貴女のことが好きだから、貴女のことを見つけます。
ここは大陸の中でも端の端、西以外の3方向を海に囲まれた半島に位置する国「ヒメミヤ」。四季のあるこの国はいま冬が目前に迫っていたが、国民の多くが冬備えができずにいた。それもそのはず、つい半年前までは唯一接する隣国「ツクヨミ」との戦争が行われており、両国民の疲弊から休戦協定が結ばれ、仮初めではあるがやっと平穏が戻ってきたところだ。
そのような国の情勢下でも、大きな市場の中に人混みを掻い潜り元気に走る2人の少女がいた。
「海音ちゃん、早くはやく!配給終わっちゃうよ!」
後ろを振り向きながら手をぶんぶん振って、遅れてくる少女を急かすオレンジ色の髪をサイドにまとめた少女、山吹柚葉。柚葉は道行く人に軽くぶつかりながらもどんどん先へ進んでいく。
「もう!柚葉は焦りすぎです!あ、すみません、友人がご迷惑を……」
そんな忙しない幼馴染をたしなめつつもしっかりと付いて行く青色の長髪の少女、青広海音。海音は律儀にも柚葉がぶつかった人に軽く謝って先を急ぐ。
「最近は充分に配給されるようになってきて、急ぐ必要もなくなったじゃないですか」
「だって、お米ばっかりもう飽きたー。パンとかもうずっと食べてないよ。今日はパンが配給されるって噂なんだから、ほら早く!先行くよ!」
そう言うや柚葉は走る速度を上げると、ついには人混みの中に消えていってしまった。
「あ、柚葉!ああ、もう、ちょっと待ってくださーい!」
海音はため息をしつつも見失った幼馴染を追いかけ、記憶を辿りに配給が行われる予定の広場を目指すのであった。
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広場には大きな配給車が停まっており、すでに大半が貰い終えたようではあったが、配給車の前には少なくない人だかりがまだできていた。道を間違えつつもやっと配給場所に辿り着いた海音はほくほく顔で今日の戦利品を眺めていた。
(ふふふ、パンも貰えましたし、今日はお米が1合も多く貰えました。これで少しは柚葉との生活も楽になるでしょう。あの子はいっぱい食べますからね)
幼馴染が喜色を浮かべパンを頬張る姿を想像して、ついつい海音の顔も綻んでしまう。そんな妄想から、ふと我に返りきょろきょろと辺りを見回してみる。
(にしても、柚葉はいったいどこに……)
何も植えられてないボロボロの花壇の上に飛び乗って周囲を見渡しても柚葉の姿は見当たらず、若干の焦燥にかられた海音は叫んでみた。
「柚葉ぁぁーー!どこですかーーー!」
しかし、返事は返ってこない。別な方向に向かって呼びかけてみる。
「ゆ~~ず~~は~~!!」
それから何度か呼んでみても一向に柚葉の返事はなく、戦争のときに折れたのであろう電柱の上や誰も住んでない民家の屋根から捜してみても、まったく柚葉らしき姿は見つからなかった。
海音は柚葉がすでに帰っていることに一縷の希望をかけて、焦る気持ちを胸に帰路についた。
しかし、2人の住む自宅に帰っても、しんと静まり返った家は柚葉がいないことを示していた。その静けさが海音の焦燥を一層湧き立たせ、支給品を手近な棚に放ると海音の足はすぐさま外へと向かっていた。
すでに日は傾きつつあり、自分の伸びた影を見た海音は走る速度を上げて、道行く人にぶつかるのも構わず前へと進んだ。
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「ハァ……ハァ……、いったいどこに……柚葉ぁ……」
