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屁っこき娘と噓つき坊ちゃま  作者: 青戸部ラン
一章 屁っこき娘と嘘つき坊ちゃま
5/24

5話

 ――(のろ)い。

 夏花はその言葉を怪談話の中でしか聞いたことが無かった。自らの体質のこともあるせいで「世の中には目に見えない力がある」と常々思っている夏花ではあるが、冬史郎の口から聞いた「呪い」はいまいち信憑性が薄かった。

 しかも「食べる」というのはどういうことなのだろうか。


「“呪い”を食べる?」

「そうだ。最近はどの流派の呪いか『利き呪い』もできるようになったぞ」


 夏花の問いに冬史郎は得意気な顔をしてみせたが、そういうことを聞いているのではない。


(そういうことを聞いているんじゃないんだけど……。八尾様早く戻って来てくれないかしら。間が持たないわ。とりあえず、何か質問を……)


「えっと“呪い”とは食べられるものなのですか? それになぜご主人様が?」

「食えるぞ。僕は、というか丹羽の家はそれを生業にしているんだが、君は知らなかったのか?」


 冬史郎は「まさか」と言わんばかりに逆に驚いて見せた。夏花はひとまずこくりと頷いたが、さらに冬史郎は目を丸くしてしまった。


(そんな話、知るわけないでしょう。というかそんな裏事情を知っていたら、そもそも奉公先に選んでないわよ)


 初めて聞かされた事情よりも、冬史郎の表情にムッとした夏花は何か言い返そうと口を開いた。だが、それよりも早く落ちた声があった。


「当たり前です、坊ちゃま。ただの使用人が知る訳ないでしょう」

(――っ!? は、八尾様! というか、どこから? 襖も開かなかったし、戻って来た気配なんて感じなかったわ)


 突然会話に割り入ったのは八尾だった。戻って来た気配を全く感じなかったせいで、夏花はその場で浮き上がるほど驚いた。

 だが八尾は心臓が飛び出そうになっている夏花のことなど視界に入っていないように、冬史郎だけに厳しい視線を向けた。


「坊ちゃま、最後にもう一度聞きますが、夏花さんに教えるのは坊ちゃまの身勝手さです。これで夏花さんが拒否したと言って、坊ちゃまは夏花さんを責めることは出来ませんよ」

「なんだって?」


 冬史郎が不服そうに声を上げた。

 八尾の語った内容は至極当然のものだ。だが冬史郎の反応からは、夏花が断るはずないと思って疑っていないことが見て取れた。

 八尾は残念そうに肩を落とし、深いため息をついて見せた。


「はぁ……。夏花様にもお気持ちがあるのですよ。坊ちゃまはもう少し他人に興味をお持ちになるとよろしいですね」

「……うるさい」


 冬史郎が口をつぐんだのを見届け、八尾は夏花に向き直った。今度は夏花に厳しい眼差しが向けられる番だった。


「夏花さん、坊ちゃまの我儘に巻き込んでしまって大変申し訳ありません。もしご不安ならここで部屋を後にしてもらって構いません。もしお辞めになりたいというのなら、口留め料として給金は三倍お支払いします」

「三倍……?」

「それほどに怖い物見たさ、というには少々荷の重いものかもしれませんから」


 相変わらず向けられる視線は厳しいものの、八尾の語りは夏花を試すような雰囲気すらある。


「私は……」


 夏花の声には自分でもわかる程の迷いが感じられた。


(給金三倍は魅力だわ。それにこんな不気味な家、早く出て行った方が良い気がする……)


 夏花はちらりと冬史郎を見た。さっきから不服そうにムッとしている冬史郎は、夏花の視線に気づいたのかムッとした表情のまま口を開いた。


「僕だって馬鹿じゃない。君の不安くらいわかる。君の屁は魅力だが嫌なら辞めればいい」


 ――ポコ


 驚くことに夏花の腹の中で屁が湧き上がった。夏花は思わず冬史郎の不満げな顔を見つめた。伏せた睫毛は長く、頬に影を落としていた。


(え、どこ? 今のどこに嘘があったの? ……まあ、私の秘密を知ったからせめて痛み分けをと思ってしまったのかもしれないけど……)


 夏花はスッと顔を上げ、冬史郎と八尾を順に見ながらはっきり答えた。


「いえ、教えて頂けますか。私の秘密だけ知られては、不公平です」

「――っ、夏花!」

「おや、そうですか……」


 夏花の出した答えを聞き、勢いよく顔を上げた冬史郎の顔は満面の笑みだった。


(いったい何に喜んだのかはわからないけど、素直にそんな顔をされて喜ばれると悪い気はしないわね)


 そんな冬史郎と夏花の様子を見ながら、八尾がどこからともなく取り出したのは白木の小さな箱だった。ゆっくりと開く箱の中を、夏花はジッと覗き込んだ。


(これは、鏡? 可愛い蒔絵だけど、話を聞いていたせいかしら……なんだか怖い)


 白木の箱の中には片手に収まりそうな手鏡が入っていた。夏花には恐ろしい物のように見えた手鏡だったが、冬史郎は躊躇いなく手に取り、眉間にしわを寄せながら眺めている。


「はぁ……。嫉妬、羨望、憎悪……女の情念は腹がもたれるんだよな」

「おや、この手のものは昔から得意ではないですか」

「何だ、八尾。さっきから少し口がすぎるぞ」


 ニヤニヤと見つめる八尾を睨みつけ、冬史郎は好奇心と恐怖でそわそわしてしまっている夏花に目を向けた。


「見てろ、これが“呪い食い”だ。そうそう、食い終わったらすぐに屁をこいてくれよ」

「はいっ?」

「……いただきます」


 屁の依頼に驚く夏花に返事もせず、冬史郎は手鏡の前できれいに手を合わせた。

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