拾いますか?
人生が嫌になって、酔った勢いでゴミ捨て場にあった大きな段ボールに入った。
持っていたマジックでデカデカと「生ゴミ」と段ボールに書いた。
「……え?何をしてるんですか??」
上機嫌で段ボールに入って通る人をビビらせていたら、あるおじさんがキョドりながら声をかけてきた。
それに満面の笑みで答える。
「拾いますか?」
おじさん、ぽかーん。
鳩が豆鉄砲食らったってきっとこんな顔だろうなぁと思った。
やっと言われた意味を理解して、おじさんキョドる。
「いや!!」
「拒否られたぁ~!!」
「いや!そうじゃなくて!!え?!救急車呼んだ方が良いのか?!」
慌てるおじさん。
うだつが上がらないってこういう人だろうなぁを地で行く感じのおじさん。
体は比較的細いのにお腹だけ出っ張ってるおじさん。
疲れた顔のおじさん。
頭の毛が寂しいおじさん。
「あははははは!!」
「ええぇ?!だ、大丈夫ですか?!今、救急車呼びますから!!」
絵に描いたようなおじさんにゲラゲラ笑うと、完全にビビって逃げ腰になりながら、スマホを取り出した。
そんなにオドオドしてて、そんなに怖いのだろうか??
「おじさん!おじさん!!何が怖いの?!」
「ひいぃぃぃぃ!!」
「あはは!取って食いやしないって!!」
段ボールから身を乗り出すと、引き気味にか細い悲鳴を上げるおじさん。
それが面白くて、笑いながら手招きした。
人馴れしてない動物みたいに警戒しながらおじさんが1歩だけ近づいた。
「怖いの?!何が怖いの?!」
にやにやしながらそう尋ねると、フリーズしていたおじさんは少し考えた後、ダランとスマホを持つ手を下げた。
どうしたんだろうと俯く顔を覗き込もうとした。
「…………生きてるのが怖い……。」
「え……??」
小さな小さなその声に、今度はこちらが面食らった。
おじさんは何か吹っ切れたようにこちらに歩いてくると、段ボールの横に座った。
「生きてるのが怖いです。私は。」
「……生きてるのが怖いんだ?」
「はい。生きてると明日が来るでしょう?明日が来たらまた今日を繰り返さないといけないでしょう?もう嫌だ、もう嫌だって思いながら、やっと今日が終わっても、生きている限り明日が来るんですよ。」
「だね。」
「もう嫌なんですよ……。でも、生きている限り、明日が来るんです。でも嫌だ嫌だと言っても、それを終わらす方法もないし、終わらす暇もない。後始末はどうするんだとか、周りに迷惑かけるとか色々考えると……。そんな事を思っているうちに今日が終わって、少しだけホッとして、気づくと明日が来て今日になってる。それが怖いんです。」
「それだけ?」
「……何も解決方法がないのが怖い。今が嫌だと思えなければいいと言っても、この歳じゃそれがなくなるほどの変化なんて起こらない。起こすために動ける歳でもない。それにそんなに変化があったら疲れてしまう。かと言って、何も変わらない今も嫌で嫌で辛くて苦しい。」
「うん。」
「嫌なのにどうにかする時間も余裕もない。疲れていて何かをする気力もない。毎日、同じ「今日」が繰り返される。辛い。嫌だ。でもどうにもできない。生きてる限り、明日が来る事を避けられない事が怖いんです。」
「そだね。わかる~。」
「……わかりますか?どう見ても私よりお若そうですが……。」
「わかるよ~。だってさぁ~、どう見てもお先真っ暗じゃん?!仕事してたって激務だし。残業するなとか言いつつ、繁忙期になると休日でも働けって言うじゃん?人件費が何だって言ってギリギリの人数で、誰も休まない事を前提に仕事って回ってるから、体調悪くったって休めないようにできてるし。有給とれって言うけど、取れない人数しかいないっての!!」
ゲラゲラ笑うと、おじさんも苦笑いしてこちらを見上げた。
「どこも一緒ですね。」
「だよね~。」
「上は左うちわで、休みもしっかり取って。だから気軽にこっちにもコンプライアンスだから休みを取れ、有給使えと言いながら、ギリギリ無理すれば回せる量の仕事を任せてきて、挙句、変な経営アドバイザーに感化されて、研修だ何だ理想理念全開に押し付けてきて……。そんな事をできる余裕なんかないのに……。」
「あはは!!おじさんとこも?!うちもさ~!!ギリギリだって言ってんのに、成長の為の研修とか言っててさ~!!結局そのせいで仕事回らなくて定休返上で仕事しないとならなくなるし~。いつ休めっての!!だいたいんな馬鹿なアドバイザーに金払ってないで、従業人数増やすか、そのお金分、仕事量減らせっての!!」
