第12話 騎士採用試験
「おはようクロクロさんっ、いってらっしゃい」
一夜明けて宿屋をあとにする俺に女将さんが愛想よく挨拶をしてくれる。
俺はそんな女将さんに「おはようございます」と返すとギルドへと向かった。
そういえばザガリンとエメリアはもうこの町を発ったのだろうか。
パーティーへの誘いを断ってしまったことに少し罪悪感を覚えつつ町中を歩いていると前からドラチェフさんが数人の部下を引き連れてやってきた。
ドラチェフさんはロレンスの町の騎士団長を務めている人で多少の面識がある。
「あ、おはようございますドラチェフさん」
「やあクロクロくん、おはよう」
年の割にさわやかな笑顔で俺を見返すドラチェフさん。
「訓練ですか?」
「いや、今は町の見回りをしているところだよ。ロレンスの町は人口が多い分事件もそれなりにあるからね、わたしたちが朝晩こうやって見回りをしているのさ」
「そうなんですか、大変ですね」
「いやいや、それよりクロクロくんは朝の散歩かな?」
「いえ、ギルドに行くところです」
「ということは仕事を探しているということだね。だったらちょうどいい、一つわたしの頼みを聞いてくれないか?」
ドラチェフさんは突然そう切り出した。
「頼み?」
「あー、きみたちは先に行っててくれ。わたしもあとからすぐに追いつくから」
部下の騎士たちを先に見回りに行かせたドラチェフさんは俺に向き直る。
「うん、そうなんだ。ギルドに依頼を頼もうかと思っていたんだけどここで会ったのも何かの縁だからね。それにわたしに勝ったクロクロくんなら実力も申し分ないしね」
「は、はあ……」
返答に困る。
たしかにドラチェフさんとは以前グェスさんをかけて勝負をして勝ったことがあるが。
「実はわたしたち騎士団は他の町の騎士団の連中と町の威信をかけて毎年レクリエーション大会を開いて競い合っているんだ。しかし残念ながらうちの騎士団は情けないことに毎年最下位なんだよ。その催しが間近に迫っているんだけどもしまた今年も最下位なんかになったら町の皆さんに合わせる顔がなくてね」
「そうですか……」
「そこで今回は助っ人を募集しようかと思っていたんだけどクロクロくんならまさにうってつけだと思ってさ。是非わたしたちと一緒に参加してくれないかい」
「えーっと、よくわからないんですけどそれって騎士じゃなくても出られるんですか?」
「いや騎士じゃないと出られないよ」
すがすがしいほどにドラチェフさんは言う。
「じゃあ駄目じゃないですか」
「だからクロクロくんには一旦騎士採用試験を受けて騎士になってもらいたいんだ。その上でわたしたちの仲間として一緒に戦ってほしいんだよ」
「はい? 俺が騎士になるんですか?」
突拍子もない話に俺は訊き返した。
「別にずっと騎士をやってくれって言っているわけじゃないよ。レクリエーション大会が終わったら辞めてもらっても構わない。もちろんそのまま騎士を続けてもいいけどね。ここだけの話、騎士は待遇がものすごくいいんだよ」
「はあ……」
「もちろんただでとは言わない、参加してくれたら金貨二十枚差し出すよ」
「えっ、金貨二十枚っ?」
金貨二十枚と言ったら昨日のザガリンとエメリアとの依頼の報酬の二十倍だ。
「クロクロくんは最近冒険者になったばかりだろ、ということは当然ランクはEだ。Eランクだとなかなか報酬の高い依頼は受けさせてもらえないだろう」
「え、ええ、まあ」
「Eランクで金貨二十枚は破格だよ。どうだい、この話引き受けてみてくれないかい?」
金貨二十枚か……それだけあれば宿屋に一か月以上泊まれる計算だ。
その日暮らしの生活からは充分脱することが出来るな。
「レクリエーション大会ってどんなことをするんですか?」
「なあに難しいことはしないさ、その名の通り楽しみながら武力や体力などを競うだけだよ」
「そうですか……うーん」
悩ましい。
今の俺が金貨二十枚を手にするためにはおそらく十以上もの依頼をクリアしなければいけないだろう。
俺にとってはそれくらいの大金だ。
だがそのためにわざわざ騎士になるというのもなんとなく面倒くさい気もする。
「騎士になっている間はクロクロくんの衣食住はすべてこちらで面倒見る。だから頼むよ」
ドラチェフさんはそう言うと俺に頭を下げた。
その一言が決め手だった。
「……わかりました。やってみます」
「おおっ、本当かいクロクロくんっ。ありがとう助かるよっ」
俺の手を取り笑顔になるドラチェフさん。
「でもその騎士になるっていう採用試験ですか? それに受かるかどうかはわかりませんけどね」
「クロクロくんなら大丈夫。間違いなく受かるさ」
ドラチェフさんは自信満々に言い放つ。
