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【第一部完】クロクロの冒険  作者: シオヤマ琴


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第10話 新たな地

 ノベールの町に着いた俺は早速冒険者ギルドを探すため道行く人に訊ねた。

 すると親切にも一人目のご婦人に場所を教えてもらうことが出来たので冒険者ギルドへと赴く。

 しかし教えてもらった場所に向かうとそこには冒険者ギルドらしき建物はあったものの人の姿はまったくなくドアを開けようとするとカギが閉まっていた。

 休日かな……?

 俺はその建物に手を当てると顔を近付け中の様子を探る。

 とそこへ、

「あのう、もしかして冒険者になりにきたんですか?」

 後ろから声をかけられた。

 振り返ると十代半ばくらいの少女が不思議そうな顔で俺を見ていた。

「あ、うん、そうなんだけど休みみたいだね」

「いえ、休みではなくてそこのギルドは利用者が少ないとかでついこの間閉鎖してしまったんですよ」

「えっ、そうなの?」

「はい。だから冒険者になりたいんだったらここからずっと先にあるロレンスの町まで行かないと駄目ですよ」

 その少女は北の方向を指差し丁寧に教えてくれる。

「そっか、ロレンスの町か……」

 冒険者ギルドがノベールの町になければロレンスの町に行こうと思っていたからまあいいか。

「ちなみに歩いていくとどれくらいかかるかな?」

「え、歩いてですか? あの、ロレンスの町までは遠いですから乗り合い馬車を使った方がいいと思いますけど」

「乗り合い馬車?」

 乗り合いタクシーみたいなものだろうか。

「は、はい」

「でも俺歩くの結構速いから大丈夫だよ」

「いえあの、それだけではなくて魔物も出るのでやっぱり乗り合い馬車を利用した方が……」

「? 馬車に乗ってると魔物に遭遇しないの?」

「え、ええ。馬車には聖水を振りかけてありますから」

 そうなのか。初めて聞いた。

「あのう、失礼ですけどもしかしてベータ村出身の方ですか?」

 少女が訊きにくそうにしながらも訊いてきた。

 もしかして俺が何も知らないから村の人間だと思われたか……?

 あながち間違いではないが。

「うん、実はそう。ベータ村から来たんだ」

 異世界から来たなんて言っても信じてもらえないだろうし記憶喪失だと言うと心配されるだろうからそう答える。

 すると少女は、

「そうでしたか」

 合点がいったような顔を見せた。

 そして、

「しつこいようですけどやっぱり馬車に乗っていった方がいいと思います」

「馬車はすぐそこの角を曲がったところにありますから」と優しい口調で付け加える。

「うん、わかった。じゃあそうするよ。なんかいろいろありがとうね」

「いえ、どういたしまして」

 俺は少女にお礼を言うと乗り合い馬車とやらに乗るためにその場を離れた。

 

