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九月の舟  作者: すのへ
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沖野牡丹

「鵜飼くん、あんた新聞委員ね」

 あれは夏休みが明けてまもなくのことだった。クラス委員の選出があり、ぼくはいきなり女子の学級委員にそう宣告された。なにをすればいいのかわからないが、ぼくを指名するくらいだからひまな委員なんだろうと、よく考えずに引き受けた。それが、高校で最初の学校祭の、ぼくにとっての始まりだった。

 その日の放課後、それぞれの委員会が開かれた。どういう経緯であれ、選ばれた限りは出席しなければと行ってみたら、狭苦しくて汚い部屋に集まっているのは三人だけである。各クラスに一人は委員がいるはずなのにおかしい。あとで聞いたら、呼びにきたわけでもないのに出席するほうがおかしいそうだ。

「よく来たね」

 テーブルの向こうから声がかかる。少し気の弱そうなくたびれた三年生である。めずらしそうに目をぱちくりさせている。

「一年生が自主的に来るなんて何年ぶりかな。ちょっと調べてみよう」と書類が散乱する大きなテーブルの上からノートを綴じたものを引っぱり出した。その拍子に書類の山が崩れ、ぼくを含めた全員がせき止めにかかる。

「うーん。ここ五年は記録にないなあ」

「おい本原、そんなことよりこれをなんとかしろ」と呼びかけたのは、肥満体に色白、魚眼レンズのような眼鏡をかけた、これも三年生である。

「そうよ。まったく。あ、キミ、ここ押さえてちょうだい」と声がかかる。おや、この声はとハッとし、『キミ』とはぼくのことのようなので、そちらへ手を伸ばしてあっとおどろいた。沖野牡丹だ。この夏、レストランのアルバイトでいっしょになった二年生の女子である。ここにいるということは沖野さんも新聞委員になったのか。

「あら、キミは」と沖野さんのほうでも気がついてくれた。小麦色の肌にちょっと陰のあるなつかしい表情が目の前にあった。思いがけない再会にぼくの胸は高鳴る。

 委員会はすぐ始まった。太っちょは駒瀬という副委員長で、本原と呼ばれたのが委員長である。議題はただひとつ、学校祭の特集号を出すのでそれぞれテーマを決めて記事を書いてくること、それだけだった。

「締め切りは学校祭終了の翌々日。じゃ、よろしく」と言うが早いか本原委員長は部室の片隅の資料らしきものの山へと戻り、駒瀬くん(ぼくたちは上級生をくん付けで呼んでいた)は新聞の台割とやらをぼくと沖野さんに渡し、それぞれの担当ページを指示する。

「まさか一年生が来てくれるなんて思ってなかったけど、ここ一年生の記事、きみ、えーと鵜飼君、きみがやってくれると助かるなあ。お願いするよ」

 ぼくは面喰らった。

「とんでもない。そんな、書けませんよ」と小さな声で言った。すると沖野さんがすかさず聞き咎めた。

「キミ、なんで新聞委員になったの」とぼくの顔を見すえて詰問する。ぼくはその強烈な瞳の力に尻が浮くほど動揺した。まるごと魂が吸いとられそうで、思わず目をそらしてうつむいてしまった。

「そう。どうせひまな委員だって聞いてサボろうと思ってたんでしょ。いいわ、じゃ、やらなくていい。駒瀬さん、一年生のとこ予定どおり私たちで手分けしてやりましょう。キミ、もういいわよ。さよなら」

 そう言われてぼくははっと我にかえった。いかん。このまま終わってはいけない。かといって文章を書く自信はまるでない。宿題の作文でさえひいひい言っているのだ。それを学校新聞とはいえ記事だって、とんでもない。書けるわけがない。困った。どうすればよいのだ。じっと耐えているぼくを見て、駒瀬くんが助け船を出してくれる。

「まあまあ、沖野さん。顧問の先生もろくに顔を出さない委員会に来てくれたんですから。ね、鵜飼君、きみひとつやってみないか。なあに、むつかしく考えることはない。写真とメモだけでいいんだ。あとはこちらでやるから。な、うん。じゃ、頼むよ」

 話は決まってしまった。とりあえずはクラスの準備作業を手伝って実地に体験し、学祭がどういうものか肌で感じ取り、生徒や街の人の声などもひろってきてくれという。えらいことになった。しかし、沖野牡丹とまたいっしょに活動できる、その喜びもまた大きかった。部室を出ようとしたとき、委員長の本原くんが資料に向かったままぼくを呼びとめた。

「あ、きみきみ。カメラ持ってるかい。持ってないなら、ここにあるから、えーと、あ、これがいいな。これを使うといい」

本原くんは後ろ向きのままカメラを差し出した。ぼくは、ちょっと重いそのカメラとフィルムの箱をいくつか受けとり、あいさつもそこそこに廊下に出た。

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