第17話 同行者
エルフの里を出て暗い山道を一人下りていく俺。
「結局、タダ働きになっちゃったなぁ……」
自分から言い出したことなので後悔はない。
だがしかし、正直なところセントウは欲しかった。
いくら超人の俺でも病気はする。
なので万が一に備えて万病に効くというセントウは貰っておきたかった。
「まあ、いいんだけどさ……は、はっくしょんっ」
標高の高い山の上ということもあって夜は肌寒い。
「里を出るの明日の朝にすればよかったかな」
などと詮無いことをつぶやきながら歩を進めていた時だった。
「クロクロさんっ! 待ってください、クロクロさんっ!」
後方から俺の名前を呼ぶ声がした。
振り返り見ると後ろからローレライさんが追いかけてきていた。
「ローレライさんっ? なんでここにっ?」
「はぁっ、はぁっ……間に合ってよかったですっ……」
と息を切らしつつローレライさん。
「どうしたんですか? 俺、何か忘れ物でもしましたか?」
「い、いえ。そうではなく、あ、そう言われればそうかもしれませんが……」
ローレライさんはよくわからないことを口走った後おもむろに顔を上げた。
そして次の瞬間、驚くことを口にした。
「私……クロクロさんについていきますっ」
「え? 俺についてくる??」
理解が追いつかないでいる俺に、
「はい。私、クロクロさんに同行したいと思います」
ローレライさんは繰り返す。
「いや、意味が分からないんですけど……」
「バーバレラ様に言われたのです、クロクロさんについていって身の回りのお世話をしなさいって。そして一年後、セントウが実をつける頃に二人で戻ってきなさいって。だから私それまでクロクロさんのお役に立てるように頑張ります」
「な、なんでそんなことに……?」
「バーバレラ様は命の恩人に対して何も返さないのはエルフ族の恥だとおっしゃっていました」
「バーバレラさんが……?」
「はい」
あの人、俺を一生牢屋に閉じ込めようとしていたくせに。がらりと態度が変わったな。
「バーバレラ様のおっしゃることは絶対なので私すぐにクロクロさんを追いかけてきたのです」
「えーっと、まだよくわからないんですけどつまりこれから一年間は俺と一緒に行動するってことですか?」
「はい、そうです」
「ローレライさんはそれでいいんですか?」
「? はい、問題ありませんよ」
目をぱちくりさせるローレライさん。
問題ないと言われても……。
「あの、エルフだって人間にバレたらまずいんですよね?」
「はい。なのでこうして耳を隠しておきますね」
言うとローレライさんはフードを被ってとんがった耳を覆った。
俺が言いたかったのはそういうことではないのだが……。
「それでクロクロさんはこれからどこに行くつもりなのですか?」
「え? そ、そうだなぁ……特に決めていなかったんですけど」
とりあえずロレンスの町に戻ろうかな。
そう口にしようとした矢先、
「でしたら大邪神を倒す旅というのはどうですか?」
ローレライさんが提案してくる。
「大邪神? ってなんですか?」
「あー、そうでしたね。クロクロさんは記憶喪失だったのでしたね、すみません。大邪神というのは魔物たちを生み出している元凶となっている存在のことです」
ローレライさんは俺の目を見ながら続ける。
「なので大邪神を倒せばこの世界の魔物はすべて消滅するはずなのです」
「そうなんですか?」
「はい。エルフ族には代々そう伝えられていますから」
「へー」
「クロクロさんならきっと大邪神を倒せると思います。私も微力ながらお手伝いしますのでどうでしょうか?」
じぃっとみつめてくるローレライさん。
澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。
「魔物がいなくなればこの世界には平和が訪れます。皆さんもう魔物に怯えなくてもよくなるのですよ」
「ま、まあそうですよね……」