 馬車の御者さんに金貨を一枚手渡し銀貨を五枚受け取ると俺は馬車へと乗り込んだ。

 馬車の中には俺の他におばあさんとその孫娘らしき幼女と中年男性が乗っていた。

 俺は三人に会釈をしつつ空いていた席に腰を下ろす。

 間もなくして馬がいななくと馬車が動き出した。

 俺は心地よい馬車の揺れに目を閉じ身をゆだねながらロレンスの町へと向かうのだった。


 ノベールの町を出発して街道沿いをしばらく走っていると突然馬のいななきとともに馬車が止まった。

 何事かと馬車の窓から外を見ると馬車の周りを剣を持った男たちが取り囲んでいた。

「おら、馬車の中の奴らさっさと出てこいっ!」

「出てこないとこのじいさん殺すぞっ!」

 おそらく御者のおじいさんが外の男たちに捕まってしまったのだろう。

「なんだっ、何がどうなってるんだっ」

「おばあちゃん、怖いよ~」

 馬車の中にいた中年男性や女の子は思いもよらない出来事にパニックになっている。

 御者のおじいさんが人質に取られている以上、仕方なく俺たちは馬車を降りて男たちの前に出た。

 男たちは全部で四人。

 みんな口ひげを生やしていて粗野な印象だ。

「お前ら、金目のもん出しやがれっ!」

「隠したりしたらただじゃおかねぇからなっ!」

「ほら、早くしろっ!」

 俺たちに剣を向けながら命令する男たち。

 解放された御者のおじいさんと女の子にしがみつかれたおばあさんと中年男性がそれぞれ金貨や銀貨、指輪やネックレスなどを差し出していく。

「おい、てめぇも早くしやがれっ!」

 剣を持った男は怒鳴り声を上げ俺の喉元に剣先を向けた。

 四人か……だったら余裕だな。

 俺は自分に向けられた剣をおもむろに掴むとそれを折り曲げる。

「「「「なっ!?」」」」

 男たちがそれを見てひるんだ。

 その隙を逃さず俺は素早く四人の男たちの懐に潜り込むと連続でパンチを叩き込んだ。

「うがっ」

「ぐあっ」

「ごふっ」

「があぁっ」

 あっという間に四人の男たちが地面に崩れ落ちる。

 俺は足元に転がっている男たちに、

「盗んだものは返してもらうぞ」

 言っておばあさんたちの指輪などを回収した。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう、ございます……」

「お、おう……」

「あ、あんた一体……?」

 驚きの表情を浮かべているおばあさんたちに回収したそれぞれの品を手渡していく。

 その後で俺は御者のおじいさんに、

「それじゃあロレンスの町に向かいましょうか」

 と呼びかけると気を取り直したおじいさんが、

「そ、そうじゃな。こやつらが起きんうちに早いとこロレンスに行くとしよう」

 御者台に乗り「さ、さあ、みなさん乗ってくだされ」と指示を出した。

「お兄ちゃん強いんだねっ」

 馬車に乗りこむと女の子が俺の顔を見て楽しそうに笑う。

「うん、まあね」

「お兄ちゃんが一緒なら強い魔物が襲ってきても盗賊が襲ってきてももう怖くないね、おばあちゃん」

「そうじゃのう」

 孫娘だろう女の子におばあさんが微笑み返す。

「さあて、それでは出発しますぞーっ」

 御者のおじいさんの声が聞こえるとゆっくりと馬車が動き出した。

 俺たちの目的地であるロレンスの町まではあと少しだ。


 ロレンスの町にたどり着いた俺は馬車で一緒だった女の子に手を振って別れると通りすがりの人に冒険者ギルドの場所を訊ねる。

 親切に教えてくれた男性の言葉を頼りに俺はロレンスの町の冒険者ギルドへと向かった。

 ロレンスの町はノベールの町以上に大きな町で人もたくさんいた。

 商店も多く立ち並んでいて町は活気であふれている。

 

俺がおのぼりさん丸出しで視線をあちらこちらに飛ばしながら歩いていると、

「んっ、きみはクロクロくんじゃないかっ」

 前から歩いてきていた鎧を纏った集団の先頭にいた一人が声を上げた。

 俺は前を向いてその男性の顔をよく見る。

「あ、あなたはドラチェフさんっ」

「どうしてこんなところにいるんだクロクロくんっ」

 俺に話しかけてきたのは前にグェスさんをかけて勝負をしたことのあるドラチェフさんだった。

 そういえばロレンスの町の騎士団長をやっていると言っていた気もする。

「俺は冒険者になりにきました」

「きみが冒険者か、なるほどそれはいい考えかもしれないね。それでグェスちゃんは元気かい?」

 俺に勝負で負けてグェスさんのことは諦めたはずだがまだ未練があるのか訊いてきた。

「はい、元気ですよ」

「そうかい。それは何よりだね」

 ドラチェフさんの後ろには二十人くらいの男性がいる。

 俺とドラチェフさんの会話が終わるのをじっと待っているようだった。

 それを察して俺は、

「あの、ドラチェフさんたち仕事中なんじゃ……?」

 と話題を変えると、

「おっと、いけない。わたしたちは訓練があるからね、これで失礼するよ」

 ドラチェフさんはそう言って部下の人たちを連れて去っていった。

 俺は彼らの後ろ姿を眺めてから、

「……俺も行くか」

 あらためて冒険者ギルドに向かって歩き出した。

 

「へー、大きいなぁ」

 俺は目の前の建物を見上げ感嘆の声を漏らしていた。

 聞いたところによるとここが冒険者ギルドという施設らしい。

 俺は少し緊張しつつ中へと入る。

 ギルド内には冒険者らしき人が大勢いてテーブルを囲んで、もしくは掲示板の前で話し合っていた。

 受付カウンターに並んでいる人たちもいた。

 そこはさながら携帯のキャリアショップとハローワークを足して二で割ったような空間だった。

 俺が出入り口の前で立ち止まっていると、

「もしかしてギルドは初めてですか?」

 ギルドの職員さんだろうか、きれいな女性が話しかけてきた。

「あ、はい、そうです」

「でしたらまずは受付カウンターにお並びください。そちらで冒険者登録というものを済ませてから掲示板に貼られた依頼書から受けたい依頼をお選びになってまた受付カウンターにお並びくださいね」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 俺はその女性にお礼を言うと一番すいている受付カウンターのもとへと足を運ぶ。

