第15話 Sランク冒険者
ミネルバの実験台を終えた翌日、俺は体がだるくて宿屋で寝込んでいた。
ミネルバの作った惚れ薬を飲み過ぎたせいじゃないかと疑いつつ、ついさっき病院に行ったところ俺は医者にただの風邪だと診断された。
重力十分の一の世界とはいえ俺も病気には勝てないということらしい。
「こほっ……」
まあ、病院で薬を貰ってきたし今日一日しっかり休めば明日までには完治するだろう。
「クロクロさん、お昼ご飯買ってきたけど食べるかいっ?」
宿屋の女将さんが俺の泊まっている部屋のドアを開け放つ。
気を利かせて昼ご飯を買ってきてくれたらしい。
「あ、すいません。お金はちゃんと払うので……」
「いいっていいって。それよりついでだからあたしもここで食べていこうかねっ」
「別にいいですけど、風邪うつっても知りませんよ」
「なあに、あたしゃ今まで一度も病気したことないのが取り柄だからね。だいじょぶさっ」
笑顔で返す女将さん。
女将さんの元気で明るい姿を見ているとこっちまで元気が出てくる。
この後、俺たちは他愛もない話をしながら昼ご飯を一緒に食べた。
といってもほとんどは女将さんが話をしていて俺は聞き役だったのだが。
「さあて、それじゃあたしは仕事に戻るけど何かあったらいつでも呼びなさいねっ」
「はい、ありがとうございます」
俺の返事を聞き終える前に女将さんは部屋を出ていってしまった。
せっかちな人だ。
翌朝、俺はすっかり風邪も治ったので女将さんにお礼を言うとギルドへと向かった。
ここ二日ばかりギルドに顔を出していなかったので新しい依頼が入っているに違いない。
そう思いギルドの扉を開ける。
とギルド内の雰囲気がいつもとは少し異なっていることに気付いた。
「ん?」
依頼書が貼られた掲示板の前には一人の若い女性の冒険者がいてその女性を遠巻きから眺めている大勢の冒険者たち。
誰も掲示板に近寄ろうとしないでいる。
「あの、どうかしたんですか?」
俺は後ろの方にいた俺と同年代くらいの男性に声をかけてみる。
「今エアリーさんが来てるんだよっ。初めて生で見たけど美人だな~、エアリーさん」
「エアリーさん?」
「なんだあんた、エアリーさんを知らないのかっ?」
男性は驚いた様子で口にした。
「え、ええ、まあ」
「エアリーさんは数少ないSランクの冒険者だぞ。しかもあの美貌だ、冒険者なら誰もが知ってるはずだろっ」
「はぁ……」
そう言われても俺はもともとこの世界の人間ではないし、冒険者になったのもつい最近だからな。
とそこへ、
「おい、エアリー。まだ依頼選びに手間取ってるのかよっ。さっさとしろよっ」
ギルドに入ってきた若い男性冒険者がエアリーとやらに声を飛ばす。
「そんなこと言うならグレイも一緒に選んでよっ」
それを受けてエアリーは男性冒険者をグレイと呼ぶとそう返した。
話から察するに二人は同じ冒険者仲間といったところだろうか。
「うおっ、グレイだぜっ!?」
「グレイさんだわっ!」
「エアリーさんとグレイさんが揃ったぞ、すげぇっ」
「なんでこんなところに二人がいるんだっ?」
周りにいた冒険者たちが二人を見て色めき立った。
その周りの反応にグレイは気分をよくしたのか、
「わっはっは。なんだなんだ、おれらってばそんな有名人だったのか。おい、そこのあんた。記念におれ様がサイン書いてやろうか? わっはっは」
高笑いしながら俺の肩に手を置く。
「いや、いらないけど」
「そうだろう、そうだろう……っていらないだとっ!? おれ様が直々にサインを書いてやるって言ってるのにいらないだとっ!」
「ああ。俺、お前のこと知らないし」
というかいつまで俺の肩に手を乗せているつもりだ、うっとうしい。
「お、お前だとっ!? このグレイ様をお前呼ばわりだとっ……!」
グレイはわなわなと震えていた。
その様子を見て周りの冒険者たちが「おい、あいつ誰だ?」とか「グレイさん相手に何考えてるんだ、あいつ……」とか口々にささやく。
