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屁っこき娘と噓つき坊ちゃま  作者: 青戸部ラン
三章 接触、そして暴発
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18話

 時は艶子と夏花が二人、向き合っていた場面までさかのぼる。


「あなたがどのくらい知らないふりをしているのかわからないけど、私が勝手に教えたのですもの、あなたのせいではないわ」


 艶子はきっと夏花が深雪について知らないふりをしていることに気づいているのだろう。夏花に恩を売るような物言いをすると、嬉々として深雪との思い出を語り始めた。


「私はかつて深雪様の側付きだったのだけど、その時に丹羽家の秘密“呪い食い”を知ったの。あなた、“呪い食い”は知らないのよね?」

「初めて、聞きました……」


 夏花の背中にはじっとりと汗がにじみ出した。腹の中では嘘をついたことで湧き出た屁が溜まり始めている。


「本当に気味が悪いのよ。どんどん生気が奪われていくんですもの。ああ、気持ちが悪い。ねえ、夏花さんも前までの冬史郎さんを見て『気味が悪い』と思ったでしょう?」

「いえ……。ご主人様は素晴らしいお方です」


 ポコ、ポコと屁が湧く。

 嘘だ。夏花も確かに「気味が悪い」と思った。けれど艶子の言葉に正直にうなずくことは出来なかった。

 グッとこらえるような夏花を見て、艶子はさらに笑みを濃くした。


「うふふ、かわいいわねぇ。そうそう、話は戻るけれど、深雪様はね――」

「奥様、私は――」

「深雪様は呪いの食べ過ぎで死んだの」

「え……?」


 艶子は冬史郎と自分との関係について思い違いをしている――そう告げようとした夏花に、衝撃的な一言が浴びせられた。


(“呪い”の食べ過ぎで亡くなった……? やつれていくだけじゃなく、命にもかかわるってこと……?)


 夏花の胸に勢いよくこみ上げる戸惑いは表情を繕うことを妨げた。それまで平然としていた夏花が驚いたことに、艶子は一瞬嬉しそうな顔をしたもののすぐに笑顔を引っ込め、憂わし気にため息をついて言った。


「冬史郎さんを守ろうとしたらしいわ。普段以上に呪いを食べたのよ、あの人……。かわいそうに、あっという間に儚くなってしまったわ」

「そんな……」


 艶子の言葉に屁は湧き出なかった。つまり彼女の語る出来事は事実なのだ。

 初めて知る事実に言葉を失った夏花に向かって、艶子は思案顔を作る。


「ねえ、夏花さん。……と、すればよ? 冬史郎さんももしかしたら、命の危険があるかもしれないわよねぇ」

「わ、私は何も……」


 夏花は慌てて戸惑いを引っ込めようとしたが、時すでに遅し。艶子は確信を持ったように畳みかけた。


「このまま“呪い食い”なんて悪しき風習を続ける必要があるのかしら。冬史郎さんも今まで頑張ってきた分、これからはのんびり暮らせたら幸せなんじゃないかと思うのよ」

「私は……」

「夏花さんから冬史郎さんに言ってもらえたら、あのお方の心も動くと思うのよね」


 艶子の声は甘く、重たい水あめのようだった。夏花の耳孔にするりと入り込み、夏花の頭の中に絡みついていく。


(もし、このままご主人様が“呪い”を食べ続けたら死んでしまうかもしれない……? まさか、あんなに元気なのに?)


 目に浮かぶのは夏花の屁を吸って、憎らしいまでに清々しい顔をしている冬史郎の姿だ。しかしそれまでの彼は不気味な亡霊のような姿で――。


(『呪いを食うのはつらい』って言っていたけど、あれは身体もつらいってことだったかもしれない。それなら私の屁をあれほど求めるのも理解できるけど……。だけど、だけど……)


 胸にこみ上げる釈然としない思いに名をつけるより早く、夏花は嘘をつき続けた自分の腹の限界を悟った。


「夏花さんにしか頼めないのよ」

「そんな話……」


 絞り出すような夏花の声に、艶子が不思議そうな顔をした。その瞬間――、


「そんな話! 私はもう聞きたくありませんっ!」


 ブバァァァンッッ!!


「――キャァァッ!?」


 激しい破裂音と共に巻き上がった凄まじいつむじ風に、艶子はゴロゴロと座敷を後ろ向きに数回転し、乱れた髪を直しもせずに慌てて起き上がった。

 艶子の目に飛び込んで来た夏花は青い顔をして何も言えず固まっている。その姿に今自分の身に起こった出来事を悟った艶子は、わなわなと唇を震わせながら睨みつけた。


「あ、あなた……? 今の、まさかおなら……」

「何の音ですか……って、はぁっ? なんで艶子様が?」


 そこに音を聞きつけて現れた八尾は室内を見るなり目を見開いた。


「なぜあなたがここに居るのです、暇なんですか!? はっ、夏花さん! 大丈夫ですか?」


 八尾が駆け寄ったのは夏花だった。どう見ても吹っ飛ばされた艶子の心配をするでもなく、下働きの夏花を気遣っている。しかも自らの来訪まで咎められたことで、艶子の顔色はみるみる真っ赤になっていった。


「ここまで侮辱されたのは初めてだわ。覚えていなさいっ!」


 そう叫び、すっくと立ちあがった艶子は身なりを整えることもせずに、ドカドカとはしたないほどの足音を立てて部屋を去っていったのだった。


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