柚葉の行きそうな場所も、隠れられそうな場所もあらかた捜しきった海音は再び配給車があった広場へと戻ってきていた。その足取りは3時間以上捜しまわった疲労のためか重い。
今日柚葉の名前を叫んだ花壇に腰を掛けると海音は悲嘆に暮れる。なぜあのとき無理にでも追いつかなかったのか、謝っている暇があれば柚葉と一緒に行けたはずだ、自分がもっとああしていれば、と沸々と自責の念ばかりが湧いてくる。
どのくらいそうしていただろうか。日がついに地平線に吸い込まれていく様に気付き、はっと顔を上げる。
こんなことをしている場合ではない。急いで捜さなければ、柚葉が待っている。と、気持ちを奮起させて立ち上がると、あることに気が付いた。
(いつもならもう次の街に行っている時間なのに、まだ停まっていますね)
そこには昼間と変わらず同じ場所に同じ配給車が停まっていた。いつもであれば、配給し終えると次の配給場所へと移動し、そこで同じように配給をしているはずなのだ。
日が沈み仄暗くなった広場に停まる車に薄気味悪さを覚えつつも海音は近づいてみた。
(まさか、ですよね……)
配給車の荷台の扉を一応礼儀としてノックしつつ幼馴染の名を呼んでみる。
「柚葉ぁ、いますか~、柚葉~?」
特に反応がなかったため、ドアノブに手をかけてみると鍵がかかってなかったのか簡単に開いてしまった。中を覗くとそこは真っ暗で何があるかも分からないほどであった。ちなみに、海音は怪談や真っ暗なところが苦手ではあったが、柚葉のこととなれば話は別である。ごくりと唾を飲み込み、一歩足を踏み入れて呼んでみる。
「ゆ、柚葉~?」
やはり誰もいないのか、もう少し奥へ進んでみようとしたとき、
「ねえ、貴女はどうして入ってきたのかな?」
「ひうっ!?」
突如暗闇から声がかけられ、息を飲む海音。声がした方を見てみると、少しは暗闇に目が慣れきたのか、そこに人がいるのが分かる。声からして女性だろう。
「あ、あの、すみません!友達を捜してまして!その……髪はオレンジ色でサイドテールで服は柚子の絵が描かれたシャツを着た子で……」
勝手に車に入ったことを怒っているのだと思い、しどろもどろになりながらも車に入った理由と柚葉の特徴を伝えてみる。
「……そう」
一瞬、間があって返事をした女性は海音にまた質問をしてきた。
「貴女、お名前は?」
「……青広海音です」
「海音ちゃんね、私はリリー、姉ヶ崎リリーよ、よろしくね」
そう言いながら海音のもとへと歩んでくるリリーと名乗る女性。開いた扉からの月明かりで照らされた金色の綺麗な髪が徐々に露わになり、次にその整った顔に思わず目が奪われてしまう。
(ほわぁ、綺麗な方ですね)
歳は海音よりも10は年上であろうか。その女性は上から下まで、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、まさに女性の理想形のような人であった。海音はまだ未熟な自分の体に残念な気持ちを抱きつつ、いや、まだまだ私はこれからだと心の中で自分を鼓舞した。
「海音ちゃんは10歳くらいかしら?」
「え、あ……はい、10歳になります」
「親御さんは?」
「親」という単語に奥歯を噛みしめながらも海音は答えた。
「……あの戦争で二人とも……」
「そっか……ごめんなさいね、こんなこと聞いちゃって」
「いえ……もう慣れました。それに友達がいますからね。いまは平気です。」
「なるほど。それでその捜している柚葉ちゃんと二人暮らしってことかな」
「はい、そうなんです」
そこで答えるも、彼女のセリフに違和感を覚えた。
(あれ、そういえば、柚葉の名前出しましたっけ?)