「話は終わりだよな。じゃあ俺、依頼書見るから」
俺はそう言ってグレイから離れエアリーのいる掲示板の前に移動した。
すると、
「ねえ、あなた名前は?」
隣にいたエアリーが珍しいものでもみつけたかのような顔をして俺に話しかけてきた。
さっきの男性が言っていたように近くで見るとたしかにかなりの美人だ。
「黒岩蔵……いや、クロクロだ」
「へ~、クロクロか。わたしはエアリー、よろしくねっ」
「あ、ああ」
初対面の割には妙に馴れ馴れしい気がしたが不思議と嫌な気はしない。
やはり美人は得だな。
「ねえ、クロクロ。あなた、わたしを見ても他のみんなと違って――」
「ちょっと待ったぁーっ!」
エアリーが俺をみつめながら話し出すと後ろにいたグレイが大声を上げてこれを遮った。
「何よグレイ、いきなり大声なんか出して。みんながびっくりするでしょ!」
「関係ねぇ! それよりもおれはそいつに用があるんだよっ!」
とグレイは俺を指差し声を荒らげる。
「おいこら、クロクロっていったか! あんた冒険者ランクはいくつだっ!」
「俺か? Eランクだけど」
「Eっ!? Eだとっ!? あんた、EランクのくせにSランクのおれ様を馬鹿にしたのかっ!」
「いや別に、馬鹿にはしてないけどさ」
「だ、だったら敬語を使えよっ!」
グレイは俺に突きつけた指先を震わせながら言った。
どうでもいいがこいつ本当にSランクなのか?
「敬語って……お前何歳だよ。俺の方が多分年上だろ」
見た感じグレイは二十歳そこそこの年齢のようだ。
グレイがタメ口で話しているのに二十六歳の俺が敬語を使う道理はない。
「なっ!? だ、だったら勝負だっ! おれ様とどっちが強いかはっきりさせようじゃないかっ!」
「なんでそうなるんだ?」
「ちょっとグレイ、何言ってるのっ?」
「止めるなエアリー! 男には引けない時ってのがあるんだよっ!」
グレイはエアリーの制止を振り払うと俺にグッと顔を寄せてくる。
「表出ろっ。ここじゃギルドに迷惑がかかるからなっ」
……はぁ~、変な奴に絡まれてしまった。
無視してやろうかとも思うが、ここまでのこいつの言動を見る限り簡単に諦めてくれるとは思えない。
それにSランクがどれほど強いのか少しだけだが興味もある。
「わかったよ。その代わり俺が勝ったらもう突っかかってくるなよ」
「当たり前だっ!」
「え、ちょっとクロクロっ? あなた本気でグレイと戦う気なのっ?」
エアリーが驚きの表情で俺を見た。
「ああ」
「駄目だってば、グレイは馬鹿だけど実力はわたし以上なのよっ。Eランクのクロクロじゃ相手にならないわよっ」
エアリーが俺の腕を掴んでくる。
女性にしてはかなり力が強い。
「クロクロっ! 男に二言はないよなっ?」
「ああ、今さらやめたりしないから安心しろ」
「ちょっと二人とも、わたしの話を聞きなさいよっ」
エアリーの声を右から左に受け流してグレイはギルドを出た。
ギルドの中にいた冒険者たちも勝負の行方が気になるのか、ぞろぞろとグレイのあとを追う。
「ねえクロクロ、今からでも遅くないからグレイに勝負をやめるように言いましょ。わたしからもお願いするから、ねっ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわよっ。グレイはブーストっていうすごくレアな身体強化魔法が使えるのよ、あなた下手したら死んじゃうわっ」
とエアリー。
「平気さ、ブーストなら俺も使えるから」
「……えっ?」
「じゃちょっと行ってくる」
俺の言葉に虚を突かれた様子のエアリーを置き去りにして、俺はグレイの待つギルドの外へと飛び出した。
「待たせたな」
「ふん、逃げようとしないところだけは褒めてやるぜっ」
ギルドから外に出てグレイに顔を向けるとグレイは自信満々に言い放つ。
「別に逃げないさ」
「まあ、これだけの観客がいるんだ。逃げたら恥ずかしくて二度とここのギルドは使えないだろうけどなっ」
グレイは周りを囲む冒険者たちを眺めながら言った。
