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プロローグ:大きな声で「いただきます」

「ねえ、(なぎ)くん。デザート、食べませんか?」


 ぺりぺりと音を立てて絆創膏を剥がすと、華奢な首に残った傷が露わになった。雪原に赤いインクをポツンと一滴垂らしたように、白い肌に血が滲んでいる。未だ生々しい傷は、昨日おれが噛みついた跡だ。

 カーテンを締め切った薄暗い部屋の中で、彼女の輪郭だけがやけにクリアに見える。ドッドッと鳴り響く心臓の音がうるさい。


「はい。デザート、どうぞ」


 そう言って目を細めて微笑んだ彼女は、ぞっとするほど妖艶に見えた。ふわふわと漂ってくる甘ったるい血の匂いに、なんだか頭がくらくらしてくる。


「……えーと、一番ヶ瀬(いちばんがせ)さん。ど、どういうこと?」


 やっとのことで喉から絞り出した声は、みっともなく震えている。彼女は笑みを浮かべたまま、じりじりとこちらに近付いてくる。


「わたしの血、飲んでください」

「…………い、いやいや、それはダメだろ」


 おれは勢いよく首を横に振ると、華奢な両肩を掴んで引き剥がした。むーっと子どものように不満げに頰を膨らませた彼女に向かって、諭すように言う。


「い、一番ヶ瀬さんだって嫌だろ。噛みついて血飲まれるんだぞ」

「わたしは全然嫌じゃないです。お互い同意のうえでの吸血行為は、犯罪じゃありませんよね?」

「そうだけど……こういうのは、ふ、普通もっと親しい間柄でやるもので……」

「もう飲んじゃったんだから、一回も二回も同じですよ。ね?」

「で、でも……」

「献血でも、ペットボトル一本分くらいの血抜かれるんですよ。ちょっとくらい薙くんに飲まれてもへっちゃらです」

「き、昨日倒れてたし……」

「うら若き処女の血が一番美味しいんですよね? そういうことならわたし、お役に立てると思います!」

「しょっ……!?」


 思いのほかストレートな表現に、おれは両手で顔を覆った。そんな言葉、クラスメイトの口から聞きたくはなかった。余計な情報を知ってしまった……と思うと同時に、腹の底からある種の欲望が湧き上がってくるのを感じる。しまった、これはまずい。


「薙くんはわたしの血、飲みたくないんですか?」


 そう言って、彼女はまるで挑発するかのようにおれの顔を覗き込んできた。長い睫毛に縁取られた目はぱっちりと大きく、僅かな光を反射してきらきらと輝いている。

 ――ああ、こんな魅力的な誘惑に抗えるはずがない。おれはもう、彼女の血の味を知ってしまった。今目の前にいる女の子に流れる血は、脳髄がとろけるほどに甘いのだ。


「………………飲み、たい」


 観念したおれに、彼女は心底嬉しそうに微笑む。「じゃあ、どうぞ」と差し出された首は細くて白い。そこに牙を立てる妄想をして心が逸る。

 とはいえ首に噛みつく勇気はなくて、おれは彼女の柔らかくて小さな手を取った。まるで何かの儀式かのように、そっと指先に唇を寄せる。

 こういうとき、何と言うのが正解なのだろう。黙って噛み付くのはマナー違反だろうか。

「ありがとう」? 「いきます」? 「よろしくお願いします」? なんだかどれもしっくりこない。

 おれは少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「……い、いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」

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