「それじゃあ早速これから騎士採用試験を受けに行ってくれ。騎士たちの宿舎に行ってわたしの名前を出せばすぐにでも受けられるはずだから」
そう言うとドラチェフさんは「わたしは町の見回りに戻るよっ」と駆け出していってしまった。
一人残された俺は、
「あ……場所訊くの忘れた」
小さくなっていくドラチェフさんの背中を眺めながらつぶやくのだった。
町の人に聞いて騎士たちのいる宿舎を目指し歩くこと十数分、ギルドよりも一回り大きくそれでいて立派な建物が視界に入ってきた。
「あれがそうかな……」
俺は近付いていくと建物の外にいた鎧を纏った男性に話しかける。
「すみません、ここって騎士の宿舎ですか?」
「ん? そうだが何か用か?」
「えっと、騎士採用試験を受けたいんですけど」
「採用試験はこの時期にはやっていないぞ。わかったら帰れ」
あれ? 話が違いますよドラチェフさん。
……あ、そういえばドラチェフさんの名前を出せばいいって言っていたっけ。
「あの、ドラチェフさんの推薦で来たんですけど」
「なにっ!? 団長の推薦っ!? そ、それは本当かっ?」
「はい。なんなら確認をとってもらえば」
「う、う~ん……わ、わかった。そういうことなら採用試験を受けてもらおう。こっちへ来てくれ」
ドラチェフさんの名前を聞いて明らかに態度が変わった騎士に連れられ俺は騎士宿舎横の中庭に向かった。
中庭では騎士たちが木剣を使って試合形式で戦っていた。
その中の一人の騎士が俺に気付き、
「おーい、ランド。隣にいるのは誰だー?」
声を飛ばしてくる。
「採用試験を受けに来た奴だよ」
「はぁ? 採用試験なんてまだずっと先だろっ?」
「団長の推薦なんだとさ」
「えっマジかっ。団長の推薦っ!?」
団長の推薦という言葉を受けて他の騎士たちも訓練の手を止め俺に注目し出した。
「おい、団長の推薦だってよ」
「そんなことこれまであったか?」
「この時期にわざわざ試験を受けさせるってってことはよっぽどすごい奴なのかな……」
「とにかく見てようぜ」
騎士たちの視線が注がれる中、
「じゃあまずは百メートル走だ。ここから向こうの木まで走っていって木にタッチしてくれ」
ランドと呼ばれた騎士が一本の木を指差しながら言う。
「わかりました」
俺は走る態勢をとった。
「採用基準は十一秒台前半だ。じゃあ行くぞ。よーい、ドンっ」
ランドさんの声を合図に俺は地面を思いきり蹴ると百メートル先の木まで全力で駆け抜けた。
何秒だったのだろうか、俺はランドさんのもとに戻っていくと「どうでしたか?」と訊ねる。
するとランドさんはストップウォッチのようなものを驚きの顔でみつめていた。
周りを見るとさっきまでざわついていた騎士たちも皆一様に口を開け唖然としている。
「あの、何秒でした?」
「……ご、五秒三三だ」
「おい、五秒三三だってよっ……」
「バケモンかあいつ……」
「どうなってるんだ……」
騎士たちが口々につぶやいている。
「採用基準をクリアしたってことは俺合格ですか?」
「い、いやまだだ。採用試験の種目は全部で四つあるんだ」
「あー、そうなんですか」
この後俺は垂直跳びをさせられたのだが採用基準六十センチのところを十メートル近く跳んで軽々とクリアしてみせた。
これに対しても周りで見ていた騎士たちが目を丸くして驚愕の表情を浮かべたのは言うまでもない。
百メートル走、垂直跳び、二つのテストが終わると今度は、
「お、おーい、誰かマシンを持ってきてくれ!」
ランドさんが声を上げる。
それを受け騎士たちが倉庫のような場所から大きな機械を数人がかりで二つ運んできた。
「なんですかこれ?」
俺は赤と青二つの大きな機械を前にしてランドさんに訊ねる。
「こっちのはお前のパンチ力を測定するマシンだ」
ランドさんは赤い機械に手を置き答えた。
「パンチ力……」
そう言われればゲームセンターにあるパンチングマシンに造りが似ている。
大きさは俺の知っているパンチングマシンの三倍はありそうだが。
「この柔らかくなっている部分を思いきり殴ると上の部分に数字が表示される。それがお前のパンチ力ってわけだ。採用基準は百五十だからな」
「えっと、思いっきり殴っていいんですか? 壊れませんかこれ?」
「あのなぁ、いくらお前が走ったり跳んだりがすごかったとしてもこのマシンを壊せるわけないだろ。これまでに何万人もが思いきり殴ってきたが、傷一つついてないんだぞ。馬鹿なことを言ってないでさっさとやれっ」
「あ、すみません……」
少し気を悪くさせてしまったようだ。
でもそれを聞いて安心した。
だったら本気でやっても大丈夫そうだな。
俺はパンチングマシンを前に構えた。
そして次の瞬間、
「はぁっ!」
体を軸に半回転して渾身の一発をお見舞いした。
ドゴオオォォーン!