膨らむ不安。
リリーは海音の訝し顔を知ってか知らずか、怪しい微笑みを讃えながら言葉を続ける。
「その子ね……」
「とっても美味しかったわ」
「…………は?」
意味が分からなかった。いや、彼女が柚葉に何かしたということは伝わってきた。呆気に取られながらも、何とか言葉を絞り出す。
「ど、どういうことですか」
「ああ、ごめんごめん。上手く伝わらなかったのね。本当の意味で食べてはないわよ。カニバリズムなんて趣味はないし。……けど、ね」
「女の子として『頂いて』しまったってこと」
リリーはこれまでで一番良い笑顔でこう言い終える。
「ご馳走さま」
「……え、……え?」
「それは戸惑うわよね。でも、事実だし、もう済んだことだし、しょうがないわよね」
「……」
震えながら俯いていた海音にリリーは囁く。
「どうしたの?う・み・ねちゃん♪」
「……ずは…………った」
「ん~?」
「柚葉をどこへやったと聞いてるんです!!」
言うと同時に殴りかかり、そのリリーのシミ一つない白い頬へと拳が向かう。
「あら、ダメよ」
が、それを何事もないかのように片手で止められていた。海音が繰り出した拳の衝撃やその拳を受け止めたときに発生する音すらどこへ行ったのか分からないほど、まるで静かに手を握られたかのような錯覚を覚えるほどに、簡単に止められてしまったのだ。その事実に海音は愕然とする。
「なっ!私の拳を!?」
海音は若干体術には自信があった。戦争が始まり、住んでいる街も物騒になり自分の身は自分で守らなければならず、それなりに鍛えていたはずだった。同じ街のガキ大将みたいな少年たちにもケンカで勝ったことだってある。確かに年齢差や体格差もあるが、それをああも止められてしまったことに、リリーの危険度を跳ね上げる。
「貴女みたいな可愛い子が暴力だなんて。そんな悪い子は私の妹にして……ゴホン、痛い目を見ないと、ねぇ?」
何か途中で不思議な単語が出たが、とりあえず聞き流すことにした。それよりも急に彼女から放たれた殺気に気を取られる。
(この威圧っ!)
その殺気に当てられ一瞬動けなくなってしまったのがいけなかった。リリーは海音の背後へ回ると、海音の小さな体を羽交い絞めしてきた。
「くっ!離しなさい!」
「ほらほら暴れないでこっちに♪」
リリーは駄々を捏ねる妹を窘める姉のように、海音を荷台の奥の方へとそのまま抱えていく。
「外からじゃ分からないけど、この車は荷台の中にもう一つ部屋があってね」
そう言われると、確かに僅かばかり光の線が一か所から漏れ出ていることに気付く。
「ほら、ここよ」
「やめなさい!どこへ連れてっ……!」
その部屋の前の読取装置に海音を抱えながら器用にも指を押し当てる。すると、起動音のあと扉が自動で開かれ、中へと連れ込まれる。部屋の中には薬品の置かれた棚と柔らかそうなベッドが置かれていた。
しかし、そんなことよりも海音の目には大切なものが映っていた。
「……柚葉?」
ベッドでボーッと考え込むような、どこか遠く見ているような柚葉の姿が、そこにあったのだ。
「柚葉!無事ですか!」
あまりのことに暴れる海音だが、リリーはまったく物ともせず拘束が緩むことはなかった。
「柚葉!!」
海音の呼びかけに、柚葉は海音を一瞥する。たった一秒ほどの視線の交わり。その眼がいったい何を訴えているのか、長い付き合いの海音でも分からなかった。
「…………」
「ゆ……ずは?」
海音の心配を他所に、視線はそのままリリーへと移ると、無表情だった顔が花が開いたかのように急に綻ぶ。
「あ!ねえさまぁ」
柚葉は海音に対して、姉様など言ったことはない。むしろ柚葉の方が誕生日が2ヶ月ほど早いので姉面をしていたことがあった程度だ。柚葉の発言に一瞬のうちにぐるぐると頭を回転させても答えは、一つ。海音に対しての発言ではない。その後ろのリリーに対してだ。