「あはは……。」
「夢見るのは勝手だけどさ~?!それをこっちに押し付けんなって思う~。理想論なんかどうでも良いんだよ!現実、理想とは程遠く従業員はギリギリ限界で働いてるってのに!仕事している現場をちゃんと見て理解しろって思うよ~。」
「本当、その通りですよね……。部下たちは疲弊するし、文句と言うより怨み言みたいな不満が溜まりに溜まってるし……。せめて有給は取らせてやりたくても、現状ではそれすら厳しい。めちゃくちゃなんですよ……。それを訴えても、彼らには現実が見えていないと言うか……。」
「まるで吐きながらごちそうを食べ続ける貴族様とその日生きるのがやっとの奴隷だよね~。格差がきっぱり別れてんの!!アイツら浮世に生きてるから、現実が見えてないんだよ。そんなんでよく会社経営していけるよねって思う~。まぁ、働きたくても働けないって人が溢れてる世の中だから、奴隷は辞めてもすぐ次の奴隷を募集すれば済むんだろうけどさ~。酷くない?!そんな世の中?!」
「ですよね……。私の部下もそんな類の事をよく言っています。若い世代に働く事に希望を持たせられないなんて世の中終わってますよ……。給与的に安心させられる部分もない。充実した仕事量を遥かに超えている業務で日々の安心感を与える事もできない。気兼ねなく有給を取れる状況でないどころか、具合が悪くても安心して休める状況ですらないなんて……。そしてそれをどれだけ訴えても無意味どころか、ならスキルアップに研修しよう!なんて斜め上の事を返されたら……。彼らに何と言っていいのか私にはわからないんですよ……。」
「おじさんも大変なんだね~。」
「いや、君達ぐらいの若い子の辛さに比べたら……。」
「いやいや、板挟みはきついっしょ?!その方が辛いって!!」
いやいやそちらが……みたいなやり取りをして、思わず顔を見合わせて笑った。
「……はじめはびっくりしたけど、お話できて良かったです。」
「うん。」
「私にはどうにもならない事だけど、誰にも言えなくて、鬱々と自分の中に溜め込んでいました。」
「うん、そだね。一緒だ。」
「ありがとう。大きな捨て猫さん。」
「自ら段ボール作って入ったから正確には捨て猫じゃないんだけど。」
「それは失敬。」
「いいよ、捨て猫なら拾ってくれる人がいるかもしれないし。」
「そうですね。」
「拾われてこの箱が空いたら、おじさんに譲ってあげるね!!」
「あはは、ありがとう。いやでも、君なら拾ってもらえるかもしれませんが……、私は拾ってくれますかねぇ……。何の取り柄もない寂れたオジサンですから……。」
「お腹も出てるしね。」
「たるんでますからねぇ……。難しいかと。」
そう言ってまた顔を見合わせて笑った。
おじさんはふうっとため息をついて立ち上がった。
「……帰るの?」
「はい。私は拾ってもらえなさそうですから、自分で日々、どうにかしませんとね……。」
「そっか~。」
「そうなんです。残念ですが。でも、貴方と話せて今日は良かったです。いつもの「今日」より、とても良い日でした。少しだけ明日が来るのが怖くなくなりました。」
「そうなんだ?」
「でも直ぐにまた、怖くなるとは思います。」
「……なら、またここで箱に入って待ってるよ。」
「あはは!それはもうやめた方がいいですよ!!最近は怖い事件や変な人も多いんですから。」
「そっか~。だよね~。」
「はい。危ないですから。でももし、また箱に入りたくなった時は、一つ向こうの通りのコンビニの雑誌コーナーに居てください。一応、生きている限りはその前を通って、猫さんがいらっしゃらないか確認しますので。」
「その時は猫缶ぐらいは奢ってよ?」
「安いので良ければ。」
そう言われて、こちらも段ボールから抜け出した。
一応たたみ直してゴミ捨て場に立てかける。
「ちゃんと帰れますか?」
「平気平気。」
「もう段ボールに入ってたら駄目ですよ。」
「だね。」
「ではおやすみなさい。」
「は~い。気をつけて帰ってね~。」
「貴方もね。」
そう言って、おじさんは背中を丸めて帰って行った。
嫌だ嫌だと繰り返す「今日」。
皆、そんな中に生きている。
でも少しだけ、明日が嫌な日でも大丈夫だと思えた。






