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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢追いサクト

作者: 橙式部

※人によっては不愉快となる表現が含まれます。

流血や生物を殺める描写が苦手な方はブラウザバックを推奨いたします。予めご了承ください。

「えっ、家が燃えた?」


思いのほか大きな声が、廊下に響いた。

いつもの放課後、いつも通りに友達の志保と渚と()べって遊んで帰ろうかな、なんて話していた矢先の事だった。

大家さんからかかってきた一本の電話が、まさかこんなにも悲惨な内容を告げるものだったなんて。

唖然(あぜん)として立ち尽くしていた私のそばを、笑い声を上げながら同じ制服を着た男女が通り過ぎていく。

ハッとして歩みを進めると、電話口から「御子柴(みこしば)さん?」と私を気遣うような音声が聞こえてくる。


「す、すいません。驚いてしまって……え、本当に家が燃えたんですか?」

「ええ、そうなんです。一軒家丸ごと全焼。運が良いのか悪いのか、他の建物には焼け移った跡は無いそうです」

「え、えぇー……」

「それで、ねえ。悪いんだけど……御子柴さんの住む場所がねぇ」

「ああ、そう、ですよね。はい。家が燃えちゃったなら、仕方ない……仕方ない、のかなあ?」


曲がり角だった。

未だ淡々と告げられる内容が頭に入ってこない私の鈍足が、足を進める。

視線が掲示物の貼られた壁から、曲がり角の奥に向かった時──無情にも、私にぶつかってくる人影があった。

家が燃えたのに。人とぶつかるなんて。ツイてないことだらけだ。


「──あ」

「い、痛ッ!?な、なに……?」


例えるならどん、とかどっかーんなんて鈍い音と共に、後ろに軽く吹き飛ばされる。

それと同時に何かを被ったのか、制服の裾まできっちりと濡れてしまった。咄嗟のことに頭が真っ白になる。

視線の先には、さくと、と平仮名で書かれた白くて綺麗な上履きがある。

その上のズボンも皺はあるけど汚れなんて見当たらない。


見上げると、そこには隈が目立つ長身の男子生徒が立っていた。切れ長の目に、マスクをしているからか何処と無く体調が悪そうに見える。それに、見覚えの無い顔に、綺麗な制服から転校生かとも思うが、一年の終わりのこの時期に転校してくる物好きもそういないだろう。

そんな青年の、その手には空のビーカーが。


「か、化学薬品……!」

「じゃない。あぁー……やっちゃったな……あんた大丈夫?」

「え?ええと……」


目の前の男の子、というより彼は気だるそうに息を吐いた。かといって手を差し出されることは無い。

転んでなにか得体の知れない液体を被せられた私に気遣うような気配はない。言葉だけ大丈夫?と声をかけられたが、どちらかと言うと、頭大丈夫?のニュアンスだったのが気になる。

彼の言葉に、体のあちこちを見渡す。

制服が溶けるなんて恐ろしいことは起こっていないし、特別痛かったりもしていない。ただ少し、両目が熱いような気がしないでもないような、そんな程度なので言う必要は無いだろう。家が燃えたから、泣きそうだったのかもしれないし。


「別に、大丈夫ですけど」

「あっそ。じゃ」


そう吐き捨てて、あっさりと私の横を通り過ぎていく青年。


「は、はあ……?」


思わず拳を握り締めて立ち上がろうとしたが、不思議とそれはかなわなかった。











「ほ、本当に燃えてるー……」


帰宅後。

鼻を通る煤の臭い。隣家には全くといいほど影響を及ぼさずに全焼してしまった元我が家の姿がそこにはあった。

脱力してしまう。

明日からどうしよう。いや、むしろ今日からどうしよう。住む場所がないなんて、笑い事にもならない。

大家さんは代わりになる場所を直ぐに探すと言ってくれていたが、今日中には叶わなかったらしい。


「不運もここまでくると、笑えないなあ」


──不運。私の人生を振り返ると、まずはこの二文字が必要不可欠だろう。

まず、幼い頃に両親が蒸発。親戚の家にお世話になるも、何故だか行く家行く家で問題が起きた。

例えば今日のような火事だったり。居候先の子に嫌われて、虐められたり。優しい親戚の人に巡り会えたかと思えば、交通事故で失ったり……。思い出すのも辛い過去ばかりだ。

頼れる親戚を失ってからは、施設のお世話になっていた。その施設も、潰れたり、泥棒が入ったり色々とあったのだが……まあ、それなりに、良い暮らしはできていたと思う。

高校生になり、遠い親戚を名乗る大家さんに出会ってからは、初めての一人暮らしで大変なこともあった。けれどようやく生活に余裕も出来て慣れてきたら、今度は火事で我が家を失うなんて。我が家、というか借りていた家だけど。