なんかいきなりスケールの大きな話になってしまったが俺はローレライさんに気圧され、
「……えとじゃあ、わかりました。大邪神を倒しに行きましょうか」
と声に出していた。
「ありがとうございます、クロクロさん。それでこそクロクロさんです」
「はあ、どうも」
うーん……やはり俺はノーとは言えない性格のようだ。
一度死んだくらいではこの厄介な性格は直らないらしい。
「それで大邪神ていうのはどこにいるんですか?」
俺はローレライさんに訊ねてみる。
すると、
「私も知りません」
予期していなかった答えが返ってきた。
「え? 知らないんですか?」
「はい」
平然と言うローレライさん。
「言い伝えではこの世界の果てに存在しているとされていますが……」
「世界の果てですか」
ずいぶんあいまいな答えだな。
「じゃあこれから俺たちはどこに向かえばいいんですか? 何かあてはあるんですか?」
「大邪神は魔物を生み出している元凶なので、より多くより強い魔物がいる場所に大邪神は存在しているのではないでしょうか」
「はあ、なるほど」
「ですので私たちは魔物の被害が大きい町を渡り歩き大邪神の情報を探るのがよいかと思います」
俺の問いにローレライさんがそう答える。
「わかりました。じゃあとりあえずここから一番近いクラスコの城下町のギルドに行ってその情報を集めてみましょうか」
「はい、そうしましょう」
俺の提案により俺たちはクラスコの城下町に向かうことにした。
その道中、ホブゴブリンが群れで姿を現した。
俺は素手でホブゴブリンたちを殴りとばし、ローレライさんは道端に生えていた草を武器に変えて応戦する。
見事すべてのホブゴブリンを倒しきった俺たちは彼らの死体を見下ろした。
「せっかくなんでホブゴブリンたちの耳、切り取っていきますか?」
「そうですね。長旅になるかもしれませんからお金は少しでも稼いでおいた方がいいですものね」
ローレライさんも同意したので俺はホブゴブリンたちの死体から右耳を切り落としていく。
そしてそれらを腰に下げていた袋に入れた。
「俺一応今金貨二十枚持ってますから何か欲しいものがあったら言ってください。クラスコの城下町で買っておきましょう」
「ありがとうございます、クロクロさん。私ほとんど手ぶらで来てしまったので――」
とローレライさんが話していた時、
がさがさっ。
前方の茂みが激しく揺れた。
何かいるっ。
俺とローレライさんは同時に身構える。
とその直後、
『キシャアァッ!』
全身毛むくじゃらの魔物が茂みの中から襲いかかってきた。
「クロクロさん、コボルトですっ」
「おりゃあっ」
俺はそのコボルトという魔物のお腹に蹴りをくらわせ後ろにふっ飛ばす。
木にぶつかり白目をむくコボルト。
だが安心したのも束の間、次の瞬間、
『キシャアァッ!』
『キシャアァッ!』
『キシャアァッ!』
『キシャアァッ!』
全方位からコボルトが一斉に飛び出してきた。
長く鋭い爪を俺とローレライさんに向かって振り下ろしてくる。
「やぁっ!」
「くっ……このっ!」
一体はローレライさんに、他の三体は俺に攻撃を仕掛けてきた。
ローレライさんはコボルトの攻撃を上手く避け草で作った剣をコボルトの胸に突き刺す。
一方の俺は腕を振り回して三体のコボルトをはじき飛ばした。
だが――
「クロクロさん、大丈夫ですかっ?」
「え、ええ。少しかすっただけですから」
俺はコボルトの爪が当たったのだろう、その際に腕にかすり傷を負っていた。
勝てないと悟ったのかコボルトたちが逃げていく中、
「え、コボルトにやられたのですかっ?」
ローレライさんは俺の心配をする。
「大丈夫ですよ、ほんのかすり傷なんで」
「駄目です、早くこれを食べてくださいっ」
焦った様子で一枚の葉っぱを差し出してくるローレライさん。
何をそんなに慌てているのだろう。
そう思った時だった。
「うっ……!?」
急に息苦しくなり視界が狭まる。
な、なんだ……?