パンチングマシンは直線上に吹っ飛んでいき中庭を越え遠くの方で地面を転がりながらとまった。
「あ、本当だ。壊れなかったみたいですね」
俺は言うが、
「っ……!」
「っ……」
「……」
ランドさんも周りにいる騎士たちもみな一言も発さない。
ただ遠くに飛んでいったパンチングマシンを眺めて呆然としていた。
俺は点数を確認するためにパンチングマシンまで駆け寄っていきそれを持ち上げて戻ってくる。
ずしんっとそれを中庭の地面に置いてから、
「数字は999ってなってますから合格ですよね?」
ランドさんの顔を覗き込んだ。
「……あ、あ、ああ。そうだな……っていうかお前、一体何者なんだ……?」
「いや、何者と言われても……火事場の馬鹿力ってやつです多分っ」
みんなの反応を見る限りちょっとやり過ぎたのかもしれない。
次のテストは手加減した方がいいかな。
「それで最後のテストはなんですか?」
「う、うん、そ、そうだな、火事場の馬鹿力か……」
ぶつぶつとつぶやいているランドさん。
「あのう、最後のテストは?」
「あ、ああ。最後はその青い機械を使ってお前の魔力を測定する」
「魔力?」
「そうだ。別に騎士に魔力は必要ないと思うかもしれないがあるに越したことはないからな。まあ、安心しろ。採用基準は低く設定してあるからここは誰でもクリアできるさ」
……本当か?
俺は初歩中の初歩の回復魔法であるヒールでさえ使えなかったんだぞ。
魔力なんかゼロなんじゃないか……。
「さあ、この穴の中に手を入れてみろ。そうすれば勝手にマシンがお前の魔力を測定してくれる」
ランドさんは大きな機械の穴の開いた部分を差し示す。
俺はみんなが息をのんで見守る中、ゆっくりと手を機械に差し込んでいった。
うーん……正直これに関してはまったく自信がないぞ。
ここで不合格になったらドラチェフさんになんて言おうか。
などと考えていたその時、
ピピピピピピピピピピ……。
機械音が鳴った。
そしてその直後、グォングォングォングォングォングォン……と壊れた洗濯機のようにマシンが暴れ出した。
「あの、これ大丈夫ですか?」
不安になってランドさんに顔を向けると、
「わ、わからない。なんだこれはっ……!?」
正常な動作ではないらしくランドさんもおろおろしている。
「な、何かヤバいっ。手を引き抜くんだっ」
「え?」
「早くし――」
ドカアアァァーン!!
