体に似合わず素早い動きで駆け出した。
一直線に俺たちの方に向かってくる。
「任せたわよっ」
「クロクロさんお願いしますっ」
ゲルニカとローレライさんが俺のそばから離れ、ヒールスライムたちのもとへと走り出した。
一人残された俺はベヒーモスの突進を体で受け止める。
『グオオオォォォーッ!』
「うぐぐぐっ……」
ベヒーモスのパワーは半端ではなかった。
全力を出している俺が圧され始める。
その間ゲルニカとローレライさんはヒールスライムたちを一体ずつ確実に仕留めていっていた。
ヒールスライムたちは戦う気がないのか部屋の中を逃げ回っている。
そいつらを追いかけながら倒していく二人。
『グオオオォォォーッ!』
「うぐぐぐっ……」
俺は壁に追い込まれつつあった。
どうやらブーストなしでは厳しい相手のようだ。
……仕方ない。
「ブ、ブースト、レベル2っ」
魔法を唱え身体能力を二倍に高めた俺はベヒーモスを押し返す。
『グオオオォォォー……!?』
「うおおぉぉー……この、いつまでも覆いかぶさってんなっ!」
俺はベヒーモスの鼻っ柱にパンチをお見舞いした。
その途端ベヒーモスが悲鳴を上げよろめく。
チャンス!
その好機を逃さず俺は追撃を与えようと前に出るが、その瞬間、周りにいたヒールスライムたちが一斉にベヒーモスにヒールを施した。
ベヒーモスは一瞬で回復し追撃をくらわそうとしていた俺を反対に鋭い牙で突き飛ばしてきた。
「ぐあっ……!」
俺はなんとか牙の直撃は手でいなして防いだものの後方の壁に激突する。
「クロクロさんっ!」
「クロクロっ!」
ローレライさんとゲルニカが心配そうに振り返った。
「だ、大丈夫です……でもヒールスライムが」
「す、すみません。ヒールスライムたちが逃げ回っているので倒すのに時間がかかってしまって……」
「こいつらベヒーモスを回復させるためだけにいるみたいだわ、まったくっ」
ブーストのレベルを上げればベヒーモスを回復させる間を与えることなく一撃で倒すことも可能なのだろうが、出来るだけ使いたくはない。
寿命が縮まることももちろん嫌だが、さっき聞いた精神力の消耗でダウンしてしまうことも避けたい。
俺はベヒーモスに向き直ると駆け出した。
ベヒーモスの攻撃をかいくぐり両目にそれぞれパンチを打ち込んで両目を潰す。
『グガアアァァァーッ……!』
俺のその攻撃により急に暴れ出すベヒーモス。
辺り構わず首を振り回し周りにいたヒールスライムたちをふっ飛ばしていく。
ヒールスライムたちはそれを見て自分の身可愛さにベヒーモスの回復を後回しにして逃げまどう。
俺は暴れ回っているベヒーモスの頭上に跳び乗ると、脳天めがけ思いきり拳を振り下ろした。
「うおりゃあぁっ!」
『グガアアァァーッ……!』
俺の拳はベヒーモスの硬い皮膚を貫き急所を捉えたようだった。
ベヒーモスが断末魔の叫び声を上げると床に横になって倒れ込んだ。
そのものすごい衝撃でヒールスライムたちがびくっと床から跳び上がる。
「よし、あとはヒールスライムたちだけだな」
「ベヒーモスがいなけりゃただの雑魚よ、こんな奴ら」
「覚悟してください」
『ピ、ピキーッ……!?』
『ピ、ピキーッ……!?』
『ピ、ピキーッ……!?』
『ピ、ピキーッ……!?』
俺たちに追い詰められて、もとから青白い色をしたヒールスライムたちはさらに顔面を蒼白にさせるのだった。
ヒールスライムたちを蹴散らして塔の四階へと上がると狭い空間に出た。
とそこには美しい女性の石像が立っていた。
どことなくローレライさんに似ている気がしないでもない。
「あれ? もう最上階っ?」
とゲルニカ。
外から見た限りではもっと高いと思っていた塔だったが全四階だったらしい。
「この階には魔物はいないようですね。ブルームレオンもいないみたいですし」
「そうですね」
ローレライさんの言葉に俺が同意する。
「それにしても何かしら、この石像?」
ゲルニカが言いながら石像に近付いていく。
すると、
「えっ? ちょっと待ってくださいっ」
ローレライさんがふいに声を上げた。
「この石像、レジーナさんそっくりですっ」
ローレライさんが石像に駆けていきよく観察しながら言う。
「え、どういうことですか?」
「この石像の顔、レジーナさんそのものなのですっ」
「誰よ? レジーナって」
ゲルニカは訳が分からないといった顔を俺に向けた。
「ん? あー、そっか。ゲルニカはエルフの里には行ってなかったんだな」
「レジーナさんというのは私たちエルフが暮らす里の長であるバーバレラ様の娘さんのことです。ずっと昔に人間によってさらわれてしまったのです」
「ふーん、そうなんだ。それでそのレジーナってエルフそっくりなの? この石像」
「はい。何から何までそっくりです。着ている装束もエルフ族のもののようですし」
ローレライさんは興奮した様子で話す。
「まるで生きているように見えます」
ローレライさんの言う通り、たしかに目の前の石像はともすれば今すぐにでも動き出しそうなリアルな躍動感があった。
「まあでも、所詮石像だしね~……それよりもこの塔にはもう魔物はいないみたいだしそろそろここ出ましょ」
「ん、うん、そうだな。ローレライさん行きましょうか」
「は、はい……」
ローレライさんは石像にまだ未練があったように見えたが、いつまでもここにいても仕方がないので俺はローレライさんに声をかけその場をあとにするのだった。




