3話
魔獣が生息している森。
そこは国から少し離れた位置に存在している森のため人が来ることもあまりない。そのため他の人間に知られるわけにはいかない研究をするのにはかなりうってつけの場所であった。魔獣に関しても、魔獣除けのお香を焚いたりしておけばほぼ安全。もうここで研究をしなさいと言っているような場所であった。
だが現在、場所をここにしたことを青年――アリスは後悔していた。
「いやぁぁぁぁ!! もうかんべんしろよぉぉぉ!!」
森を走る少女。
全力疾走である。
そしてそれを追いかける魔獣たち。ハウンドウルフにトレント、ロックアントの群れまでいる。
ここは魔獣が生息している森。
そう魔獣が生息している森である。そんなところで大爆発。魔獣は大興奮。さらには何度も大声、叫び声。この状態で魔獣に襲われないほうがおかしい。
魔獣除けのお香? すでに爆発で消し飛んだ。
魔獣を抑えるモノなんてない。
そしてその結果が今である。
アリスとして生きることを高らかに宣言したその直後、魔獣がアリスへと向かってきた。1匹であれば何とかなった。だが実際は1匹どころではなかった。森の隙間からどんどん出してくる、出てくるはであった。
その光景を見たアリスは一目散に走り始めた。
半年ほどは家に籠っていたのと、魔獣の失敗、自身のアリス化の衝撃などなど色々な要因が重なってしまい、ここにはたくさんの魔獣が生息していることが頭からスッポリと抜けってしまっていたのだった。
アリスは何度も曲がり魔獣を何とか振り切ろうとする。
トレントがスピードに追い付けず離れていく。
次にハウンドウルフはアリスを追うのに飽きたのかどこかへ行ってしまう。
少しずつアリスを追いかける魔獣は減っていったが、ロックアントたちだけはあきらめなかった。どこまでもどこまでもアリスを追いかけていく。
ロックアントたちは自身の牙をギシギシと鳴らし、普段は黒いはずの目は攻撃態勢を示す赤となって輝いている。
実は先ほどの爆発によりロックアントの巣が崩れ、不幸にも彼らの女王が死んでしまっていたのだ。まあ、つまりは敵討ち。自分たちの女王を殺した原因を感覚的にアリスだと理解し、女王を殺された復讐をしようとしていたのだった。
そんなことも知らないアリスはだんだんと追い詰められていた。
「なんでこっちからも来んだ!」
いくら逃げても引き離せず、少しずつ先回りされるようになっていた。
そして刻一刻と体力の限界は迫ってきていた。
アリスは木を背後にして立ち止まり、自分を追ってくるロックアントたちを見た。
その数はいつの間にか最初に追いかけてきていた数の倍以上となっていた。
ロックアントたちはアリスが止まるのを見るや追っていたスピードを落とし、囲うように広がり始めた。
「あぁー! もうこうなりゃ一か八か……
いや無理かぁ?……」
彼らは子犬ほどのサイズではあるものの、高い統率能力と強力な装甲を持っている。そのため彼らを倒す際はかなりの高火力が求められる。
だが今のアリスには先ほどの魔術に多大な魔力を使ったため、そこまでの火力を出せるほどの魔力は残っていない。それ以前に魔術をつくるのを優先しすぎて攻撃系の魔術はろくに学んでいなかった。使える魔術といえばフレイムぐらいである。
「いいや、やってやる。『アリス』には傷一つつけさせてやるものか! 来るなら来い、ロックアント!」
そう言いながらアリスはなけなしの魔力を体中からかき集める。
こんな状況でハイになっているのか体の調子は絶好調。今ならどんな魔獣だって倒すことができる、てか何でもできるという気分であった。
じりじりとロックアントたちは近寄っていく。牙はもはやギシギシではなくガリガリとなり始めている。
アリスは一度にできるだけ多く倒すため、慎重に魔術を放つタイミングを計る。
そして次の瞬間に、アリス目がけて飛びこんだ。
「フレイム!!!」
そこへフレイムを放つ。
放たれた炎は飛びこんできたロックアントたちを焼き殺していく。
火事場の馬鹿力からだろうか、思ったよりも大きい火力であった。
だが、焼き殺したのは飛び込んできたロックアントのギリ1割。残りのおよそ9割はなんの障害もなくアリスへと到達し、その体に牙を立てる。
鮮血が噴き出た。
地面が血に染まっていく。
悲鳴が上がったのはほんの一瞬だった。すぐにその全身がロックアントによって埋め尽くされる。
抵抗など無意味。
為すすべ無し。
灰などがつきながらもその美しさを感じられる白い肌は真紅に染まっていく。肉は裂かれ、骨はむき出しに。内臓はこぼれ出ていく。
うめき声が鳴っていたが、すぐに消えていく。
血、肉、骨。人体を構成していたモノたちがそこら中に散らかされていく。
そしてロックアントたちの蹂躙はすぐに終わった。その黒い体にべったりと真っ赤な血をつけ去っていく。
そこに残されていたモノにはもはや人間の形など残っていなかった。
残っているのは元あった体の2割程度。
あの美しい金の髪は無残にもむしり取られ、血肉へと混ざっている。
もはや誰もそれを人だったとは思わない。
そこにあるのはただの肉塊であった。
「へっ???」
となるはずだった。
そう、そうなるはずだったのだ。
どういうことか。そこに広がるは無残にも蹂躙されてしまった少女の肉体などなかった。そこに広がるのは群れの8割以上が焼き殺されたロックアントたち。自慢の装甲は剥がれ、崩れ、そのうちにある肉をも焼かれている。生き残っているロックアントも装甲を壊され、焼かれに焼かれ、ギリギリ生きているようなものだった。
「なんだこりゃ……」
その光景に驚愕しつつアリスはそう声を漏らした。
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