「クロクロさんっ!」
「ロ、ローレライ、さんっ……」
俺は必死に叫ぶローレライさんの声を最後に気を失ってしまった。
「……さんっ。クロクロさん、起きてくださいっ」
「……ぅん……ローレライさん……?」
「あっ。クロクロさん、よかった。目が覚めたのですねっ」
目を開けると目の前には心配そうに俺をみつめるローレライさんの顔があった。
「あれ? 俺、どうして……?」
「クロクロさんはコボルトの毒にやられたのですよ」
「毒?」
俺は間の抜けた声で返した。
「はい。コボルトの爪には毒があるのです。すみません、先に言っておくべきでした」
「いや、それはいいですけど……それで俺はどうなったんですか?」
毒をくらって意識を失ったのならなぜ今俺は平然としていられるのだろう。
「私が持っていた毒消し草をすりつぶしてクロクロさんの口に流し込んだのです。なので今はもう毒は中和されているはずです」
「そうだったんですか。それはありがとうございました、助かりました」
「いえ、私はたいしたことはしていません。もしこれが私以外のエルフでしたら解毒魔法でもっと簡単に治せていたはずですから」
と表情を暗くするローレライさん。
「前にも言いましたが私は回復魔法の類は一切使えない出来損ないですので」
「いや、そんなことないですって。ローレライさんのおかげで俺は助かったんですから」
「しかし毒消し草はもうありませんし、これから先もしもクロクロさんが怪我をしたり毒を受けた時に私ではお役に立てません」
そう言ってローレライさんはうつむいてしまう。
ローレライさんはエルフなのに回復魔法が使えないことがコンプレックスなのだった。
重苦しい空気が流れる。
「そんなに気にしなくても平気ですよ。今回はたまたまコボルトが毒を持ってるって知らなかっただけですから今度から注意すればいいわけですし、俺この世界の魔物についてほとんど憶えてないですけどローレライさんが教えてくれれば問題ないですから。ねっ?」
「は、はい……」
顔を上げたローレライさんは少し微笑みうなずいた。
この後俺たちは山を下りたところで野宿をした。
そして翌日の夕方過ぎ、俺たちはクラスコの城下町へとたどり着いたのだった。
「じゃあ手始めにこの辺りに現れる強い魔物の情報を探るとしましょうか」
「はい、わかりました」
大邪神に一歩でも近付くため俺たちは強い魔物の情報を集めることにした。
そこでまずはクラスコの城下町のギルドにおもむく。
「もう薄暗いのに人が沢山いるんですね」
隣を歩くローレライさんが町を見渡しながら言った。
ローレライさんの言う通り町は沢山の人であふれていた。
「そうですね。ロレンスの町よりもここはもっと大きくて人も多いみたいですからね」
「そうなのですか。私はつい最近までエルフの里を出たことがなかったのでびっくりです」
「あの、くれぐれもエルフだってことはバレないように注意してくださいね」
「はい、もちろんです」
そう返すローレライさんは人間離れした美貌の持ち主なので本当に大丈夫なのかなぁと心配になる俺だった。
ギルドに着くとまず切り取っていたホブゴブリンの耳をすべてカウンターの女性に渡した。
それにより金貨一枚をゲットする。
それから掲示板に貼られていたSランク冒険者向けの依頼書を探す。
俺はEランクなのでそれらの依頼を受けることは出来ないが強い魔物の情報は手に入れることが出来る。
だがEランク向けの依頼書が少ないのと同様にSランク向けの依頼書もまた少ないらしく一つも見当たらなかった。
「どうしましょう、クロクロさん」
「う~ん、そうですね~……」
俺が悩んでいると、
「そうだ。酒場に行ってみませんか?」
ローレライさんが口にした。
「酒場ですか?」
「はい。バーバレラ様がおっしゃっていたんです。酒場は情報の宝庫だって」
「へー、そうですか」
バーバレラさんがねぇ……正直あまりピンとこないが他に行くところもないしここはバーバレラさんの話に乗ってみるか。
「じゃあ酒場に行ってみましょうか」