なんでも、蒸発した両親が最後に暮らしていた一軒家だという。大家さんが引き継いだそうで、今は別の場所に住む大家さんのご好意でこの家を借りられるようになったのだ。

私には幼い頃の記憶はないが、それでも両親のことを恋しく思わない訳では無い。

大家さんも破格の値段で交渉させてくれたので、有難く住まわせて貰っていた。

そんな、家。


消防の人が帰ったあとなのか、近くの道は、湿っていた。

ローファーが脱げないように気をつけながら、立ち入り禁止のテープを跨いで中に入る。もちろん、周囲に人影が無いか確認してから。


「……写真、どこだろう」


赤ん坊の頃の私を抱いて微笑む母と、そんな母の肩を抱いた父の家族写真。私に残されたものは、それだけだった。家を移動する度に持ち出す荷物も、それだけ。

そんな大切なものも、見つからなかったと言われていた。

けれどどうにも諦めきれない。

せめて今晩だけでも探さなきゃ。


煤だらけになる手や服に構わずに、瓦礫のような木片などを避けて探し続ける。

しばらくそうしていただろうか。

数時間ほど経った頃、背後で物音がした。

今夜は雲で月があまり見えないから、油断した。


「……!」


慌てて隣の家の塀の影に身を潜める。

人影は無かった。

その人影に、首を傾げる。

2メートルほどのシルエットは、家のあった土地のちょうど中央に立っていた。


(お、大きくない?)


住宅街であるこの辺は、人通りも少ない。

家の前の道を、一台のトラックが通り過ぎる。その車のライトに照らされた姿に、思わず息を飲んだ。


赤黒い皮膚に、腕が二本以上ある生物。その腕がうねうねと波打つように動いており、よく目を凝らせばそれには巨大な吸盤のようなものがついていた。

()()は家の残骸を貪り、食べていた。

その異様な光景に、喉が引き攣り、意図せず音が出る。

後ずさろうとするも、背中は塀に当たる。


「ひっ……」

「……ァ…ァあ゛?」


目が合った。そう思ったのは、何故だろう。

吸盤が腕先から体の中央へと増殖していく。

そして体中をびっしりと埋め尽くすと、瞬きをするように吸盤が開閉を繰り返す。


「ゃ、嫌……!」


それは吸盤を張り付かせながらこちらへと近付いてきていた。

開閉していた吸盤は一気に閉じ、そして一拍置いたかと思うと、目のような器官が生え、こちらをぎょろりと見つめてくる。

頭の頂点が、開いた。

花が咲くように裂けた頭を枝垂れるように下ろすその化け物から目が離せない。

開いた穴の中には、びっちりと無数の目と、歯が埋まっていた。


「……っぁ」


ようやく、金縛りが解けたように、体の感覚が戻ってくる。

道路の方へ、駆け出そうとした私を、伸びてきた太い腕のような何かが塀へと突き刺した。貫かれた肩先と脇腹がぬるりと濡れる。

一瞬遅れてから、熱い棒で体の中を弄り回されているような不快な感覚と痛みが、同時に私を襲った。


「……い、たい痛い痛い痛い!」


ガンガンと脳内に警鐘が響き渡る。

これは、やばい。普通じゃない。

逃げなきゃ行けない、のに。逃げられない!


私を捕らえた化け物は、その大きな口を開いて近付いてくる。

真ん中から、牛よりも大きそうで肉厚な舌が伸びてきて、私の頬を舐めた。

がくがくと震える体が、さらに言う事を聞かなくなる。涙が、零れた。


「……はぁ」


誰の吐息か、なんてことを考える余裕はなかった。

音か、あるいは声がしたと思った次の瞬間には、血飛沫が舞っていた。

夜空に浮かんで落ちてくるそれを真正面から浴びながら、私、助かったの?なんて呑気に考える。

それとも、死ぬの?