「柚葉ね、姉様がいなくて寂しかったんだよ?」
呆然とする海音の横を通り過ぎ、瞳を潤ませながらリリーに甘えた声で言う柚葉。
「ふふっ、ごめんなさいね、待たせちゃって」
暴れなくなった海音を端に置いたリリーは、その可愛い妹の頭を撫でる。
「……ちがう。……嘘だ」
その光景を信じられないとばかりに海音は頭を横に振った。しかし、そこへ追い打ちをかけるかのように柚葉の爆弾が投下される。
「さっきの続き……やろ?」
「っ!?素晴らしいわ、柚葉!」
抱き合う二人。それを見た海音はとにかく柚葉をここから連れ出さなければならないと我に帰る。
「これは……これはどういうことですか!お前は柚葉に何を!?」
「ふふっ、お前じゃなくて、リ・リー・ね。お前なんて言葉、貴女に似合わないわよ?」
「そんなことはどうでもいいんです!だからどうして……!」
そんな肉薄した海音に、事も無げにリリーは言った。
「ちょっとした薬と、私のテクニックかしらね。最初は抵抗してたんだけど……やっと姉様って呼ばせたときとか……あぁ、もう、思い出すだけでゾクゾクするわ」
「なんて……ことを……」
海音は自分がいない間にあった出来事を想像して拳に力を籠める、ギリギリと爪が食い込むほどに。血が出たところで気になどしない。そんなことよりも柚葉のことだ。
「柚葉!早く逃げてください!私が足止めしますから、早く!」
抱き合う二人の間に割って入り、リリーと向かい合う。さきほど拳を容易く止められた歴然とした力の差などもう関係ない。この身を持って柚葉を逃がす。今では無二の親友、いや、たった一人しかいない大切な家族なのだ。絶対にここから逃がしてみせる。
「……」
しかし、柚葉は無言のまま海音を見つめ動こうとしない。
「柚葉ぁぁぁあああ!」
力の限り呼びかける海音に柚葉は、
「ねえ、姉様…………この子……だれ?」
きょとんとした顔で信じられないことを言った。
「え、ゆず……は?」
「あはっ、まさか記憶まで改竄できるなんて、さすが軍が作った薬ね」
「柚葉、この子は海音って言うの、私の妹にする予定よ」
「新しい妹……」
少し考え込む素振りをした柚葉はリリーの片腕に抱き着き言い放つ。
「……やだ!姉様の妹は柚葉だけだよ!!」
「この子はいらない!だから早く捨ててきて!」
汚いものでも見るかのような瞳を向けられ、あり得ないようなその言葉についに海音の拳から力が抜ける。
「ええ、ええ、分かったわ。柚葉の頼みだもの」
「さあ、海音ちゃん、ごめんなさい、折角連れてきたのに……」
残念がるような顔でリリーは謝る。が、海音の耳には入ってこない。
「私としても残念ではあるけれど……また機会があれば、ね?」
そう言いながら連れて来られたときと同じように、海音を羽交い絞めにして荷台の出入り口まで運び、そして、ぽいっと軽く放り投げる。
「またね」
「うぐっ!」
浮遊感のあと地面にぶつかる衝撃に思わず悲鳴が零れる。
そんな幼馴染の光景を見ても、柚葉は一切表情を崩さない。
「…………」
「柚葉ぁぁ」
柚葉はそのまま踵を返し、一度も振り返らず車の奥へと引っ込んでしまった。
「ぁ……うぅぅ……」
「さあ、車を出して、うずら!」
「はい!」
いつの間にか側にいたグレーの髪を軍帽にしまいこんだ女性、うずらは敬礼をして車に乗り込み発進させる。
「ぃゃ……待って、待ってください!柚葉ぁぁああああ!!!」
再び立ち上がって、車を追いかけるも追いつくはずもない。疲れ切り、立ち止まると込み上げてくる怒り、疑問、諦念、さまざまな思い。瞳に焼き付いて離れない、海音に最後に向けた柚葉の無表情な顔、無感情な瞳。
あれは、海音の知る柚葉ではなかった。
次回は今月中に投稿できたらいいですね(願望)
気長にお待ちください。
次回もお楽しみに。