「はい」
こうして俺とローレライさんは有益な情報を掴むため酒場へと足を向けるのだった。
クラスコの城下町は広いため、俺たちが酒場に着いた頃にはもうすっかり夜になっていた。
酒場の扉を開けるとにぎやかな話し声やビールジョッキの鳴り響く音が耳に入ってくる。
俺とローレライさんは中に入りそんな中を歩いてカウンターに向かう。
すると周りにいた客たちが一斉にローレライさんに視線を向けてきた。
いくら酔っ払っていても美人には自然と目がいくらしい。
俺はカウンターの奥にいた酒場のマスターに声をかける。
「すいません、この辺りで強い魔物の出現情報とか知りませんか?」
「あ? そんなことよりまずは注文してくれっ。話はそれからだよっ」
威勢のいいマスターに返される。
たしかに言われてみればその通りだ。
「じゃあビールください。グラスで」
「はいよっ。そっちの女性はなんにするっ?」
「私はお水で結構です」
「水っ? 駄目駄目、何か注文してくれよっ」
「ですが……」
「あー、じゃあこの女性にはミルクをお願いします」
「牛乳だね、はいよっ」
マスターは手慣れた様子でビールとミルクをグラスに注ぐとすぐにそれらを俺たちの前に置いた。
「二つで銀貨二枚だよっ」
俺は持っていた金貨を一枚差し出してお釣りの銀貨八枚を受け取る。
「すみません、私お金を持っていないのですが……」
「わかってるよ。俺のおごりだから気にしないで」
「は、はい。クロクロさん、ありがとうございます」
俺が銀貨を袋に閉まっていると、
「それで話はなんだったかなっ?」
マスターが顔を寄せてきた。
「強い魔物の出現情報を知りたいんですけど」
「強い魔物かぁ……悪い、知らないやっ、ごめんよっ」
「え、そんなっ……」
マスターは軽く手を上げると俺の前からいなくなり他の客の注文を取り始めてしまう。
「まいったな、知らないって」
「はい、そのようですね」
「まあ、とりあえず飲みますか。注文しちゃいましたから」
「は、はい」
俺とローレライさんはがやがやと騒がしい店内で、顔を近付け会話をしてから二人ともグラスに口をつけた。
「あ、ガジュの実食べますか?」
ミルクを一口飲んだローレライさんが唐突に言う。
見るとローレライさんは手の中にガジュの実を二つ握り締めていた。
「ローレライさん、まだ持ってたんですね。それ」
「エルフの里を出る時にバーバレラ様から二つだけ貰ってきたのです。よかったらどうぞ」
「あー、じゃあいただきます」
店内に食事を持ち込んでいいのかという疑問はわいたが、こんな小さな木の実くらいなら見逃してくれるだろうとそれを口に運ぶ。
とその時、
「ああ、そうだそうだっ!」
マスターが急にこっちを振り向き近寄ってきた。
俺は驚いて思わずガジュの実を丸ごとごくんと飲み込む。
「な、なんですか?」
「おれは強い魔物は知らないけどさ、そういうのを知ってそうな奴なら心当たりがあるよっ」
とマスター。
「え、本当ですか?」
「ああ。ゲルニカって奴なんだけどさ、魔物のことを研究してるらしいから話を聞いてみるといいよっ」
「ゲルニカさんですか。その人はどこにいるんですか?」
「西の町はずれのボロ小屋に住んでるよっ」
「わかりました。ありがとうございます」
マスターとの会話を終えると俺はローレライさんに向き直った。
ローレライさんは俺とマスターとの会話を聞いていたようで小さくうなずいている。
俺とローレライさんはグラスに残っていたビールとミルクを一気に飲み干すと立ち上がった。
そしてゲルニカさんとやらに会いにいくことにしたのだった。
のだが――
「ちょっと待てや姉ちゃん!」
「うへへへぇ。すげぇべっぴんだなぁあんた」
「オレたちと一緒に飲もうぜぇ!」
振り返ると酔っ払った大男三人が俺たちの行く手を塞いでいた。
「そこをどいてくださいませんか」
酔っ払った大男三人にローレライさんが丁寧な言葉遣いで言う。
「おいおい、声もきれいだぜっ」
「どいてくださいませんか、だってよ!」
