うわさ
マスコットの作業場に行くと中島ひとりしかいなかった。中島は黙々となにかやっている。竹ひごを曲げる作業のようだ。固定したガスバーナーで竹をあぶって加工するのである。写真を何枚か撮り、手伝おうとした。
「ここはぼく一人でいいよ。それより資材調達のほう手伝ってやってよ。リヤカーを待ってたんで、いま行ったところなんだ」
「どっちへ行った」
「表門から出ていったから、まだ、お宮さんのあたりじゃないか」
ぼくは走った。中島が言ったとおり、神社の塀沿いにリヤカーの一団が見えた。笹安と野球部の富士谷、由倉さんの三人である。
「おい富士谷。野球部、練習やってたぞ。出なくてもいいのか」
「きょうはこっち手伝うってことわってあるからいいんだ」
「そうか」
神社の木立がざわめいて風がわたってくる。きびしい残暑はなかなか衰えるようすがないが、風のなかにふと秋の気配がする。
「ここは涼しいねぇ」と由倉さんが富士谷に言っている。由倉さんは野球部のマネージャーだったが定員オーバーで追い出され、いまは、えーとなにをしてるんだっけ。
「無所属だよお。だから、きょうから毎日手伝ってあげる。人手が要るときはわたしに言ってね。何人でも引っぱってくるから。おやあ鵜飼くん、どうしたの、そのカメラ。え、新聞委員で。へぇー。じゃ、わたしを撮らせてあげよう。ほれ、ほれ」
由倉さんはそう言うと、へんてこなポーズをとりはじめた。ちょっとはばかられたが、カメラを向けないわけにはいかない。富士谷や笹安にへばりついたり、腕を組んだりして撮れ撮れと言う。フィルムをあまりむだ遣いするわけにもいかないので、いいかげんに撮ったふりをしてごまかす。最後に由倉さんはリヤカーに乗り込み、そのまま荷台に座を占めてしまった。そうこうしているうちに市街地をぬけ、左右には田んぼが広がりはじめた。養豚場の臭いが鼻を刺す。
「どこまで行くんだ。あてがあるのか」
「高速道路の向こうに廃工場があるんだ。だれもいないようだから行ってみようと思って。桟敷の材料、ありそうな雰囲気だし」
「え、あそこか。あそこは出るってうわさだぞ」
「知ってるよ。でも明るいうちなら平気だろ。倉庫があるから期待できるぜ」
「おうい」と後ろから声がかかる。自転車に乗った衣川である。
「へーえ、あの工場へ行くのか。なら、おれも行こう。なかがどうなっているか、いつも通るたびに気になってたんだ」
衣川は自転車をおりて歩きはじめた。由倉さんもリヤカーからおりた。
「あれ、中島は」
「竹を曲げてるよ。一人で」
「あ、中島くんといえば、中島くんにさあ、穂坂さんが気があるの、知ってる?」と由倉さんがだれにともなく、うれしそうに聞く。
「知ってるよ。あの中島をみつめる目、みんなとっくに気づいてるさ。な、鵜飼」と衣川がポンとぼくの肩をたたく。なんだ、みんな知ってたのか。
「中島のほうはどうなんだろう」
「まんざらでもないとわたしゃ、にらんでるね。それより、ねえねえ知ってる、宮吉さんのこと。退学するんだって」
リヤカーを引いていた笹安がびくっとして一瞬手を止めた。
「なんだ、由倉、よく知ってるなあ。どこで仕入れてくるんだ」
「あっはっはっは。ないしょ、ないしょ」
宮吉郁子は二学期の始業式以来、学校には来ていない。見かけることもあったけれど、たいていは放課後だ。友だちと話しながら、教室にいたり、校庭をぶらぶらしたりしている。深夜までスナックでアルバイトをしているといううわさだった。
「わたしなんかとちがって、頭もいいのにもったいないよー」
高速道路の高架下をすでにぼくらは渡っていた。渡りきったところで笹安は左に曲がり、高速道路にそって進む。右手には工場や倉庫などが立ちならび、大型トラックやトレーラーがひんぱんに出入りしている。すれちがうたび、ぼくらのリヤカーは側溝に落ちそうになる。一度などはほんとうに落ちた。リヤカーは無事だったが、笹安の足が溝にはまって泥だらけになった。由倉さんが心配する。
「ぬれただけだ。すぐ乾くよ」と笹安はまたリヤカーを引きかけるが、すばやく富士谷が替わってやる。
「あそこだろう。先に行くぞ」と衣川が自転車にまたがって走りだした。