刹那、俺が手を入れていたマシンは大爆発を起こしたのだった。
「要するにクロクロくんの膨大な魔力に耐え切れなくなってマシンが爆発したんだろうな」
騒ぎを聞いて駆けつけたドラチェフさんが説明してくれた。
「まあ、誰も怪我がなくて何よりだよ」
マシンのそばにいた俺とランドさんを含め中庭にいた騎士たち全員に向かってドラチェフさんが言う。
「とにかくこれでクロクロくんは晴れてわたしたち騎士団の仲間入りだ、おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
それを聞いていた周りの騎士たちからも拍手が送られた。
そこへランドさんが近寄ってくる。
「すごいなお前、マジで何者なんだよまったく」
「すみませんでした、爆発に巻き込んでしまって」
「怪我してないんだから別にいいさ。それより仲間になった以上おれたちは平等だ。敬語なんか使わないでくれ」
「あ、は……ああ。わかった」
「おっと、そういえばまだ自己紹介していなかったな、おれはランドだよろしく」
「……俺はクロクロ、こちらこそよろしく」
俺がランドと握手を交わすと騎士のみんなから再び拍手が沸き起こった。
「それにしてもドラチェフさん、俺の魔力が膨大だって本当ですか?」
騎士宿舎を案内してくれるというドラチェフさんと二人きりになった俺は不思議に思っていたことを訊いてみる。
「俺、ヒールも使えないんですよ」
「ん、そうなのかい? でもきみの魔力がすごいのは間違いないと思うけどね。じゃなかったらあんな爆発は起こらないよ」
「そうですか……」
「さ、ここがクロクロくんの部屋だ。風呂トイレ付きの一人部屋だから自由に使ってくれ」
「ありがとうございます」
案内されたのはかなり広く清潔感のある部屋だった。
部屋の中には騎士専用の鎧や剣も置かれている。
「食堂はここを真っ直ぐ行ったところにあるからね。いつでも好きな時間に利用できるよ」
「へー、そうなんですね」
「それと他の町の騎士団とのレクリエーション大会は一週間後だからそれまでは騎士として働いてほしい。まあ働くと言っても訓練や町の見回りがほとんどなんだけどね。それでいいかな?」
「はい、わかりました」
そうだ、忘れるところだった。
騎士になったのは町対抗の騎士たちによるレクリエーション大会に参加するためだったな。
武力や体力を競う大会だと言っていたから、これを機に少しは剣も扱えるようになっておくか。
「じゃあ今日は夜までは宿舎でゆっくりしていてくれ。夜になったらわたしと町の見回りに行こうか」
「はい」
それだけ話すとドラチェフさんは「じゃ失礼するよ」と颯爽と立ち去っていった。
俺は自分の部屋に入り大きなベッドにダイブする。
「ふぅ~……」
ベッドに横になって天井をみつめながらエメリアに教えてもらったヒールの使い方を思い返してみる。
「たしか深呼吸をしてから体の中の魔法力を手に集めるイメージだったか……」
俺は手を伸ばし、
「ヒール!」
と口にした。
……。
……。
……特に何も起こらない。
「なんだよ……やっぱり使えないじゃないか」
「おーい、クロクロくん。そろそろ町の見回りに行くよー」
「はい、すぐ行きますっ」
部屋の外から聞こえたドラチェフさんの声で、俺はベッドから起き上がると、素早く鎧と剣を身につけ部屋を出た。
とそこにはドラチェフさんだけではなくランドも一緒にいた。
「今日の見回りはこの三人でやるからね」
「よろしくな、クロクロ」
ドラチェフさんとランドは俺を見て言う。
「はい、わかりました。ランドもよろしく」
俺は二人にそう返すと三人で宿舎を出て夜の町へと繰り出した。
夜のロレンスの町は賑やかだった。
あちらこちらに灯がともり人出は昼間よりもむしろ多いくらいだった。
俺たちはそんな町の中を歩いて回った。
その途中、酔っ払いに絡まれている女性を助けたり、喧嘩騒ぎを仲裁したりと、少しでも治安を乱している者を見かけたら俺たち騎士が割って入る。
「あまり飲み過ぎないようにしたまえよ」
「「は~い!」」
ドラチェフさんの言葉に顔を赤らめた男性二人組が肩を抱き寄せながら去っていく。
「いつもこういうことをしているんですね」
「まあね、夜の町は犯罪が多発しやすいからね。わたしたちが見回っているというだけでもその抑止につながればいいんだけどね」
とドラチェフさん。
初めて会った時よりずっとしっかりした印象だ。