「育ちがいいお嬢さんってとこかぁっ」
しかし完全に出来上がっている三人の大男たちはローレライさんの言うことなど聞こうともしない。
「いいからこっち来て一緒に飲もうぜっ」
「きゃっ」
三人のうちの一人がローレライさんの手を握り強引に引っ張った。
それを見て俺は思わず「やめろ」とその大男の腕をがしっと掴む。
「ん~? なんだてめぇ」
「男に用はねぇ、引っ込んでなっ」
「おら、どけよ!」
俺は別の大男に胸を押されカウンターに突き飛ばされてしまった。
「クロクロさんっ」
とここで、
「ちょっとちょっと、喧嘩するなら外でやってくれっ」
マスターがカウンターから出てきて俺たちと大男たちの間に割って入ってくる。
自分の店で暴れられたりしたら困るのだろう。
「おいてめぇ、外出ろやっ。オレたちが可愛がってやるぜっ」
「今さら逃げようったってそうはいかねぇぞ」
「オレたちが勝ったらその姉ちゃんは貰うからなっ」
勝手なことを言う大男たち。
これだから酔っ払いは始末が悪い。
「わかったよ、相手になってやる」
「クロクロさんっ……」
「大丈夫、ちゃんと手加減するから」
俺は小声でローレライさんにささやいてから大男たちとともに酒場を出た。
酒場の前の大通りで向き合う俺と大男三人。
俺は決して背が低い方ではないが三人とも俺より頭二つ分はでかい。
「喧嘩だ喧嘩っ!」
「やれやれーっ」
「早くしろーっ!」
酒場にいた客や通行人が俺たちを取り囲んであおってくる。
気付けばいつの間にやら野次馬が百人くらい集まっていた。
「ひっく、オレたちに喧嘩を売るとはいい度胸だなっ」
一人は首を回しながら、
「オレら三人ともAランク冒険者なんだぜっ。ビビったか?」
もう一人は指をぽきぽき鳴らしながら、
「女の前でいいカッコしようとするから悪いんだぜっ」
そして最後の一人は地獄に落ちろと言わんばかりのジェスチャーをしながら俺を見下ろす。
「よし、ここはオレが行くぜっ」
「待てよ、こんな面白そうなこと兄者に譲れるかよ」
「そうだぜ兄者。オレだって久しぶりの喧嘩だ、派手に暴れてやりたいぜ」
と三人が言い合う。
どうでもいいがこいつら兄弟だったのか……?
「面倒だ。いいよ、三対一で」
今まで黙って話を聞いていた俺だったがここで口を開いた。
Aランク冒険者相手なら三対一でも問題ないだろうと思ってのことだ。
「あんっ? ふざけてんのかてめぇっ」
「オレら相手に三対一だとっ」
「オレたちはAランク冒険者だぞっ。てめぇみてぇなの相手に三人でかかるわけぶふぇぇっ……!?」
俺は顔をぐっと寄せてきた大男の一人を殴り飛ばした。
でかい図体が放物線を描くようにして宙を舞って地面に落ちる。
それを見てさっきまで騒がしかったのが嘘のように辺りは一転静まり返った。
「な、な、なんだとっ!?」
「て、てめぇ、な、何しやがったっ!」
「別に、ただ殴っただけだけど」
大男二人は顔を見合わせる。
お前が先に行けと目で合図を送り合っているようにも見えるが。
と次の瞬間、兄者と呼ばれていた大男が俺めがけて「くそがぁっ!」と拳を振り上げ向かってきた。
俺はそれを難なくかわすとがら空きになっていたお腹にカウンターを打ち込んだ。
大男が俺に体を預けるようにして倒れる。
「ば、ば、ば、馬鹿なっ……!?」
「まだやるか?」
「っ……」
残った最後の一人は酔いがさめたらしく口をあわあわさせている。
「やらないなら二人を連れてさっさと帰ってくれ」
「……あ、ああ。わ、わかった」
そう言うと一人残った大男は二人の大男を半ば引きずるようにして夜道に消えていった。
周りにいた野次馬たちから大歓声が上がる中、俺はローレライさんのもとへと戻ると、
「今日はもう遅いんでゲルニカさんのところは明日行きましょう」
声をかける。
「は、はい。わかりました」
この後、俺とローレライさんは宿屋を探すとそこに泊まり今日一日の疲れをいやすのだった。
――俺の所持金、金貨十九枚と銀貨八枚也。
