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屁っこき娘と噓つき坊ちゃま  作者: 青戸部ラン
一章 屁っこき娘と嘘つき坊ちゃま
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1話

勤め先の主人に屁を吸われる主人公の話です。

それだけだとぎりぎりアウトな話ですが、とにかくよろしくお願いします。苦手な方はお控えください。

 ――ブボンッ!!……プスゥ~

「はあ、すっきりすっきり」


 尾を引いた残りっ屁が少々残念だったが、おおむね満足のいく放屁に清々しい気持ちで夏花(なつか)が顔を上げると、雇い主・丹羽冬史郎(にわとうしろう)の驚いた顔が目の前に現れた。


 時よ止まれ――

 この時、山田夏花はただそれだけを願った。


 ◆


 山田夏花には秘密がある。

 それは「屁」だ。

 いつもは人並みの屁の頻度なのだが、「ある事」によって頻度が倍増してしまう。そして今日、その「ある事」が夏花の働く丹羽家の屋敷で頻繁に飛び交ったのだ。その結果、腹の張りに耐えられなくなった夏花はこっそり持ち場を抜け出し、裏庭の植え込みに隠れて思い切り放屁した……、までは良かった。

 屋敷の中にいるはずの冬史郎が目の前に現れるなんて、夢にも思わなかったのだ。


「ぁ、あ、あの、もも申し訳あ……」

「ねぇっ、今のは君かい?!」


 恐怖と羞恥に震える夏花がようやくの思いで絞り出した言葉を遮るように、冬史郎が前のめりで声を上げた。前のめり過ぎて植え込みに半身埋もれてしまっているが、それにも気づいていないのかギラリと光る冬史郎の視線はまっすぐに夏花を捕らえ、離さなかった。


 二年前、雇い入れの時に初めて会った冬史郎はまるで亡霊のようにやつれ果てた姿だった。青白い頬にくぼんだ目の奥だけがギョロギョロ動く様子に夏花は生理的な嫌悪感を抱いた。

 さらに冬史郎は気難しく神経質な性格として、使用人の間では評判だった。


(そういえば前に聞いたことがある……。お茶を溢した女中が牛や馬みたいに怒鳴られたって……)


 今、夏花はそんな気難しい主人の前で屁をこくという大変な粗相をしてしまったのだ。自分を睨みつけている冬史郎は相当怒っているに違いない。


(こ、怖いぃぃ……っ)

 

 亡霊のような冬史郎が睨みつける迫力はすさまじいものだった。

 夏花は無意識に息を止めてしまっていた。指先が冷えてしまっている。


(ご主人様の前で粗相してしまったんだもの。屋敷を追い出されるのは確定ね……。ここで屁をこいたことを誤魔化して恥の上塗りをするよりは正直に認めた方がいいのよ。屁に悩まされ続けて十七年。ずっとそうしてきたじゃない、夏花。誤魔化してバレるほうが恥ずかしいんだから……)


「答えてくれ。今の屁は君なんだな?!」

「は、い……」


 夏花は腹をくくり、止めた息を吐き出すように正直に答えた。どんな叱責が待ち受けているのだろうか。きっと罰も受けるだろう。

 身体を大事に、と送り出してくれた故郷の両親と弟たちの顔が走馬灯のようによぎって消えた。

 

 だがそんな夏花の不安をよそに、冬史郎は夏花の顔をグイッと覗き込み、目を爛々とさせ驚くべき一言を放った。


「頼む! もう一度屁をこいてくれないか!」

(そうよね。当然もう一度屁をこいて……)

「……って、はぃっ?!」


 夏花はこの時生まれて初めて屁を催促された。



 夏花は自分の体質が人と違うことに気づいてからその事を恥じて生きてきた。十五になった年、夏花は奉公に出た。同年代の娘ならそろそろ嫁ぎ先を決める頃だがポンポン屁をこく娘に貰い手があるわけがない。そう思った夏花は自ら奉公に出ることを決めた。すかしっ屁は完璧に習得していたし、下働きなら人前に出ることも少ないだろうと踏んでいたのだ。


 夏花の奉公先であるこの屋敷は、国の中央官僚である丹羽利冬(としふゆ)の屋敷だ。利冬は帝都にある職場近くに居を構えているため、街中から離れたこの屋敷には現在は冬史郎が一人で暮らしている。冬史郎の実母の深雪(みゆき)はすでに他界しており、継母の艶子(つやこ)と腹違いの弟である一之輔(いちのすけ)がいるが、彼らがこの屋敷に寄り付くことはない。


 丹羽家は帝の血を引く由緒正しい家柄だ。しかし最近は使用人が不足していたらしく、経験の無い夏花でも下働きとして雇ってもらう事が出来た。

(まぁそれもそうね。こんなに不気味で神経質なご主人様だからなぁ、経験のない私が雇ってもらえたのも納得ね……)


「どうすれば出るんだ? 芋か? 豆か? 栗か?」

「え、え、え、何を……」


 すっかり意識を飛ばしていた夏花に、冬史郎は矢継ぎ早に問いかけてきた。


「屁だよ! 君がしたんだろ? さっきの音は」


 冬史郎は植え込みにさらに入り込み、後ずさりする夏花の肩をガシっと抑えて言った。


「いいか、これは命令だ。どうにかして屁をひり出してくれ」

(ひぃぃっ、怖いっ!)


 冬史郎の狂気じみた迫力に、夏花の冷静な思考は霧散してしまっていた。気がつけば口が勝手に動いていた。


「う、う、そを……」

「ううそ?」

「“嘘”ですっ! 嘘を見たり、聞いたりすると……、屁をもよおします……」


 尻つぼみになりながらも夏花は冬史郎に自身の秘密を明かした。


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