「なあクロクロ、ところでお前どこ出身なんだ?」
隣を歩くランドが訊いてきた。
「ん、俺か? 俺はよくわからないんだ。記憶喪失でな」
「記憶喪失っ!? マジかよっ」
「ああ」
本当は違うが別の世界から来たなんて馬鹿正直に答えるよりはマシだろう。
「じゃあこれまでどこで何してたんだよ」
「気付いたらベータ村の近くの森にいたんだ。それからはずっとベータ村で世話になってた」
「へー、っていうかお前記憶ないくせに悲壮感がまったくないな」
「そうかな」
「じゃお前の強さの秘密もわからずじまいってことか」
ランドがそう言った時だった。
「きゃあぁぁーっ!」
女性の悲鳴が夜の町に響いた。
「おっと、二人ともその話はあとだ。走るぞっ」
「「はいっ」」
言うが早いか、俺たちは女性の悲鳴の聞こえた方へと駆け出していた。
「どうしましたかっ?」
女性のもとへたどり着くとドラチェフさんが声をかける。
女性は路地にうずくまり肩を震わせていた。
「あ、あそこに人の死体が……」
女性は震える手で路地の奥の方を指差す。
「ランドくん、クロクロくん、見てきてくれ」
「「はい」」
俺とランドはドラチェフさんの指示通り路地の奥へと歩を進めた。
すると暗がりの中に胸を刃物で突き刺されて血を流し倒れている男性の姿があった。
「クロクロ、お前は生きてるかどうか確かめてくれっ」
言いながらランドはきょろきょろと辺りを見回す。
おそらく怪しい人物を探しているのだろう。
その間に俺は倒れている男性に駆け寄り脈を確認する。
とくん……とくん……。
「ドラチェフさん、まだこの男性息がありますっ!」
「わかった、わたしが医者に運ぶっ。クロクロくんはこの女性を見ててくれっ」
ドラチェフさんは俺がこの町にまだ詳しくないことを知ってかそう言うとこちらへ向かってきた。
俺はドラチェフさんと入れ違いでまだ怯えている女性のもとへ。
するとその時、
「あっ、お前ちょっと待てっ!」
突如ランドが声を上げた。
その直後野次馬の中から一人の背の高い男が走って逃げていく。
それを追うランド。
「クロクロくん、その女性は大丈夫だからランドくんと一緒に行ってくれっ! 皆さん、そこにいる女性をお願いしますっ!」
ドラチェフさんが男性を抱えながら俺と周りの人たちに声を飛ばす。
俺はドラチェフさんの命を受け、
「わかりましたっ」
すぐさまランドを追いかけた。
背の高い男のあとを追ったランドを追跡するも人の波が邪魔をし、また路地も入り組んでいたので俺は二人を見失ってしまった。
「ランド、どこだっ!」
夜の町に俺の声が響き渡る。
すると、
「ク、クロクロっ、こっちだっ!」
ランドの声が返ってきた。
俺は人波をかき分け声のした方へとすぐさま向かう。
狭い路地を通り抜け明かりのあまりない方へと走っていくと袋小路に突き当たった。
とそこには、さっきの背の高い男とその男に地面に組み伏せられているランドの姿があった。
「ランドっ!」
「ク、クロクロ気をつけろっ。こ、こいつ変な技を使うぞっ……!」
「黙ってろっ」
「ぐぁっ……!」
腕を曲げられて身動きが取れないランドの顔をサッカーボールのように蹴飛ばす男。
その衝撃で気を失ったのかランドがぐったりと地面に沈む。
「ランドっ!」
「オレを追ってきたのはお前らだけみたいだな。つまりお前を倒せば何も問題ないわけだ」
男は俺を見て不敵に笑った。
よく見ると右手には男性を刺した時のものだろうか返り血がついている。
「逃がすわけないだろ」
「はっ、こいつもそう言ってたがおねんねしてるぜっ」
ランドを見下ろし吐き捨てる男。
「お前もすぐに眠らせてやらあっ!」
そう言うと次の瞬間男は殴りかかってきた。
やけに動きが遅く感じるが気のせいか。
相手は防具もつけていない。
ある程度手加減しないとな。
そう思いつつ、俺は男のパンチに合わせるようにしてカウンターを繰り出した。
だが――次の瞬間俺は地面に転がされていた。
「!?」
な、なんだ?
今何が起こったんだ?
俺が伸ばした手を取られ変な方向に曲げられたと思った途端、体から力が抜けて倒されてしまった。
「おらっ!」
男は続けざま倒れた俺に蹴りを浴びせてくる。
その蹴り自体はたいしたことはないのだがなぜ倒されたのかがわからない。
俺はすぐに起き上がると態勢を整えた。
「なんだ、今のは?」
「はっ、お前ら騎士は知らないだろうが相手の力を利用して組み伏せる技だ。オレの生まれ育った村の格闘術だぜ」
格闘術?