翌朝、俺とローレライさんは西の町はずれに住んでいるというゲルニカさんとやらに会いに行くため宿屋をあとにする。
クラスコの城下町をしばらく歩いているとだんだん人通りが少なくなってきた。
それと同時に建物の数も減ってくる。
「ゲルニカさんの家はまだでしょうか?」
「ボロ小屋だからわかるって言ってましたけどね」
酒場のオーナーの話ではゲルニカさんは魔物の研究をしている人らしいが一体どんな人なのだろう。
そこからさらに歩き続けること二十分、俺たちは人気のない町はずれまで来ていた。
「もう家なんて一切見当たりませんね」
「そうですね……あっ、もしかしてあれじゃないですか?」
ローレライさんが指差して言う。
俺はローレライさんが指差した方を見た。
とそこには大きな木の陰に隠れるように小さな小屋が建っていた。
「あ、あれですか……?」
俺の目にはとても人が住んでいるようには見えないのだが酒場のオーナーの話とは一応一致している。
「行ってみましょう、クロクロさん」
「まあ、そうですね。行きますか」
俺とローレライさんはその小さなボロ小屋に近付いていった。
そして、
「すみません、ゲルニカさんいますかー?」
今にも崩れそうな小屋のドアを出来る限りそっと叩きながら声をかけた。
……。
返事はない。
「いないのでしょうか?」
「さあ、聞こえなかっただけかも」
そう思い俺はもう一度今度は一歩下がって大声で呼びかけてみる。
「すみませんっ。ゲルニカさんいますかーっ?」
「うっさいわね、聞こえてるわよっ!」
すると小屋のドアがいきなり開け放たれて中から十代半ばくらいの少女が姿を見せた。
俺の偏見かもしれないが一目見て気の強そうな子だとわかる。
「えっと、きみは誰?」
「はぁ? あんたこそ誰よっ?」
その子は明らかに年上の俺に対して物怖じせずタメ口でくってかかってくる。
「俺はクロクロだ。でこっちの女性はローレライさん。俺たちゲルニカって人に会いに来たんだけどいるかな?」
「クロクロ? 変な名前ね」
眉をひそめる少女。
俺だってそう思ってるさ。
この世界の人たちには俺の名前は発音しづらいようだから仕方ないだろ。
「で、ゲルニカさんはいるのか? いないのか?」
「いるじゃないの、あんたの目の前にっ」
「「えっ?」」
俺とローレライさんの発した声がシンクロする。
「あたしがゲルニカよっ」
少女は親指で自分を指差すと堂々とそう宣言した。
「お、お前がゲルニカ……?」
「あなたがゲルニカさんなのですか?」
「そうよ、文句あるっ?」
ゲルニカと名乗った少女は挑戦的な目で俺を見上げてくる。
「いや文句はないけどさ、ゲルニカって人は魔物を研究してるって聞いてたから……」
「なに、年寄りが出てくるとでも思ってたわけっ?」
「まあ、そんなところだ」
「ふーん……」
ゲルニカは俺とローレライさんを品定めするようにじっくりと眺めてから、
「それで、クロクロとローレライだっけ? あんたたちは何しに来たのっ?」
あごをしゃくった。
「なあ、その前にその喋り口調なんとかならないか。お前絶対俺たちより年下だろ」
「あんた年いくつよ」
不遜な態度で訊いてくる。
「俺は二十六歳だ」
「あなたは?」
ゲルニカはローレライさんに鋭い視線を飛ばした。
「私は二百六十……ではなくて、私もクロクロさんと同じ二十六歳です」
ローレライさん。今二百六十歳って言おうとしたような……。
「ちなみにあたしは十六歳よっ」
「やっぱり年下じゃないか」
「だから何っ。この世は実力がすべてよ、年功序列なんかくそくらえだわっ」
とゲルニカがほえる。
「それともあんたはあたしよりすべての面において優れてるって言えるわけっ。えぇ、どうなのよっ!」
「はいはい、わかったよ。もう好きにしろ」
話が前に進みそうにないのでこの際タメ口なのは無視することにした。
「俺たちはゲルニカが魔物の研究をしてるって聞いたからここに来たんだ。強い魔物の出現情報とか知ってたら教えてもらおうと思ってな」
「お願いしますゲルニカさん、私たちどうしても知りたいのです」
