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屁っこき娘と噓つき坊ちゃま  作者: 青戸部ラン
二章 本物の嘘つき
7/24

7話

 次の日、夏花は自分の名を呼ぶ声に深い眠りから引きずり出された。


「夏花、起きて!」

「う、う~ん……巴ちゃん?」

「いつまで寝てるのよ。みんな呼ばれてるんだから、早く準備して!」


 目を開くと、すっかり支度を整えた巴が夏花を覗き込んでいた。


「全く、昨日も急にいなくなったと思ったら、いつの間にか戻ってきて寝てるんだもん。びっくりしたよ。何してたの?」

「あ、え、えっと……」


 巴に問われ、夏花は昨日の出来事を思い返した。だが巴には到底説明できない内容の数々に、夏花はさらに答えに窮することとなった。


(ご主人様が呪いを食ってやつれた姿を、私の屁が持つ浄化の力で元に戻した……なんてわけわかんない話、どう説明するのよ~っ!)


 夏花があれこれ言い訳を考えていると、天の助けが現れた。ちょうど通りかかった同僚が二人の姿を見かけて声をかけたのだ。


「ちょっと、二人とも早くしないと!」

「あ、そうだっ! 夏花、後でね。私先に行ってるから」


 巴はそう言い残してバタバタと去っていった。一人残されホッと安堵の息をついたのも束の間、夏花は「あ、いけない!」と慌てて支度をし始めた。


 朝の支度もそこそこに使用人たちが集められたのは、夏花たちのような下働きが足を踏み入れることなど許されない広間だった。


 突然の招集にどの使用人たちも近くの者とひそひそと囁き合っていた。中でも女中たちは滅多にない事に興奮を隠せずにいるようだった。


「ねえ、急に何?」

「どうもご主人様が皆集まるように命じたらしいわよ」

「ご主人様って? どうして? もしかしてとうとうお身体の具合が……!」

「違うわよ、きっとご結婚なさるんじゃ? 昨日奥様がお見えになっていたでしょ」


 好き勝手に噂する女中たちを横目に、夏花たち下働きは隅の方に控えていた。まさか座敷のど真ん中に行くほど肝は据わっていない。


「ねえ、巴ちゃん、私もう戻っても良いかな……?」

「え、それは駄目でしょ?」


 冷静に巴に返されたものの、夏花は冷や汗が止まらなかった。


(人がたくさん集まるところは苦手なのよ……。みんなぺちゃくちゃ適当な噂ばっかりで、屁が……うっ、また……)


 噂の中に混ざる嘘を聞き、夏花の腹は大忙しだったのだ。

 夏花は止まらない屁の感覚が限界を迎える前に、片尻を静かに持ち上げすかすことに決めた。


(仕方ないわね、母ちゃんの説教の時に身につけた秘技『すかしっ屁』。慎重に尻から空気を逃がせば音がしないのよ)


 コツは片足で尻を抑えることだ。空気の逃がし口をなるべく広げるのだが、油断するとその時に音が出てしまう恐れがある。


 夏花はゆっくりと右の尻を持ち上げ、正座するかかとの上に尻を乗せた。


(静かに、慎重に……)


 夏花は慎重に尻に空気を押し出そうと、腹に力を込め始めた――

「な、夏花!」

「えっ!?」


 ――プッ


 突然呼びかけられた夏花の尻から、軽い音と共に屁が飛び出した。しかしその音は周囲のざわめきでかき消され、誰かの耳に届くことはなかった。


 夏花に声をかけたのは隣にいた巴だった。ひとまずほっとした夏花は巴の視線を追った。そこには上座に座る冬史郎と、後ろに控えた八尾の姿があった。

 どうやら先ほどのざわめきは、冬史郎が広間に入ってきたときに起こったものらしい。

 巴が興奮した様子で夏花に声をかけてきた。


「ね、ねえ! 誰、あれ? ご主人様?!」


 どうやら皆、冬史郎の姿に驚いているらしい。それもそのはず、冬史郎と言えば亡霊のような不気味な姿のはずだった。しかし今目の前に立つ冬史郎の姿は、健康な肌艶をした爽やかな美青年なのだ。


「素敵……。ねえ、ご主人様ってあんなに素敵だった?」

「さ、さあ?」


 巴はため息交じりに冬史郎の姿を見つめている。周りを見れば同じように頬を赤らめて、うっとりと冬史郎を見つめる女性がちらほら見受けられた。


「……というわけで、どなたか一人に冬史郎様のお世話をお願いしたいのですが――」


 辺りに気を取られていた夏花は、八尾が何か説明していたことを全く聞いていなかった。それよりも一刻も早くこの場を立ち去りたい、その一心だった。


(ん? 何か、視線を感じるような……)


 伏せた頭に刺さる視線に、夏花はふっと顔を上げた。バチっと音がなるほど勢いよくぶつかった視線の主は冬史郎だ。

 はるか遠くから投げかけられた視線に応える形となってしまった夏花に、追い打ちをかけるような八尾の声が響いた。


「山田夏花さん、お願いできますか?」


 その声に、広間中の人間が冬史郎の視線の先にいる夏花を探し当てた。


「夏花、なんであんた。もしかして……」


 グサグサと身体中に刺さる視線の鋭さに、夏花は隣で小さく呟く巴の声に答える余裕も持てなかった。


「は、はひ……」


 夏花の上げた情けない返事に、冬史郎だけが満足そうに頷いていた。

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