 列に並んでしばらく待っていると俺の順番が回ってきた。

「お次の方どうぞ」

「はい」

 俺は受付カウンターを間に挟んで女性と顔を合わせる。

 女性の胸についていた名札にはミレルと書かれていた。

「冒険者登録をお願いしたいんですけど」

「わかりました。それでは名前と年齢をこの用紙に記入してください」

 ミレルさんは手元から紙を一枚取り出すとペンと一緒に俺の前に差し出してくる。

 俺はペンを取るとその紙に言われた通りに名前と年齢を書き込んでいった。

「クロクロさま、二十六歳、で間違いありませんね」

「はい」

 どうせ黒岩蔵人なんて書いたって不審がられるのがオチだろう。

 だったらクロクロと書いてしまえ、そう思って俺は自らクロクロという名前を名乗ったのだった。

「では登録料として金貨一枚いただけますでしょうか?」

「あ、はい」

 俺はミレルさんに金貨を一枚差し出す。

 これで俺の所持金は金貨と銀貨が五枚ずつだ。

「はい、手続きは完了いたしました。それではこちらをお持ちになってください」

 ミレルさんがそう言って俺に渡してきたものはお店のポイントカードに似た黒色の一枚のカードだった。

「なんですか? これ」

「こちらはギルドカードといってご自身の冒険者ランクを証明する身分証明書のようなものです」

「冒険者ランク、ですか?」

「冒険者には上からS、A、B、C、D、Eとランクがわかれておりまして実績と経験を積むとより上のランクへと上がることが出来ます。ランクが高ければ高いほど難易度が高く報酬の高い依頼を受けることが出来る上にあらゆる施設で優遇されるので冒険者の皆様はより上のランクを目指しているんですよ」

「へー、そうなんですか」

 俺はギルドカードとやらをじっくり見る。

 ギルドカードの表面には大きくEと印字されていた。

「クロクロさまはたった今冒険者になったばかりですのでランクは一番下のEランクとなっております」

「なるほど……」

「それではあちらの掲示板に貼られている依頼書の中からご自身の冒険者ランクに見合った依頼を選んできてください」

「わかりました」

 俺はミレルさんに頭を下げると、ギルドカードを手に意気揚々と掲示板に向かって歩き出す。


 掲示板の前には冒険者たちがたくさん集まっていた。

 俺は人の波を縫うようにして掲示板の前まで移動するとそこに貼り出されていた依頼書を見る。

 そんな俺の目に一番に飛び込んできたのはドラゴン討伐の依頼書だった。

[ギエルナ山に生息しているドラゴンの討伐 一体につき金貨三十枚 必須ランク:A 推奨ランク:S]

「おお、すごいっ。一体倒しただけで金貨三十枚か……」

 でも必須ランクがAってことはAランクかそれより上のSランクの冒険者でないと受けられないってことだよな。

 俺は冒険者になったばかりなのでまだ最底辺のEランク。とてもじゃないが手が届かない。

 そこで俺はEランクの冒険者が受けられる依頼を探すことにした。

 とその時、

「おら、どけっ!」

 人の波を無理矢理かき分けて掲示板の前に大男がやってきた。

「ヤベっ、ゴードンだっ」

「ゴードンってAランクの奴だろ、たしか」

「マジかよ、本物だぜっ」

 口々にゴードンと噂されていたその大男は俺を見下ろし「邪魔だチビがっ!」と押しのける。

 ……チビ?

