1話
「ついに……ついに、ついに完成したぁぁぁ!!」
青年の声が部屋を、家を駆け巡った。森の中にも少しだけ響いてる。
彼の周りには何冊も積み上げられた本や床に散らばった紙。床はほとんど見えず、かすかに見えるところからは乱雑に描かれた文字が見える。着ている服もかなり汚れ、元の色はもう思い出せないであろうほどだ。
彼は興奮し本に体をぶつけながら転がりまくっている。
汚かった部屋はますます汚くなっていった。
しばらくすると彼は落ち着いたようで、部屋の真ん中で大の字で寝転がって止まった。
その顔には紙や地面に書かれた文字が移っておりなんとも間抜けそうな感じであったが、達成感を感じられる表情であった。
「これでようやく夢が……」
彼は魔術師であった。
ただ魔術師と言っても、有名な魔術師だったり、国お抱えの宮廷魔術師だったりではなく、一般的な魔術師よりちょい下くらいの実力の魔術師であった。魔力は人並みに少し毛が生えたくらい、魔術の腕は悪い部類で結構な確率で失敗したりする。魔術学園卒業時の成績は平均点よりちょいちょい下であった。が、一つだけ特異なところ、いや誰にも負けないような、平凡とは言えないくらいの情熱があった。夢があった。
それは『理想の女の子』をつくるだ。
なかなかにおかしな情熱だ。
ちょっと頭のねじがとかが緩んでるかもしれない。
まあそれでも、それが彼の夢であった。
彼はそれだけのためにこれまでの人生、魔術を学び、知識を蓄え、研究をしてきた。
生命を生み出す魔術、中でも人間を生み出す魔術は国により禁止魔法に指定されているせいで資料はあまり存在していなかった。
彼自身の魔術の腕があまり良くないのもあり研究は時間がかかった。
そしてついに理論上『理想の女の子』をつくることができる魔術を生み出したのだった。
彼はむくりと起き上がると本や紙が散らばりまくった部屋を見まわし、そして何かを探し始めた。
「『アリス』の資料は確かここに……。
あれ? こっちだっけ? どこいっちゃった……」
『アリス』というのは彼の生み出した、現時点では存在しない『理想の女の子』である。
しばらくすると彼は本の山の中から分厚い紙の束を取り出した。それは彼が書き溜めた『アリス』の設定資料。体重、身長、年齢だけでなく『アリス』の肉体情報、思考など細かく書き記してある。
『理想の女の子』をつくるのに必須のアイテムだ。
「良かった……。
よし、じゃあ始めるか」
彼はそう言うと魔術を使うのに必要な道具を持って外へ出た。
* * * * *
「ここは属性切り替えの陣で……こっちは仮母胎。魔力は……よしっ! ちゃんと流れる。あとは魔石を補助魔力として繋いで……」
外へ出た彼は自身の生み出した魔術を書き記した紙を見ながら魔法陣をつくり始めていた。
一般的に魔術は高度なモノ、複雑なモノであればあるほど魔法陣を使った行使が必要となる。もし魔法陣を使わずにやってしまえば、全魔力が体中を一気に駆け巡り、肉体がそれに耐え切れず、肉体はドバンッと破裂してしまう。まあ、ひとまず今回は関係ない話である。
彼は何度も何度も紙と地面に描いた魔法陣を見比べ、何かおかしなところがないか、間違っているところはないかなど、失敗する原因となりそうな箇所がないかを探した。
新たに作り出した魔術、そのため失敗した際には何が起こりかわからない。ただ失敗するだけなら問題ない。もう一度やり直せばいいのだから。だがもし失敗したことで死んでしまったりしてしまえば自分の夢はどうなってしまう。『理想の女の子』を生み出すというこの夢を叶えられなくなる。それだけは許されない。必ず叶える、叶えてみせる。
彼は夢を叶えるその一心で魔法陣の調整を行っていく。
「仮接を消して……。他の仮接も消してある。消し残しはなし。あとは情報部にこれを置いて……。
これで完了、完璧だ」
そして5時間ほどの時間がたったときようやく調整が完了した。
いつもの肝心なときとかに調子にのったり、勢いのままに行動をしてしまい失敗することが何度もあった。だが今回の彼にはそれがなかった。
魔法陣の調整は十分すぎるほどやった。他の人が見れば過剰なくらいだ。
だがそのおかげで彼の目の前にある魔法陣は完璧なモノ、彼が今まで描いたりしてきた中で最高のものとなっていた。
「あとは魔力を流していくだけ……。
ようやく、ようやくだ……」
彼の頬を涙が流れていく。
頭の中を研究していた日々の記憶が流れていく。何度もあきらめそうになった。くじけそうになった。だがそれでも折れずにここまで来た。
「さあ! 準備は整った! 今こそここに現れよ、我が理想!」
そう叫び、魔法陣へ魔力を流し込んでいく。
体の中から魔力が流れ出ていく感覚がどんどん強くなっていく。
頭が揺れ、体温は下がっていく。
少し気を抜いてしまえば倒れてしまいそうであった。
だが彼は意識を飛ばさないよう舌を少し噛みつつ魔力を流し込んでいく。
そして魔法陣が鮮やかな色彩を放ちながら輝き始め、起動し始める。
魔法陣を魔力が駆け巡る。
魔石により流れる魔力が制御され輝きは落ち着いていく。
仮母胎へ魔力がたまりナニカを形作っていく。
だがそのとき……。
「へっ?」
彼の顔の方へ魔力が飛んできた。
「は?! なんで魔力がこっちに! てっ、魔力も逆流してる?!」
仮母胎で形作っていたモノは崩れ。
輝きは最初以上に放たれ。
流れていた魔力は先ほどとは逆の向きへと流れ。
そして魔力は全て彼へ流れ込んでいく。
具体的には彼の顔の文字を通して……。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
そして魔法陣や彼、家、辺りにあったもろもろを巻き込んで爆発した。
その爆発はとても色鮮やかできれいだった……。
* * * * *
「うぅ、はぁ、はぁ……。失敗か。失敗したのか……」
彼はチカチカして真っ白しか写さない目をこすりながら起き上がった。
「まあ生きているから良しとするか……。
はぁ、てかどんな爆発だよ。
ん?」
突然彼の視界に別の景色が映りこんだ。
ボロボロになり、抉られたような地面。所々でチリチリと燃えている。
「あれっ?」
彼は違和感を感じた。
自分の体が軽い……。
そのとき彼の脇に落ちていた鏡が目に映りこんだ。
「えっ?」
鏡には金の髪が映っていた。
鏡にはとても整った顔が映っていた。
鏡にはそれはかわいい顔だった。
まるで自分の思い描いていた『アリス』みたいな……。
…………。
…………。
…………。
…………。
というより『アリス』そのものであった。
「えぇぇぇぇぇ!!!」
その日女性の声が森の中で響き渡ったという。
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