最終決戦 後編
「覚悟しろ、魔王ヴァハトマンス!」
「勇者ドナシアン、お前は、お前たちは実に愚かだ。私の本当の力を知らないのだからな!」
ドナシアンが馬の背中から飛び降り、魔王ヴァハトマンスに斬りかかった。
魔王ヴァハトマンスは刃を光らせながら飛んでくるドナシアンに右手をかざし魔法を唱えた。突風が吹き荒れ、ドナシアンたちは壁に叩きつけられた。
しかし、ドナシアンはすぐに体勢を立て直して魔王ヴァハトマンスへと向かって行った。
「無駄だ! 私を倒せるのは聖剣デア・アンファングだけだ!」
「そんなことはない! 仲間の作った絆の剣でお前を討つ! 剣は剣自体で聖剣になるわけではない! 振るう者によってそれが聖剣になるのだ!」
ドナシアンは足の裏に先ほど馬たちを浮かべた金色の円を描くと加速した。
切っ先を魔王ヴァハトマンスに向けて空気の壁を超えるほどの速度で突進し、魔王ヴァハトマンスの右下半身を抉り取るように身体を突き抜けた。
「こしゃくな!」と魔王ヴァハトマンスは膝から崩れたが、すぐに身体を再生して立ち上がったのだ。
熱の魔法を手に込め、ドナシアンへと青白い閃光を放った。ドナシアンは剣でそれを受け止めた。
「聖剣がなぜ聖剣と呼ばれるのか、それは持ち主の腕や勇気の加護によるものだけではない。
長く在り続けるための頑丈さが必要なのだ!
時間という私ですら敵わない無敵の力に絶えず圧されつつも、それを長きにわたり払い退ける頑丈さだ!」
ドナシアンの剣は魔法による超高温を受けてあっという間に蒸発した。勢いに耐えきれずドナシアンは再び壁に叩きつけられた。
「剣のないお前はどうする! 私と殴り合いでもするか!?」
「ドリー一人で戦っていると」「思ってんじゃねぇぞ!」
「「このゲス野郎めが」」
カプスチンとガリバルディが連携して魔王ヴァハトマンスに攻撃を仕掛けた。
カプスチンが魔王ヴァハトマンスの下半身を凍らせ、そこにガリバルディが戦斧を振りかぶった。
しかし、魔王ヴァハトマンスは「ふん」と力むと、凍り付いていた下半身から氷の塊が飛び散りカプスチンを弾いた。
左手を大きくかざすと戦斧を振り下ろそうとしていたガリバルディをはたき落とした。
「カプスチン! ガリバルディ!」とドナシアンが呼びかけたが二人は気を失っていた。
もはや打つ手がないように思われた。しかし、ドナシアンは諦めずに立ち向かおうとしていた。
もう拳で殴りに行くしかない。
だが、魔王ヴァハトマンスは人間だった頃はとても強い格闘家だった。パンクラチオンでは敵わないかも知れない。
しかし、勇者の名を持つ者。自分が立ち向かわずに誰が立ち向かうと勇気を奮い、魔王に向かって走り出そうとした。
そのときだ。ハルテンブルク将軍とその軍隊の生き残りが魔王城の玉座の間に辿り着いたのだ。「ドナシアン殿、これを!」と聖剣デア・アンファングをドナシアンに向かって投げた。
「届かぬ! 無駄だ! 愚かな人間どもめ!」と魔王ヴァハトマンスはドナシアンに向かって飛んでいく聖剣デア・アンファングをはたき落とそうと手を伸ばした。
「刺さればお前を討てるんだな!?」
勇者は空中で右手を伸ばし魔王ヴァハトマンスに向けた。そして、力を込めるように掌を握り始めた。
宙を舞っていた瓦礫や砂埃、そして聖剣デア・アンファングまでがまるで時間が静止したかのように空中でピタリと動きを止めたのだ。
「これはなんだ! 重力魔法か!? だが私には効かない!」
魔王ヴァハトマンスは周囲から全身全てを縛り付けられるような力を受け動きを封じられた。
「これはお前に向けてるんじゃない!」
ドナシアンが拳を強く握りしめていくと、それに合わせるように魔王ヴァハトマンスを中心に玉座全体の空間が収縮するようにゆがみ始めた。
「無駄無駄ぁ! 効かぬと言っているはず、ぐあぁっ!?」
魔王ヴァハトマンスは左胸に強烈な痛みを覚え手をかざした。
掌で左胸を触ると生暖かくぬるりとした感覚の中に硬い棒状の物があることに気がついた。
魔王が掴んだその棒は聖剣デア・アンファングの柄だったのだ。
「これが狙いだったのか……」
魔王ヴァハトマンスは左胸に刺さった剣を引き抜こうとした。
しかし、聖剣は勇者とその勇者に勇気を認められた者のみ振るえる剣であり、悪の存在その者である魔王がどれほど力を込めようとも抜けなかった。
剣の切っ先は魔王の心臓を正確無比に貫いており、鼓動が弱まり血が抜けて行くにつれて魔王ヴァハトマンスは力が込められなくなっていった。
ドナシアンはそれでも掌を開かなかった。
「哀れだが、ひとえに殺せない。私でも殺すことが出来ない。それはお前が苦しめてきた者から受ける罰だと思え!」と拳をぎゅうぎゅうと握り続けた。
「おのれ、クソ。ドナシアンめ。おのれ、おのれ、おのれェェェー!」
魔王ヴァハトマンスは断末魔の雄叫びを上げた。
魔王城のある山を越え、いくつもの街をも通り過ぎるような、怨嗟にまみれた大声だった。
それは空気を震わせて瞬く間に全世界を駆け抜けて、天を覆っていた雲を蒸発させるように消した。
聖剣の作った傷口から黒い煙が上がり始めた。魔王ヴァハトマンスはついに消滅の時を迎えたのだ。
「私は何度でも蘇る。二十年後に必ず、まずはおいたお前を殺しに行く! 私を本当に倒したければ世界を滅ぼすしかないのだ! 依り代を! 依り代を探さね……」
魔王ヴァハトマンスは捨て台詞を吐き散らし黒い灰になって消えていった。聖剣デア・アンファングは支えを失い、血にまみれたビロードの絨毯に倒れて金属音を上げた。
それは戦いの時代の終焉を告げる鐘の音のようだった
勇者ドナシアン・ガリマール一行はこうして魔王ヴァハトマンスを倒したのだ。
勇者たちの物語はここでおしまい。
これはそのあとの世界で起きた、魔王を討伐するよりも複雑で、醜悪な人間たちの物語。いや、全ては私の見てきた事実――。