 俺は日本人の成人男性の平均身長はあるぞ。

 太い腕で強引に押しのけられたこととチビとののしられたことに一瞬ムカっときた俺はそのゴードンとやらをついにらみ返してしまった。

 すると、

「なんだお前、文句あんのかっ!」

 ゴードンは俺の胸ぐらを掴み片手で軽々と俺を持ち上げる。

「ゴードンさま、おやめくださいっ。ギルド内での暴力行為は厳禁ですよっ」

「うるせぇ、知ったことかっ!」

 止めに来たミレルさんをゴードンはもう一方の手ではじき飛ばした。

「きゃあっ」とミレルさんが床に尻もちをつく。

 それにより俺はまた頭に血が上る。

「おい、ゴードンっていったか。俺とミレルさんに謝れ」

 俺は持ち上げられた恰好のままゴードンの右手首を掴んだ。

「ああ? お前自分の立場がわかってねぇのかこらっ」

「いいから謝れ」

 顔を寄せてくるゴードンの言うことを無視して俺はゴードンの手首を握る手に力を込めていく。

 直後、

「なんだこの――痛、痛ててっ、痛ぇっ!? お、折れる折れるっ!!」

 ゴードンは顔をゆがませながら俺の服から手を放した。

 俺はゴードンの手首を掴んだまま床に着地する。

「謝れ」

「ぐああぁ……お前、放せぇっ!!」

 ゴードンはたまらず左手で俺に殴りかかってきた。

 だが俺はそれを微動だにせず額で受け止める。

「謝れ」

「わ、わかったっ! あ、謝るっ! 悪かった悪かったっ、お、あんたにもそこの嬢ちゃんにも悪かったって……!  だから放してくれぇっ!」

 体をよじらせ必死に懇願するゴードンを見て俺はゴードンの手首を放してやった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 すると手首を押さえつつゴードンは俺をにらみつけてくる。

 しかし俺がにらみを利かすと途端に目を泳がせそそくさと立ち去っていった。

 その様子を見ていた周りの冒険者たちが、

「ゴードンを追い返しちまったぞっ」

「なにもんだ、あいつ……?」

「ゴードンはAランクの冒険者じゃぞ、それをまるで赤子の手をひねるようにっ……」

 ざわざわと騒ぎ出す。

 ……やってしまった。

 俺は注目を浴びることに慣れていなかったのでそばに倒れていたミレルさんをすぐさま立たせると何事もなかったような顔をしてギルドをあとにするのだった。


「は~、俺って意外と怒りっぽかったのかな……」

 Aランク冒険者のゴードンについ頭にきて力ずくで追い払ったことにより今俺がギルドに戻ると間違いなく冒険者たちから奇異な目で見られ質問攻めにされることだろう。

 それはなんとしてでも避けたかったので俺はとりあえずギルドで依頼を受けるのは後回しにして今日の寝床を確保することにした。

 ロレンスの町はとても大きいので通行人に宿屋の情報を訊いてからなるべく安い宿屋へと向かう。

 俺の所持金は金貨五枚と銀貨五枚。

 ベータ村で暮らす分には充分すぎるほどのお金だったがこの町ではどうだろうか。

 ロレンスの町の物価がまるでわからないので少々不安だ。

 

 町中をしばらく歩くとガラムマサラという宿屋に行き着いた。

 話に聞いた限りではこのガラムマサラは朝晩二食付きで女将さんの愛想もよくそれでいてかなり割安だという今の俺にはとてもありがたい宿屋だったので俺は期待に胸を膨らませながら玄関の扉を開けた。

「はい、いらっしゃい!」

 扉を開けるとほぼ同時に玄関にいた恰幅のいい中年女性が声を弾ませ出迎えてくれる。

「お客さん、はじめましてだねっ?」

「はい。あのすいません、いきなりですけどこの宿屋って一泊おいくらですか?」

「一泊二食付きで銀貨五枚だよっ」

 と中年女性。

 銀貨五枚か……。

 銀貨十枚で金貨一枚だから……うーん、これって安いのかな?

 俺の表情を察してか中年女性は、

「自慢じゃないけどここいらじゃうちが一番安くてサービスがいいよ。悪いこと言わないからうちに泊まりなさいなっ」

 人懐こい笑顔を見せた。

「……そうですね、わかりました。じゃあとりあえず今日一泊させてください」

「はーい、ありがとうねっ。お客さんお名前は?」

「クロクロです」

「クロクロさんだね。あたしはこの宿屋の女将でドナテッラ、よろしく頼むよっ」

「はい、こちらこそ」

 この人が女将さんだったか。

 前評判通りたしかに愛想がよく、相手を嫌な気にさせることなく簡単に懐に入っていくような感じがする。

「じゃあ部屋はここ真っ直ぐ行って突き当たり左の一番いい部屋を使っていいからねっ」

「ありがとうございます。あ、あと部屋に荷物を置いたらちょっとギルドに行ってきたいんですけど……」

「はいよ。晩ご飯はきっかり二時間後、少しでも遅れたら片付けちゃうからねっ」

「は、はあ、わかりました」

 本気なのか冗談なのかわかりづらい女将さんの言葉を軽くいなすと俺は自分の部屋へと歩みを進めた。

 