「それで、勝負方法は?」
「魔法、武器、なんでもありの全力勝負だ。どっちかが戦意を喪失したら終わりでどうだっ? もちろんおれ様はそうはならないけどな、わっはっはっ」
「わかった、それでいいよ」
俺が返すとグレイは急に真面目な顔になる。
「じゃあ行くぜっ。ブースト、レベル3っ!」
声に出したとほぼ同時にグレイは地面を強く蹴った。
あ、速っ――
「がぁっ……!」
一瞬にして俺との距離を詰めたグレイの右拳が俺の左頬を直撃。
俺は後ろにふっ飛ばされた。
「これで終わりだなっ」
グレイが勝利を確信してそう口にする。
「すげー、ブーストだぜっ……」
「私、初めて見たわ……」
「あいつ死んだんじゃねえか……?」
見ていた冒険者たちが言い合う中、
「悪いがライオンはウサギ相手でもいつでも本気なんだぜっ」
とガッツポーズを決めるグレイ。
とそこにエアリーがギルドから出てきた。
そして俺が地面に倒れているのを見ると急いで駆け寄ってくる。
「クロクロっ。今回復魔法をかけてあげるからっ」
「……いや、大丈夫だよ」
だが俺はそんなエアリーをよそに立ち上がった。
「お、おい、立ったぞあいつっ」
「ピンピンしてるぜっ」
「グレイさんの一撃をまともにくらったのにっ……」
「ちょ、ちょっと、クロクロ大丈夫なのっ?」
エアリーが俺の腕に触れる。
「ああ、問題ない。少し痛かったけどな」
「な、なっ!? クロクロっ、なんであんた無事なんだっ……ブーストでパワーも三倍になったおれ様のパンチをもろに受けたんだぞっ……!」
グレイが信じられないものを見たという表情で俺を見て言った。
グレイの言葉を無視して、
「今度はこっちの番だぞ」
言うと俺もブーストを使ってみることにした。
今の俺ならレベル10まで使えるものの寿命が縮まる恐れもあるのでレベル二くらいにおさえておこう。
「ブースト、レベル2」
唱えると体全体が熱くなり全身に力がみなぎってくる。
「マ、マジかよ……あ、あんた、本当にEランクの冒険者かっ……?」
「ああ、俺の一撃に耐え切れたらギルドカードを見せてやるよ」
「っ……」
唾を飲み込み身構えるグレイ。
その顔は恐怖ににじんでいた。
「行くぞっ」
声を上げた次の瞬間、俺はグレイの背後に移動していた。
「き、消えっ……!?」
グレイの目には俺が消えたように映ったらしい。
周りで見ていた冒険者たちも俺の動きに追いついてこれていないようだった。
俺はグレイの首元に素早くチョップを打ち込んだ。
その攻撃によりグレイが「ぅがっ……!」と声を発して地面に倒れる。
何が起きたのか理解できていない冒険者たちを前にして俺はブーストを解くとエアリーのもとまで歩いていった。
「エアリー、回復魔法なら俺じゃなくてあいつにしてやってくれ」
エアリーに声をかけると俺はギルドへと戻る。
そして冒険者が一人もいないギルド内で俺はゆっくりと依頼選びを再開するのだった。
ギルド内で依頼書を眺めているとぞろぞろと冒険者たちが中に入ってきた。
だがさっきのグレイとの勝負を見ていたせいか、俺の周りには誰も近寄ってこようとはしない。
まあ、おかげで静かに依頼選びが出来るのだが。
「お、おいクロクロっ。あ、あんた何もんだっ!」
そんな俺に後ろから声をかけてくる人物が。
振り返らなくてもわかる。グレイだ。
「なんだよ、俺が勝ったら突っかかってこないって約束だったろ」
「こ、これは別に突っかかってるわけじゃないっ。ただ話しかけてるだけだっ」
仕方なく振り返るとそこにはグレイとエアリーが二人揃って立っていた。
エアリーに回復魔法をかけてもらったのだろう、グレイはダメージなどなさそうに見える。
「それであんたは何もんなんだっ」
「悪いけど俺、記憶喪失だからその質問には答えられないな」
俺は嘘の設定を引っ張り出し答えた。
「記憶喪失っ? マジかよ……」
「ああ」
俺が返すと、
「……」
グレイは言葉なくうなだれる。
どうしたんだ?
