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描写力アップ企画投稿作品

さよなら相棒2 ――行進曲――

作者: 深海


 勇ましい曲が好きなのですよ。

 ちったか行進するような、小気味よいものがね。

 喇叭に太鼓にぴいひゃら笛の音。大勢が奏でる、規則正しいリズム。

 どこまでもずんずん進みたくなるような、そんなものがよいのです。

 ひゅんと飛び立つような勢いがあれば、なおよろしい。

 あなた、自分が天使になれたらよいと思いませんか? 私はなりたいです。どうせこの地面を離れるなら、ぱあっと景気よく翔び立ちたいものです。

 手も足もない私ですが、最期に誰かが翼を与えてくださったら、私は狂喜するでしょう。そうしてその方にまっしろな羽毛を降らせながら、昇ってゆくことでしょう。

 頭上に広がる、蒼い空の高みへと、感謝の祈りを落としながら。

 

 ああ、頭が重くて、木の幹からずり落ちてしまいました。

 遠のく大砲の音。軍馬のいななき。よかった……敵軍は撤退しているようですね。

 どうです? お急ぎでなければひとつ、奏でてくれませんか?

 寒すぎて手が動かない? 大体にして楽器がない? 

 いえいえ、その兜をとってこんこん叩くもよし。両手にお持ちの短剣をしゃりんしゃりんとこすり合わせるもよし。軍靴をかちかち、打ち合わせてくださってもよいですから。きっとすてきな行進曲になりますよ。どうか少し、やってみてくれませんか?


 俺などが出す音でよいのか、ですと?

 もちろんですよ。こうして立ち止まってくださったこと自体、御の字ですもの。

 残念ながら、我が相方は行ってしまいまして、あなたの演奏を聴けませんけどね。

 ふふ、あの人ったら……私のことなど、てんでお構いなし。実につれないのです。勝手に私を相方にするわ、黙って軍隊に入るわ、こうと決めたら猪突猛進、なんにも周りが見えなくなる人でしてね。思いやりなんて皆無です。いったい何度、その態度を改めてくださいと懇願したことか。でも暖簾に腕押し、馬耳東風ですよ。

 戦闘なんて全然得意ではなくて、私を振り回してばかり。その度にもっと、相方らしい扱いをされたいと思ったものです。抱きしめて欲しいなんて高望みはしませんが、撫でるぐらいはね、してくれてもと。

 だって他の皆さんは、相方をそれはそれは大切にするんです。まるで恋人のように扱いますもの。ええ、私、とてもうらやましかったですよ。

 でもあの人の瞳は凍てついた氷塊で、私はおろか、他のすべてのものに対しても全く、そのまなざしを溶かすことがありませんでした。だから危機の時にも躊躇なく、たくさんの敵兵を、倒すことができたのかもしれません。

 

 私、あの人を守りたくて一所懸命ついていきましたけど……年だったのでしょうね。自分は決して老いないと思っていたのですが、ここ数年は体中が痛んできておりました。ぎいぎいきしきし、そこかしこが軋んで、ずいぶん情けない音をたてるもんですから、しゃんとしろと、たびたび相方に怒られました。ひどく重たくなったとも言われましたよ。

 目方は変化していないと思うのですが、私を担ぐ相方はとても辛そうでした。

 もしかして……あの人も、老いて衰えていたのでしょうか。

 たしかに、孫がいてもおかしくない歳かも。でもあの性格ですから、艶めいた話など、今まで何ひとつありゃしません。挙句の果て、私を置いていってしまうなんて。

 何十年もしぶとく、生き延びてきた仲だというのに……せめて最後に何かひとこと……

 いえ、未練がましい愚痴はよしましょう。今さら甘い言葉をかけられても、きっと間抜けな音しか返せなかったでしょう。この私には。 

 

 ほう、よい感じですねえ。

 その兜の音、ほどよく虚ろで味があります。

 こぉん、とん、こぉん、とん。足があったらスキップしたい気分です。

 そんなに浮かれて大丈夫かですと? でも本日、我が軍は勝ちましたでしょう?

 勝って故郷へ帰る時は、皆さんうきうきになるではないですか。でたらめな歌など合唱しながら、肩組みあって、配られたお酒をぐびぐびやって、意気揚々と都へ帰りますでしょう?

 ああでも、私のあの人は仏頂面で、ぐったり疲れた私を肩に担いでどずんどずん。いつも変わらぬ鉄面皮。愛想の欠片もありませんでしたけどね。


 おや、凱旋パレードのご経験がない? そういえばあなた、まだ髭も生えておりませんね。

 なんと初陣でしたか。申し訳ない、記念すべき日だというのに。

 送ってくださって、感謝します……よ……。



 こぉん、とん、こぉん、とん。こぉーん……


 

 ひとしきり兜を叩くと、若きつわものは大樹のそばに歩み寄り、ひざまずいた。

 頭垂れて絶命している軍楽兵の腕に、地に斃れた金色の管を抱かせる。無残に折られた、トロンボーンの成れの果てを。それはもとは、大変に長かったはず。しかし今は短剣ほどの丈しかなく、刀傷だらけだ。


「どうか空の高みで、相方殿に会えますよう」


 立ち上がり、雪のちらつく空に向かって、敬礼しながら囁くと。

 かじかむ耳にまた、不思議な音色が落ちてきた。

 ふわふわ、羽毛の幻と共に、喜びに満ちた金色の声が。

 

 汝に幸あれ、祝福あれと。


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