ピント?
竹割りは翌日から始まった。竹割り器はこれも学校の備品だが、数が多いのですんなりと確保できた。竹の太いほうの端に円錐部を当てて打ち込み、取っ手を引いて一気に割くのだが、けっこうな力仕事である。きれいに割れるときはじつに爽快だが、途中で引っかかると厄介だ。大きな木槌で力まかせに叩いてはずさねばならなくなる。コツは竹割り器を竹の中心に正確に当てることである。はじめてのことなので勝手がわからないうえに、何十本もの竹だ。ぜんぶ割くのに三四日はかかりそうだった。
作業に当たるコアのメンバーは中島と笹安とぼく。それに日替わりで二三人ずつが来て手伝ってくれる。クラブ活動の合間をみて来てくれる者もいる。その日も野球部の富士谷やバレー部の松田が来てくれた。さすがに運動部だ、少々荒っぽいが力作業はお手のものである。ぼくは手があいたのでほかのクラスのようすを見に行くことにする。
写真を撮りながら一年生の製作現場を見てまわる。まだ準備は始まったばかりなので、みんなのんびりしている。カメラのカッツーンという乾いたシャッター音の気持よさについつい何枚も撮ってしまう。フィルムはもちろん白黒だが何本か渡されていたし、現像や引き伸ばしは写真部にやってもらうのでお金はかからない。
「鵜飼くん」と声がかかる。ふりかえると穂坂さんである。にこにこ笑い、指を唇にもっていきながら、
「ねえ、中島くんの写真撮った」と訊く。
「中島の? ああ何枚かあるはずだけど」
「そう。あのね、鵜飼くん。わたし、恥ずかしいんだけど、中島くんのこと好きなの。彼の写真、一枚くれないかなあ」
え。
ぼくは声を失い、穂坂さんの言葉を頭のなかで何回もくり返してはその意味を再確認した。そして強烈なインパクトがぼくを襲った。
えええ! 中島を好きだってええ!
ぼくは息をのんだまま、穂坂さんをまじまじと見た。逆光のなかでシルエットがやわらかい光に包まれ、とてもまぶしく見えた。
「じゃ、お願い。どんな写真でもいいわ」
ぼくは「う、ん」と答えるのがやっとだった。穂坂さんはうれしそうに頭をぺこんとさげて走っていく。その後ろ姿にはっとしてカメラをかまえてシャッターを切った。シャッター音が高らかに、いや、なんか、大きなバッシャンという音がした。
「なかなかいいね。あれ穂坂だろう。なに話してたんだ」
写真部の渡部が一眼レフをかまえてもう一度シャッターを押した。
バッシャン。
「写真くれって頼まれたんだ」
「なんだって。写真ならなんでおれに言わないの。なんの写真だ。おれが撮ったの回してやろうか。あ、それより鵜飼、そのカメラ、ピント合わせてるよな」
「ピントって?」
「げ。まさか。おいおいピント合わせぐらい知っててくれよ。ファインダーをのぞくと像が中央で二重になって見えるだろ。それを、ほら、このつまみを回して合わせるんだ。なんだ、知らなかったのか。あーあ」