「ふーん、そうなんだ。別に教えるのはいいけどさ、なんでそんなこと知りたいのよ、理由を教えてちょうだい」
興味がないのか退屈そうにゲルニカが言う。
「大邪神を倒してこの世を平和にしたいのです」
と真面目な顔でローレライさん。
「大邪神? あなたたち大邪神が本当にいるって信じてるの?」
「はい、信じています」
「あんたは?」
「俺か? うん、いるんじゃないのか」
エルフ族の言い伝えでは存在しているらしいし、何よりローレライさんが信じて疑っていないのだから俺もそう答えておく。
するとゲルニカは、
「……つまりあんたたちの目的は大邪神を倒すことなのね」
「そう言ってるだろ」
「はい。そのために強い魔物を倒して回る旅をしようと思っています」
「そう、わかったわ」
楽しそうに口角を上げた。
そして、
「だったらあたしもその旅についてってあげるわっ」
感謝しなさいとでも言いたげな口ぶりでゲルニカはそう言い切るのだった。
「は? 旅についてくるってどういうことだよっ?」
「そのまんまの意味よ。あんた馬鹿なの?」
言うとゲルニカは小屋の中に入っていってしまう。
だがバッグを持ってすぐ戻ってきて、
「じゃ行きましょっ」
さながらリーダーのごとく声を上げた。
「こら待て、話はまだ済んでないだろ」
「なによ、あたしの力を借りたかったんでしょ」
「お前の持ってる情報が欲しかっただけだ。お前についてきてほしいと言った覚えはない」
「ふーん、そんなこと言っていいの? だったらあたし何も教えてあげないわよ」
ゲルニカはいやらしい目つきでそんなことをのたまう。
「お前なぁ――」
「あたし、大邪神のことを本気で信じてる人に初めて会ったのよね~。あたしも大邪神については興味あったし、そろそろこの町を出ようかなって思ってたところだったからちょうどいいわ」
「あの、ゲルニカさん。この旅は危険な旅になるかもしれません、ゲルニカさんは来ない方がよろしいのではないでしょうか」
ローレライさんがゲルニカを優しく説き伏せる。
要はついてくるなってことだが。
しかし、
「大丈夫よ、あたし結構強いから」
どこから来るのか自信満々に返した。
さらに、
「それだけじゃなくてあたし回復魔法も解毒魔法も一通り使えるし、魔物についても詳しいからあたしがいると助かるんじゃないの?」
とゲルニカは言う。
「え、回復魔法も解毒魔法も使えるのですか?」
「ええ、そうよ。ついでに攻撃魔法も少しだけなら使えるわよ」
「す、すごい、です……」
「でしょっ」
ローレライさんは説き伏せるどころか説き伏せられてしまったようで、肩をがっくりと落としうつむいてしまっている。
「ゲルニカ、お前本当に解毒魔法とか使えるのか?」
「なに、信じてないの? なんなら使ってみせようかっ?」
言い放つゲルニカ。
これが嘘とは思えない。
「いや、いい」
「そ。じゃ今度こそ行きましょっ」
「いや、待て待て。まだお前を仲間にするとは言ってないだろうが」
「でもローレライはいいみたいだけど」
ゲルニカはローレライさんを見やった。
見るとローレライさんはゲルニカに負けを認めたかのように小さくうなずいている。
「ローレライさん、いいんですか?」
「はい……ゲルニカさんは私なんかよりよっぽどクロクロさんのお役に立てますから。それに比べて私は……」
あー、まずい。
ローレライさんが鬱モードに入ってしまっている。
「そんなことないですよ。ローレライさんは充分やってくれてます」
「そ、そうでしょうか……?」
「はい。ローレライさんがついてきてくれて俺は嬉しいですよ」
「ほ、本当ですか?」
すがるような眼差しで俺を見上げてくるローレライさん。
間違っても嘘ですなんて言えるはずもなく……。
「はい、本当です」
俺のこの一言でローレライさんはやっと表情を明るくさせた。
「ほら、二人とも何してるの。置いてくわよーっ」
気付くとゲルニカは一人でさっさと歩き出している。
「お前が仕切るなっ」




