傭兵の妻ニア
ニアの夫は傭兵だ。
傭兵という職業はこの街では珍しくない。
ここは傭兵都市アーカム。
隣国との国境線に近く小競り合いの絶えない街。
人の手が入らない森も多く獣害も頻発している。
ここ一週間、夫は仕事で街の外に出ている。
が、彼女は忙しい。
夫はいなくても息子達がいる。
仕事もある。
双子の息子達は10歳になった。
彼らは父親を尊敬しており、父の後を追って傭兵になる気満々だ。
今も父親の所属する傭兵団で見習いの真似事をしている。
彼女の仕事もそこにある。
傭兵団での食事の準備、書類の整理などが彼女の仕事だ。
残っている団員共がいる以上、彼らの食事を用意してやる必要がある。
街に提出すべき書類も山のようにある。書類仕事ができる傭兵なんてごく僅かだから溜まっていく一方なのだ。
それらの仕事をこなす彼女は団員からの信頼も厚い。
団員全員が街の外の仕事となれば彼女も同行する。
だが、今回の仕事は違う。
彼女の所属する傭兵団は30名に満たない規模だが、そのうち10名ばかりで事足りる仕事だった。
近くの村に出没した害獣駆除。よくある仕事だ。
だから彼女は夫の心配をしていない。
必ず無事に帰ってくると信じている。
もしかしたら魔獣が出るかもしれない。予想外の規模かもしれない。事故があるかもしれない。
でも夫は無事に帰ってくるに違いない。
彼女の所属する傭兵団は街ではかなり有名だ。規模は決して大きくないにも関わらず。
現に彼女の町では所属人数が200名を超える傭兵団があるが、そこと比肩されるほど彼女の傭兵団は有名なのだ。
少数精鋭。その中でも頼りにされているのが彼女の夫だ。
今回派遣されたメンバーのリーダーを任されている。
夫は無愛想で無口だ。
身長も平均より小さい。
大柄な人間が集う傭兵の中ではかなり小さい部類だろう。
丸太のような手足でずんぐりむっくりしている。
いたるところに傷跡があり、凄みのような風格がある。
夫の戦うところは幾度となく見てきた。
兜を深く被り、大きな盾を構えてじりじりと動く。
相手の攻撃を盾や兜で弾き、一瞬の隙で飛び込み戦斧を振るう。
人であれ魔獣であれ相手が向かってくる限りそれを続ける。
何度彼に助けられただろう。この世にこれほど頼もしい背中はない。
だから彼女は不安になると、夫の背中を思い出すようにしている。
夫が帰ってきた。
街の入り口で待っていた息子達が夫の兜を持って走って帰ってきた。
これはいつもの儀式。
夫は街に戻った直後でも傭兵団での仕事がある。
自宅に真っ直ぐには帰って来れない。
だから息子達に兜を預けるのだ。無事に帰って来たよと。
ニアに兜を渡すと息子達は夫のいる傭兵団の建物に走っていった。
土産話をねだり夫と共に帰ってくるつもりなのだろう。
夕食の準備はとっくに済ませている。
だから彼女は兜を磨く。
夫の命を守る兜を磨く。
この仕事だけは誰にも譲らない。
ニアは飾り気のない無骨な兜を磨いている今、幸せを感じている。






