幸福論
うちの父はアホとクズを混ぜて人の形になったものが服を着て歩いてる様な人で、下らない下ネタやギャグとギャンブルが絶えなかった。それでも僕と妹にはよく遊んでくれるお父さんで、頼れる大人だった。そんな父が家族思いで真面目な母と離婚するのも時間の問題で、父は僕を、母は妹をそれぞれ連れて僕たち家族は離れ離れに変わってしまった。
それから10年も経ち、僕は高校一年生へと成長した。元々稼ぐ力が無くて働いていなかった父は、僕を養うため無理に働いて、ストレスや疲労で体を壊し2年前に他界した。頼れる親戚も居なければ、母とは連絡を取る方法がない。だから、亡くなる前の父が数年ぶりに行ったギャンブルで、山の様に当てたお金を使って1人で生活している。
歳を重ねて行くに連れて父も丸くなっていった。あの人が変わってしまった事が少し寂しかったけど、父の目はそれでも毎日生き生きとしていた。今思えば、そう思っていただけで本当は変わっていなかったんだろうな。
高校一年生になった僕は、大袈裟に言うと生きる理由を探していた。細かく言うなら色々あるんだろうけど、ひとりぼっちだった事が一番大きい理由だったのかもしれない。
その日は昔の夢を見て飛び起き、中々寝付けなくて、風に当たろうと夜の街をフラフラと彷徨っていた。何も考えず彷徨っていると、シャッターの閉まった商店街に着いた。そこで彼女と会ったんだ。黒いパーカーに硬そうな青み掛かったジーンズを着て、短い髪をそよ風に靡かせギターを弾き、夜に溶け込む彼女に。
自分でも不思議なんだけど、彼女を見た瞬間に僕は心が軽くなった。生きてていいんだ、生きてるって凄いことなんだって、勇気をもらえた気がした。いつの間にか僕は彼女に話しかけてて、小一時間くらい二人で広い商店街の端に座って時間を過ごした。
彼女の名前は藤田さんらしい、下の名前は教えてくれなかった。僕も彼女に習って早瀬と苗字だけ名乗った。藤田さんは大学2年生で、ミュージシャンを目指しているらしい。その夢を家族に反対されたから家を飛び出して一人暮らししていることも教えてくれた。
「早瀬少年は?」
彼女が僕に問う。僕は自然に自分が生きてる理由が見つけられないことを打ち明けていた。
「そっか、早瀬少年は人生の経験を沢山積んできたんだね」
「まぁ、はい」
「じゃあそんな君に私から質問」
「何でしょう」
この質問に答えれば何か変われる気がした。
「幸せの形や色って、どんなだと思う?」
「えっと、橙色の球体ですかね」
「なるほどなるほど、じゃあ答え合わせね。じゃあまずは形から。幸せの形って、家族と過ごす事とか恋人と過ごすとか、好きなことをするでも何でもいいんだよ。狡い答えだけど、人それぞれ。」
「そう、ですね」
「でも、色は黒だと思うな私は」
「えっ」
意外だった、この感じなら色も人それぞれと言われるとばかり思っていたから。
「理由は簡単だよ。早瀬少年、沢山の絵の具を混ぜたら何色になる?」
「黒ですね」
「そう、人の感情も一緒。一つの感情しか浮かべない人間なんていないんだから、真っ黒くなると思うの」
真っ黒...。
「だから君は、もう色を持ってるんだよ。何色も何色も。生きる意味を外から見つけるんじゃ無くて、もう持っているものを見直してみな」
「はい」
それから藤田さんとは暫く話して別れた。僕の持っているものについて早く考えたかったけど、どうしても眠くて、夢の中に落ちていった。
昔の夢を見た。僕が5歳の頃の、父さんと母さんと妹と僕で、暮らしている時の夢。さっき見た時の様な居心地の悪い感じはせず、幸せな夢だった。
目を覚ます。僕の顔がビショビショになっている事から、どうやら寝ながら泣いていたみたいだ。顔を洗って朝支度をした後学校へ行く。いつの間にか僕はもう、生きる理由を考えていなかった。その代わりいつもと同じ様に心臓がドクッドクッと動いているのがいつも以上に嬉しかった。