 女将さんが一番いい部屋と称した通り俺の泊まる部屋は広々としてまるで高級旅館の一室のようだった。

 それでいて堅苦しくなく落ち着いた雰囲気もある。

 これでご飯もついて銀貨五枚ならやはり安いのかもしれないな。

 俺はその部屋の片隅に肩から下げていた皮の袋を置くとお金とギルドカードだけ持って部屋を出る。

 笑顔の女将さんに「行ってきます」と声をかけて宿屋をあとにした俺はお金を稼ぐため依頼を引き受けるべく再びギルドへと向かうのだった。


 再度ギルドを訪れた俺を見てギルド内にいた冒険者たちが少しざわつく。

 だが夕方になって冒険者の数が減っていたせいか視線は感じるものの特に誰からも話しかけられることもなく俺は掲示板の前へと進み出ることが出来た。

 Eランク、Eランクっと……。

 俺は掲示板に貼ってある依頼書を見てEランクでも受けられる依頼を探す。

 すると必須ランクが書かれていない依頼をいくつか発見した。

 [薬草採取 一本あたり銅貨一枚 ※採取して三日以内のもの]

 [スライム討伐 一体につき銅貨二枚]

 [ゴブリン討伐 一体につき銅貨五枚]

 [コボルト討伐 一体につき銀貨一枚]

「あの、すいません。これって必須ランクが書かれていないんですけどEランクの冒険者でも受けられるんですか?」

 横にいた男性の冒険者に訊ねてみる。

 男性の冒険者は一瞬びくっとしてから、

「え、ええ、受けられますよ。必須ランクが書かれていないものはどのランクの人でも。っていうかでもそれらの依頼は常設クエストなので別にわざわざ依頼書を持っていかなくてもある程度たまったら納品すればいいんですよ」

「納品?」

「例えばゴブリンの場合は右耳とか、体の一部を切り取って納品するんです」

 丁寧に説明してくれた。

「あー、なるほど。そういうことなんですね」

「普通の冒険者はメインの依頼のついでみたいな感じでやってますね」

「そうですか」

 よく考えればこの町で生活していくのに一日に最低でも銀貨五枚は必要なのに銅貨を数枚手に入れたところであまり意味はない。

 もうちょっと報酬のいい依頼にしないとな。

「お、おれからも質問、いいですか?」

 と男性の冒険者が俺の顔色を窺いながら言う。

「はい、なんですか?」

「あなたってEランクなんですか……?」

「はい、そうですけど」

「で、でもさっきゴードンさんを圧倒していましたよね?」

 ゴードンというのはちょっと前にここで無礼な振る舞いをしていたAランク冒険者のことだ。

 俺が追い払ってやったわけだが、この人それを見ていたのか……。

「Eランクなのになんでそんなに強いんですか? よ、よかったら強くなる秘訣を教えてもらえませんか?」

 と男性の冒険者。

 あーまいったな、変に興味を持たれてしまった。

 この世界の十倍の重力のある別の世界から来ました、なんて正直に話すわけにもいかないし。

 ……もとはと言えば最初に話しかけた俺が悪いのかもしれないけど、少し面倒だ。

「いや、俺そんなに強くないんで」

 俺は適当に話を濁すと目についた依頼書を手に取って逃げるようにその場を離れた。

 そしてそのままミレルさんのところに依頼書を持っていく。

「クロクロさま、ようこそいらっしゃいました」

「これ、お願いしますっ」

「はい、かしこまりました……あのクロクロさま、先ほどはありがとうございました」

「あ、いえ全然……」

 ミレルさんが小声で感謝の意を伝えてきたので俺は小さく首を横に振って返した。

「えっとそれではDランク冒険者さまの荷物持ち、報酬は金貨一枚という依頼でよろしいですね」

「はい、それでいいです」

 内容をよく見て決めなかったが報酬が金貨一枚ならまずまずといったところだろう。

「ではこの依頼主さまの泊まっている宿屋に明日の朝一番に出向いてください。詳しいことは依頼書の裏面に書いてありますので」

「わかりました」

 俺はミレルさんから依頼書を受け取る。

 こうして俺は自身初の冒険者としての依頼を無事引き受けることが出来たのだった。


 受ける依頼を決めてから俺は宿屋へと戻る。

 その道中依頼書をあらためて確認してみた。

 俺が受けた依頼の内容はDランク冒険者の荷物持ちというもの。報酬は金貨一枚。

 依頼主の名前はザガリン。

 同じパーティーだったEランクの冒険者が抜けたのでその穴埋めらしい。

 俺の泊まっている宿屋のすぐ近くの宿屋に泊まっているようなので明日の朝会いに行ってみよう。

「ただいま戻りました」

 俺はチェックインを済ませていた自分が泊まる宿屋に着くと玄関にいた女将さんに挨拶をする。

「はいよ、おかえりクロクロさんっ。晩ご飯の用意は出来てるからねっ」

「ありがとうございます」

 一旦部屋に戻ってから大部屋へと向かい晩ご飯をいただく。

 とても美味しかったので俺はおかわりもした。

 やはりこの宿屋に決めてよかった。

 次からもここにしよう。

 