すると今度はエアリーが話し出した。
「ごめんねクロクロ。グレイは自分より強い相手に会ったことがなかったからあなたの強さの秘密を教えてもらおうとしてたのよ。でもクロクロが記憶喪失だと知ってがっかりしちゃったわけ」
「ふーん、そうなのか」
「ねえ、クロクロ。そんなことよりわたしたちとチームを組まない?」
と顔を近付けてささやくようにエアリーが訊いてくる。
「チーム? 俺とお前たちが?」
「そう。楽しそうでしょ」
笑顔のエアリー。
「でもお前たちはSランクだろ。それに比べて俺はさっきも言ったけどEランクだぞ」
「そんなの関係ないわよ。クロクロはわたしたちよりずっと強いんだし」
「う~ん……グレイは賛成なのか? 俺とチームを組むことに」
俺はグレイに視線を移す。
「おれ様は構わないぜ。っつうかあんたと一緒にいれば記憶喪失が治った時、あんたの強さの秘密を聞けるからむしろ大賛成だぜっ」
グレイは気を取り直して声を上げた。
「ねっ。グレイもこう言ってるし、いいでしょ?」
俺の顔を覗き込むようにしてエアリーが言う。
長いまつ毛に大きな瞳をしたエアリーはまるでお人形さんのようだ。
「でも俺が入ったら邪魔じゃないのか? せっかく二人だけのチームなんだろ」
「? 全然邪魔じゃないわよ」
「グレイはいいのか? 他の男がチームに入ってきても」
「はあ? どういう意味だ?」
グレイが眉をひそめた。
とそこでエアリーが、
「あっクロクロ、もしかしてわたしたちが恋人同士だとか思ってる?」
笑いをこらえつつ俺を見上げる。
「違うのか?」
「違う違う。だってグレイとわたしは兄妹だもんっ」
「兄妹?」
「そうだよ。な~んだ、そんなこと気にしてたんだ。でもそっか、わたしたちのこと知らなかったんだからそう思われても不思議じゃないのかぁ~」
エアリーはくすくす笑いでグレイの方を見た。
「おれ様とエアリーが恋人同士なわけないだろ、馬鹿かクロクロっ」
と呆れ顔のグレイ。
俺の予想に反して二人はただの兄妹だったようだ。
「でもこれでわたしたちと組んでくれるわよね?」
「そうだぜ、クロクロ。おれらとチームを組むだろ?」
エアリーとグレイは二人して俺の目をじっとみつめてくる。
兄弟だと言われるとたしかにどことなく目の辺りが似ている気もする……ってそんなこと考えてる場合じゃないか。
「悪いけどやっぱり断る」
「そうだろう、そうだろう。おれ様の誘いを断るわけが……ってなんだとっ!?」
またしてもグレイが声を大にした。
「どうしてクロクロ? もしかしてもう誰かとチーム組んでるの?」
「いや、一人だけど」
「だ、だったらいいじゃねぇかっ。なんで断るんだよっ」
「さっきも言ったけど俺はEランクだからな。お前たちとは依頼が合わないんだよ」
俺はSランクの依頼は受けられないし、エアリーたちは今さらEランクの依頼をする気にはなれないだろう。
「そんなのおれらが受けたSランクの依頼をクロクロも一緒にやりゃあいいだけじゃねぇかっ」
とグレイは言うが、
「いや、それはなんかずるしてる気がするからな。俺は身の丈に合った依頼を受けるよ」
古くさい考えのある俺としてはそれに関してはどうも受け入れがたい。
「どこがずるなんだよ、全然ずるくないだろ――」
「わかったわ」
グレイの言葉を遮ってエアリーが口を開いた。
「なんだよエアリー、わかったって」
「クロクロがそう言ってるんだからしょうがないでしょ」
「しょうがなくないっ。おれ様には意味が分からないぞっ」
「それはグレイが馬鹿だからよ」