血飛沫を上げたのは、私を襲っていた化け物の方だった。

首──に値する部分から上が鋭利な刃物で斬られたように無くなっており、その向こう側が見える。

そこには、金髪の青年が血まみれで立っていた。その手には、刀。


「……だ、れ……?」


私の問いに、青年は首を傾げる。

そうしてその視線の先に、私を収めたかと思うと納得したように頷いた。

私の問いには、答えてくれない。

刀を鞘にしまうと、コスプレのような不思議な格好で立ち尽くしている。

やたらとチェーンや布が多い割に、上半身は薄着だ。


「……ォ……」


ばたりと音を立てて倒れる化け物の巨体に、ひっと息を漏らしながら飛び退ける。

そんな私を見て、嘲笑ったかと思うと、青年ははた、と動きを止め私ににじりよってきた。


「え、え」

「見えたの?」


意外と、足は早い。

綺麗な瞳が、私を睨みつけていた。


「ば、化け物……のこと?」

「そう。悪夢(メア)、なんで見えるんだ?」

「め……なに?ていうか、貴方は一体……」

「サクト」


そこで初めて、青年の姿をきちんと見ることが出来た。

月が、雲間から覗いたからだ。

月光に照らされたその肌は、白いを通り越して透明な程だ。透き通るススキのような金髪に、外国人のような薄水色の瞳。見つめるのも憚られるような色気を湛えた視線に、うっと声が出なくなる。

どこからどう見てもイケメン。イケメンって言うか、美形。


(でも、どこかで見た事があるような……)


眉間に皺を寄せ、じっと見つめていた私をうっとおしそうに一瞥すると、サクトと名乗った青年は私を押しのけた。


「見るな。気持ち悪い」

「きもっ……!?酷い!私はただ、助けてくれたなら、お礼を言おうと思って……」

「それでガン見?頭大丈夫?」

「あ、あー!!あの時の!怪しい人!」

「は?」

「声、廊下でぶつかった人と一緒だ!でも、なんで金髪?それに目も、黒かったのに」

「……あんた、それも見えてんの?」

「それって?」

「いい、あいつに説明させる。ついてきて」


サクトは二言を許さない雰囲気でそう告げると、再び刀に手をやる。


「ぅえ、刀!?じゅ、銃刀法違反!」

「バレなきゃセーフ」

「いやダメでしょ!」


サクトは先程倒した化け物の死骸に近寄ると、その化け物の一部を切り取って、何かの入れ物へと詰めた。

そして御札のようなものを取り出すと、残りの肉片に貼り付ける。

すると、周囲に散らばっていた肉片たちや瓦礫が眩い光を放ちながら消えていく。

初めから何も無かったかのように、火事の跡も消えていた。


「わぁ」

「これも説明しないから」

「ケチ」


不謹慎だけど、綺麗な光景だった。

サクトは刀を振り払う……というよりは、汚れを吹き飛ばすような動作をしたと思うと、鞘に戻し、肩に背負ったギターケースの中へとしまい込んだ。


「これからどこへ行くの?」

「僕の家」

「……え」

「その目のことも、火事のことも説明してあげるから。僕じゃないけど」

「ど、どうしてそんなこと知ってるの……?!」


サクトは私の疑問には答えず、好きなように語り出す。


「あれが見えて無事なんて、ラッキーだったね」

「……へ?」

「普通なら死んでた。感謝してよ」


ポケットから個包装のガムを取りだしたサクトはそれを口に含むと、まるでCMのような綺麗な風船を作り上げた。


(ついて行って、いいのかな)


ダメな気がする。だけど、またあんな化け物が現れたら。そう思うとゾッとする。

どうせ、住む家はなくなった。一晩だけでも夜を過ごせたら。

少し考え込んでいるうちに、サクトはずっと先の方へ歩みを進めていた。


「これさー、あんたの?」

「え?」


遠く、サクトの手には、写真立てが握られていた。あの家で、写真立てなんてひとつしかない。

どうして、サクトが持っているのか。

そんな疑問などすぐに弾け飛んだ。


「ま、待ってよ!」


足の長いサクトに追いつくには、小走りでその後を追いかけなければならなかった。

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