 翌朝、俺は朝ご飯を済ませると依頼主のもとへと足を運ぶ。

 フロントでザガリンさんを呼んでもらいしばらく待っていると、

「おーっす、あんたが依頼を受けてくれたっていうクロクロかっ?」

 斧を担いだ浅黒い肌の若い男性が手を上げながら近寄ってきた。

 その後ろにはもう一人浅黒い肌をした若い女性が弓矢片手に歩いてきている。

「はい、そうです。あなたがザガリンさんですか?」

「おうよっ」

「ちょっとお兄ちゃん、敬語使ってよ恥ずかしい。すみませんクロクロさん、兄が失礼な態度をとってしまって」

 そう言って女性が俺に頭を下げてきた。

 どうやらこの二人は兄妹でパーティーを組んでいる冒険者のようだ。

「クロクロあんた年いくつだ?」

「二十六ですけど」

「ほら見なよ、わたしたちより年上じゃない」

「じゃあんたランクは?」

 ザガリンさんは続けて訊いてくる。

「Eランクです」

「ほら見ろ、おれたちの方がランクは上だぞっ」

「だからやめてよお兄ちゃんっ。すみませんクロクロさん」

「いや、俺は別に敬語じゃなくても構わないですよ。実際俺の方がランクは下ですし」

 それに言わば雇用主と雇われ人みたいな関係だからな、タメ口を使われてもさほど抵抗はない。

「駄目ですよ、こういうことはちゃんとしないと。クロクロさんの方が年上なんですからクロクロさんこそわたしたちに敬語は使わないでください」

「はあ……」

「こっちは兄のザガリンです、二十二歳です。そしてわたしは妹のエメリア、十九歳です。わたしたち二人とも一応Dランクの冒険者です。といってもまだなりたてなんですけどね」

 エメリアと名乗った女性は早口で兄であるザガリンさんと自分の紹介をしていった。

「兄が重戦士でわたしは弓使いです。つい最近までもう一人Eランクの冒険者仲間がいたんですけど兄と喧嘩してしまってパーティーを抜けてしまったんです」

「へっ、別にあんな奴こっちから願い下げだぜ」

「お兄ちゃんがそういうこと言うから出てっちゃったのよ、もうっ」

 ガサツな兄としっかり者の妹といった感じだろうか、兄弟のいない俺にとっては少し微笑ましい光景だ。

「それでザガリンさん、俺の――」

「ザガリンでいいぜっ」

「あー、じゃあザガリン、俺の仕事はなんなんだ? 依頼書には荷物持ちって書いてあったけど」

「文字通り荷物持ちだぜ。おれもエメリアも武器を両手で使うから戦闘中は手が塞がってるし背中に重い荷物を背負ってたら戦いづらいだろ。おれたちはこれからホブゴブリンが巣食う洞窟に行くつもりなんだけどそこが山の頂上なんだよ。荷物を減らすわけにもいかないしかといって持ってると邪魔だしよ、だからあんたに荷物を預かっててほしいってわけだ」

「ホブゴブリンは頭がいいから地面に置いておくと盗まれちゃうんです」

 とエメリアが補足する。

「なるほど……」

「あんたは一切戦わなくていいからよ、おれたちの荷物を守っててくれ」

「わかった」

「じゃあクロクロさん、報酬は一日当たり金貨一枚でいいですか?」

「あー……そうなるのか」

 俺はてっきり全部ひっくるめて金貨一枚だと思っていた。

 だが要するにホブゴブリン討伐に三日かかったとすると俺は金貨三枚貰えるってわけだ。

「うん、全然問題ないよ」

「よっしゃ、じゃよろしく頼むぜクロクロっ」

「よろしくお願いしますねクロクロさん」

「ああ、こっちこそ」

 こうして俺はDランク冒険者のザガリンとエメリア兄妹の手荷物を預かると、ホブゴブリンが巣食うという山の頂上の洞窟目指して出発するのだった。

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