「馬鹿とはなんだっ、実の兄に向かって!」
「うるさいわね、ちょっと黙ってて!」
俺を置き去りにヒートアップしていく二人。
俺はそんな二人をただ黙って見守る。
すると、
「クロクロ、あなたの考えはよくわかったわ」
とエアリー。
「その代わり、あなたがSランクの冒険者になった時にもう一度誘うからその時はオッケーしてよねっ」
エアリーはウインクしながら言う。
「いつになるかわからないけどな」
俺のこのセリフを肯定ととらえたのかエアリーは一瞬笑うと掲示板に貼ってあった依頼書を手にしてミレルさんのもとへ持っていき、それから颯爽とギルドを出ていった。
グレイはそんなエアリーを「お、おい、ちょっと待てってばエアリー!」と追いかけていく。
まるで台風が過ぎ去っていった後のように静かになるギルド内。
そんな中、俺はSランクになったらあの二人と同じチームを組むという約束をなんとなく交わしてしまったであろうことに気付くのだった。
グレイとエアリーがいなくなり静かになったギルド内で俺は掲示板に貼られた依頼書を順に確認していた。
「う~ん、Eランクの依頼がみつからないなぁ」
するとそこへ、
「あのう、ちょっとよろしいですか?」
遠慮がちに話しかけてくる女性がいた。
フードを目深に被っていて目元がよく見えないがそれでも俺と同年代のように思えた。
「はい、なんですか?」
俺はその女性に声を返す。
「実はあなたに折り入ってお話があるんですけれど……」
「俺にですか? はあ、なんでしょう?」
「あの、ここでは人目がありますので出来れば場所を移動したいのですがよろしいでしょうか?」
「え、移動するんですか?」
「はい、是非お願いいたします」
女性は深々と頭を下げた。
その際に女性のつけている香水だろうか、甘い匂いが俺の鼻孔をくすぐる。
なんか怪しげな人だなぁと思いつつもそれだけの理由で断るのもいささか気が引けるので俺は、
「はあ……まあ、いいですけど」
と首を縦に振った。
……断じて目の前の女性が綺麗な顔立ちをしていたから下心を覗かせたというわけではない。
俺は女性のあとをついてギルドを出る。
と女性はそのまま人気のない場所へと進んでいった。
多少の違和感を覚えながら俺は女性の後ろを歩いていく。
これが仮に美人局的なもので路地裏から怖いお兄さんたちが現れたとしても返り討ちに出来るだけの強さはある。
なので俺は黙って女性に付き従うことにした。
しばらく歩き公園の林の中に入っていった女性。
そして周りに人がいないことを確認すると女性はおもむろにフードを脱いだ。
「!?」
すると女性はつい先ほど見たばかりのエアリーさん以上の美貌の持ち主だった。
髪は黄金のように輝いていて鼻は高く目はぱっちり二重で大きく、小さな唇は桜色に薄く染まっていた。
だがそれ以上に驚いたのは彼女の耳が人間のそれとは桁違いに長くとがっていたことだった。
「私の名前はローレライといいます。ご覧の通り私はエルフです」
ローレライと名乗った女性はそう言うと、うやうやしくお辞儀をするのだった。
「エルフ……?」
俺は馬鹿みたいにオウム返しをする。
「はい」
ローレライさんは俺の言葉に小さくうなずいた。
エルフっていうとアニメとかによく出てくるあのエルフ族のことだよな……。
「えっと、ローレライさんでしたっけ? エルフ族の人が一体俺になんの用ですか?」
俺は訊ねる。
すると、
「クロクロさん、あなたにエルフの里に来てほしいのです」
ローレライさんはそう答えた。