ってことは合気道みたいなものなのか……。
てっきり俺の知らない魔法か何かだと思って焦ったが、それなら対応のしようはある。
「まだやる気かお前? 一対一ならオレは無敵だぜっ」
「そうかな」
俺は腰に差さった剣を取り外すと鞘に収まったままの剣を槍投げのように持った。
「あ? 剣でかかってくるのか? オレには剣も通用しないぞ」
身構える男。
「いや、ちょっと違う」
そう返すと俺は持っていた剣を思いきり男に向かって投げた。
びゅんと鞘に収まったままの剣がものすごい速さで飛んでいく。
「ぐふぅっ……!?」
男は予期せぬ攻撃に身動き一つできずに剣の直撃をお腹にくらった。
体がくの字に折れ曲がり口から泡を吐いてそのまま地面に倒れ込む。
「これなら相手の力を利用しようがないだろ」
するといつの間に集まっていたのか俺の後ろに集まっていた見物人から拍手が沸いた。
俺は照れ隠しに彼らに向かって軽く会釈をすると、倒れている男を確保してからランドを呼び覚ますのだった。
俺とランドは応援に駆けつけた騎士たちに捕まえた男を預けるとドラチェフさんの向かった病院へと急いだ。
そして現在――
「すみませんでした団長っ」
「気にしないでいいよ。犯人は無事捕まえることが出来たんだし胸を刺された男性も大事には至らなかったんだから」
ここはロレンスの町の病院前。
ランドがドラチェフさんに頭を下げるがドラチェフさんはこれを笑顔でやり過ごす。
「でもおれがもっとしっかりしてれば……」
「誰にだって失敗はあるさ。それを次に活かすことが大事だよ」
「は、はい、すみません……クロクロも悪かったな。尻拭いさせちまって」
「いや、そんなことないさ。ランドが犯人は変な技を使うって教えてくれたから制圧できたんだ」
「そっか。そう言ってくれてありがとな、クロクロ」
ランドは笑ってみせた。
「さてそれじゃあ、ランドくんもクロクロくんも見回りの続き気合い入れていくよっ」
「「はいっ」」
この後俺たち三人は結局夜中まで町の見回りをしたのだった。
そして翌日からは朝の見回りと夜の見回りに加えて剣術と魔法の訓練が始まった。
結論から先に言うと俺は剣術のセンスがまったくなかったようだ。
ドラチェフさんの指導のもと他の騎士たちと一緒に一週間みっちりしごかれたが、
「違うっ。それではただ力任せに振っているだけだっ」
とか、
「違うっ。さっき教えただろう、素早く振ればいいってものじゃないんだよっ」
とか散々ダメ出しをくらった。
そして一週間経っても俺の剣の腕はほとんど上達することはなかった。
「う~ん、クロクロくんはなまじパワーもスピードもあるせいで剣をまったく使いこなせていないね。これならむしろ素手で戦った方が強いくらいだよ」
ドラチェフさんが訓練最終日に俺に放った言葉だ。
まあ、要するに俺には武器を扱う才能の欠片もないってことだろう。
だがその代わりといってはなんだが俺の才能が開花したものもある。
それは魔法だった。
初歩中の初歩の回復魔法であるヒールも使えない俺だったが、たった一つだけ使える魔法があったのだ。
それはブーストという身体能力を向上させる魔法でドラチェフさん曰く、一万人に一人使えるかどうかというかなりレアなものだった。
しかもこのブーストという魔法はレベルが存在していてレベル1だと身体能力を1.5倍に、レベル2だと2倍に出来るらしくドラチェフさんが言うには俺の体力と魔力をもってすればレベル5までは扱えるだろうということだった。
それを聞いて俺が試してみたところ――
「ブースト、レベル10っ!」
唱えた瞬間ぞわぞわっと全身の毛が逆立ち体中に力がみなぎってくるのを感じる。
「な、なんとっ……」
「マジかよっ……!?」
「嘘だろっ……」
――俺はドラチェフさんやランドを含め騎士全員の見ている前でレベル10まで使うことに成功したのだった。
俺は「ブースト解除」と口にして魔法の効力を消す。
「す、すごいなクロクロくん……ああは言ったけど正直レベル5だって使える者は多分この世にはいないと思っていたのに、まさかレベル10まで使えるなんて……」
ドラチェフさんが信じられないものを見たというような顔を俺に向けた。
「いや、でもすごく疲れますねこれ。レベル10は長時間維持するのは無理だと思います」
「あ、ああ、そうだね。ブーストは体に負担がかかる魔法だからクロクロくんでもそう頻繁に使わない方がいいと思う。レベルが高ければ高いほど体にかかる負荷も大きくなるから下手したら寿命が縮まってしまうかもしれないよ」
「そうですか……わかりました」
疲労感だけならともかく寿命が縮まると聞いてはさすがに不安を覚える。
せっかくマスターしたブーストだが使うのはなるべく控えることにしよう。




