7話
受付所で試験の参加の受付を済ませたアリスは人を避け、少し離れた場所へ移動していた。人に見られたりするがうれしいと感じたアリスではあったが慣れていない状況でもあったため、少し気疲れしていた。
(服屋のときもだけど、女子って結構疲れるんだな。
まあ楽しいんだけど……)
受付所付近では長い列がつくられていた。どんどん受付を済ませているものの、列はその度に長くなっており、あまり長さは変わっていなかった。
ここまで人が多いのは、特待入学制度や学生支援制度があるからだけではない。魔術学園には膨大な量の書物、魔導書がある図書館や利益となる研究には多くの資金援助がされたり、さまざまな魔道具があるという研究者にとってはうれしい環境などなどの理由から入学しようとする者が多いのだ。
試験では魔力量や現時点での魔術の腕などが審査対象となる。ただし、魔力量が少なかったり、魔術がまだ未熟だとしても、簡単に落とされるということはない。試験官が受験者の行使した魔術から分析を行ったりするなどして、将来性があるとされれば定員はあるが、その中に入ることで入学できる。なおこれは特待入学制度を使わない者の話であり、使う者は現時点で優秀と言われる実力がなければならない。
アリスは木に腰掛けこれからのことをイメージし始める。
(まず試験、これはたぶん余裕だから問題なく入学できる。……で、入学した後はどうするか。魔術を楽しむ、これは確定。だけどこれだけじゃ面白くないからなぁ。
『アリス』の可愛さ使って男を骨抜きにしまくる……結構面白そう。
男と付き合ってみる……これはなんか嫌だな。『アリス』を好きになるのは良いけど、『アリス』を男に上げるのはなぁ。
うーん、ミステリアスキャラをやってみる……意外といいかも。
いろんなことに首を突っ込みまくる……面白そうだけど、収拾がつかなくなりそうなんだよな。
研究は、……絶対ない。もう研究三昧の日々は疲れる。
ホント何しようかなー)
「ねえ、ねえ、君キミ」
「?」
アリスは考え込んでいたせいで自分に近寄ってきた人間がいたことに気が付かなった。
前を見ると自分より少し背が高い女が立っていた。顔がどこか高揚したように少し赤く、息も荒い。手がなんかウニウニとさせていた。
「えっと、何でしょう?」
アリスはそう言いつつ、目は彼女の怪しい手を見ていた。まだウニウニと動いている。
その視線で手のことに気づいたのか、驚いたように手を後ろの方へ隠した。隠したのにまだウニウニ動いているのがアリスには見えてた。というか隠れきれていなかった。
「あのー、大丈夫ですか?」
「んっ、全然大丈夫だよ。大丈夫、大丈夫。ちょっと興奮じゃなかった、えーと、発作、じゃなくて、えっと……まあいいや、全然大丈夫、大丈夫だから」
「はぁ……?」
(あれっ? この人の着てる服もしかして、ここの制服?)
アリスは不審な女に驚きつつ、彼女が着ている服が魔術学園の制服であることに気がついた。才能ある人材を多く在籍させようとするせいでこんな変な人までいるんだなとかつての自分を棚に置きつつ、アリスはそう思った。
「それで何でしょうか?」
その後女は何か言い訳じみた言葉を発していたが、アリスが声をかけようとした頃には落ち着きを取り戻し、キリっとした表情となった。そこからはさきほどまでの不審な姿は感じられなかった。
「えっとね、君がなんか緊張しているように見えたから、ちょっとお姉さんがほぐしてあげようかなーて。ほら将来有望な子が緊張で学校に入学できなかったなんてしたら大変でしょ」
アリスは彼女の評価を不審な人だったけど良い人そうだと変えた。
そしてお礼を言おうとしたが、
「決してかわいい子にちょっかいを……とか考えてないから。マッサージでもしてリラックスさせようかなと思っただけだから。だから安心してそこに寝転んで! さあ! 今すぐ!」
続いた彼女のその言葉がそれを引っこめた。
前言撤回だ。
明らかな不審者だ。
完全にヤバイ人間だ。
後ろに隠したあのウニウニと動いている手がまた出てきていた。彼女の長い髪もどこかウニウニと触手のように動いているように感じてきた。
近くにいたほかの受験生は厄介ごとに関わりたくないのかすでに離れていた。アリスを助けてくれそうな人はいなかった。
「近いです。ちょっ近い、近いです!」
「大丈夫大丈夫、大丈夫だから。安心して寝転んで」
「どこを安心、きゃっ」
アリスは後ろに下がって距離を取ろうとするが、すぐに彼女は歩み寄ってくる。
どんどん早口でしゃべりながら近寄ってきた彼女の足に後ろへ下がろうとしたアリスの足が引っかかってしまい、アリスは倒れてしまう。そして彼女は倒れたアリスの体の上へのしかかり、アリスの体へ指を這わせ始め、
「会長いたー!」
そこへ小柄な女と寡黙そうな男がやってきた。女性は会長と叫びながらアリスへのしかかっていた女を指さしながら走ってきた。そしてその勢いのまま女へ横蹴りを入れた。
彼女はきれいに宙を舞い、木へ激突した。
「まーた女の子に手を出して。しかも今度は受験生? 何やってんの!」
「まだ手は出してないわよ! それにちょっかいじゃなくて、緊張をほぐしてあげようと、ちょっとマッサージをって……」
「分かりましたから。言い訳は後で聞きます。ひとまず今は戻りますよ。ノイル、この馬鹿連れてって」
「了解です。では行きますよ会長」
「あっ、ちょっと待って……もう少し、もう少しだけ」
「まだ仕事が残っているんです、諦めてください」
「嫌ぁー!!」
男は暴れ叫び、抵抗する女の首根っこをつかむとそのまま引きずっていった。
「大変ご迷惑おかけしました。受験頑張ってください。精神的苦痛があった場合はお近くの教師へ。はい、では本当に失礼しました」
早口でそう言って頭を下げると引きずられていった方へすぐに走っていった。
「なんだったの……」
女子だとこんなこともあるのかと普通に驚いていたアリスであった。
まだ彼女の叫び声は聞こえた。
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