「エルフの里? どういうことですか?」
「私たちエルフはエルフの里という場所で人間とは交流を断って暮らしているのですが、最近竜王と名乗る魔物が里に現れて家畜を次々と喰い殺してしまったのです」
「竜王と名乗ったって、魔物って喋れるんですか?」
「私たちもそのような魔物は始めて見ました。ですが実際にその魔物は私たちと同じように言葉を喋ったのです」
と困惑しながらローレライさん。
俺も喋れる魔物は初耳だ。
「若い男性のエルフたちが応戦したのですが竜王はとても強くてみんな倒されてしまいました」
「そうですか、それは気の毒でしたね。でも、俺とどういう関係が?」
「その竜王が言ったんです、一週間後また来ると。その時までに家畜を同じ数だけ用意していなければ今度はエルフを喰い殺すと。私たちエルフでは竜王には歯が立ちません、なので人間の中から強い冒険者を雇うことにしたわけです」
「なるほど」
その竜王とやらと互角以上に戦える冒険者たちを探しに普段は交流を断っている人間の町までわざわざやってきたというわけか。
「だったらギルドで依頼をするといいですよ。さっき俺たちが出会った場所です。そこでなら依頼の難易度に応じてそれに見合った冒険者たちが依頼を引き受けてくれますから」
「そ、それがお恥ずかしい話なのですが私たちエルフは自給自足の生活をしていまして人間が使うお金はほとんど持ち合わせてはいないのです」
ローレライさんはそう言いながら服のポケットから小さな袋を取り出した。
うつむき加減でそれを開けて俺に見せてくる。
覗き込むとその袋の中には金貨が三枚と銀貨が五枚しか入っていなかった。
「ですのでAランクやSランクの強い冒険者を雇う余裕がありません」
「はあ……」
たしかに金貨三枚ではAランクどころかBランク、いやCランクの冒険者さえも雇えないだろう。
「そんな時クロクロさん、あなたとSランクの冒険者の勝負を拝見しましてあなたの強さを見て、この方しかいないと思いました……聞くところによるとあなたはEランクの冒険者だとか?」
「ええ、まあ」
「なのであなたに直接今回の依頼をお願いしたいのです。どうか私とともにエルフの里に来て私たちエルフを助けてくださいませんか、この通りですっ」
ローレライさんは俺に向かって深々と頭を下げる。
「えーっと、確認ですけど報酬は金貨三枚と銀貨五枚ってことですか?」
「は、はい。も、もちろんこの額が人間にとって少ないということは重々承知しています。し、しかし決して馬鹿にしているわけではありません、これでもエルフの里のみんなから集めた私たちの全財産なのですっ」
声を震わせ俺を見上げるローレライさん。
その顔は今にも泣き出しそうだった。
金貨三枚と銀貨五枚か……まあ、Eランクの俺からすれば妥当な額なのかな。
「……いいですよ。その依頼引き受けます」
「えっ、本当ですかっ?」
ローレライさんは声を上げた。
「ええ、ちょうどEランクの依頼もなかったところでしたし」
「あ、ありがとうございますっ」
ローレライさんは顔をぱあっと明るくさせると俺の手を両手で包み込む。
その太陽のようなまぶしい笑顔とシルクのようなきめ細やかな質感の肌に触れて、俺はやはりローレライさんはエルフなのだと実感した。
「それでエルフの里っていうのはどこにあるんですか?」
「このロレンスの町から歩いて三日ほどの距離の場所にあります。人間にみつからないように高い山の上の方にあるので少し大変ですけどお付き合いください」
そう言うとローレライさんはフードを被る。
「それ、暑くないんですか?」
ふと疑問に思ったので訊いてみた。
ローレライさんは布地面積の少ない緑色の服を着て割と素肌を露出した恰好をしているにもかかわらず、顔だけは隠そうとしているように見えたからだ。
すると、
「私たちエルフは希少種族なので人間にみつかると奴隷として売られてしまうことがあるのです。だから人間のいる場所にやむを得ず訪れる場合にはこうやってエルフの特徴である耳を隠すのです」
ローレライさんは伏し目がちに話す。
「そうだったんですか。すいません、俺エルフ族のこととかよく知らなくて……」
「いえ、気になさらないでください。それより急ぎましょう、竜王が私たちの里に来る日まで猶予はあと四日しかありませんから」
「わかりました」
こうして俺たちはロレンスの町をあとにするのだった。
ローレライさんとともに草原を歩いていると俺は前方にスライムによく似た魔物を発見した。
だがその魔物はスライムよりも一回り大きく見える。
「ネイビースライムですっ」
ローレライさんが口を開いた。
と同時にローレライさんは足元に生えていた草を引き抜く。
何をしているのだろうと俺が思った次の瞬間、
「フォースっ」
とローレライさんが声を上げた。
直後、ローレライさんの持っていた草が一気に成長してフェンシングの剣のように変形していく。
「ローレライさん、それって……?」
「植物を武器化する魔法ですっ。私が唯一使える魔法なのですっ」
言いながら草で出来た剣を構えるローレライさん。
とこっちに気付いたネイビースライムがローレライさんめがけ突進してきた。
ローレライさんは向かってきたネイビースライムに剣を突き出す。
ローレライさんの剣がネイビースライムの体を貫通し、
『ピギャッ……!』
ネイビースライムは水風船のように破裂した。
「へー、すごいですね」
話に聞いていた限りではエルフ族は戦えないのかと思っていたがどうやらそうではないらしい。
「いえ、そんなことはありません。エルフはもともと回復魔法が得意な種族なのですが私は回復魔法は一切使えませんから。植物を武器化できるといっても今のように剣を作るくらいしか出来ませんので竜王との戦いではまったく役に立ちませんでした」
ローレライさんは表情を曇らせる。
「今回人間の冒険者を雇う係に私が任命されたのも、大怪我をして傷つき倒れた若い男性のエルフたちの回復が追いつかず、仕方なしに消去法で選ばれたに過ぎませんから」
ローレライさんは自嘲気味にそう言った。
よくわからないが、もしかしたらローレライさんはエルフ族なのに回復魔法が使えないということにコンプレックスを抱いているのかもしれない。
「俺も回復魔法は使えませんよ。使える魔法は一つだけですし」
フォローのつもりで言ってみる。
「そうですか……でもクロクロさんはブーストが使えるのですよね。だとしたらやっぱりすごいですよクロクロさんは」
逆に気を遣わせてしまったようでローレライさんは笑顔を作ってみせた。
……俺が励まされてどうする。
「いやいや、ローレライさんだってすごいですよ。一人で人間のいる町までやってきたんですから」
「……そうでしょうか?」
「そうですよ。ローレライさんがいなかったらこうやって俺がエルフの里に出向くこともなかったわけですし。もっと自信持ってください」
「は、はい……ありがとうございます」
俺のフォローの甲斐あってか少し微笑むローレライさん。
う~ん、まったくもってどうでもいいことだが近くで見るローレライさんはやはり美人だ。




