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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
一章 愛の獣
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第七夜


翌日、二人は村の周辺を調べて回っていた。


以前の洞窟のように、人狼が住処としている場所。


太陽が上っている内にそれを見つけなければならない。


(あの親子とは違って、今回は犠牲者が何人も出ている)


この二か月の間に十を超える子供が行方不明となっていた。


確実に人狼は村の近くに住処を作っている。


「考えられるポイントとしてはアレとコレと…」


手書きの地図を描きながら、ブツブツとクリスは呟く。


未だ若いクリスだが、人狼狩りの経験は豊富にある。


今まで狩ってきた人狼のパターンから居場所を割り出すと…


「何を言いますか! まだまだお若いではありませんか、マダム」


「マダムだって? あたしゃ、もう八十過ぎのババアだよ? お医者様はお世辞も上手なんだねぇ」


「いえいえ、俺は生まれてから一度も嘘をついたことがありません。これは俺の医学的な視点も交えた評価ですとも! 実に健康的でお綺麗でいらっしゃる!」


「わっはっは! そんなに褒められると年甲斐もなく照れちゃうねぇ」


「はっはっは」


一人考え込むクリスの傍らで、アーテルは村に住む年老いた女性と談笑していた。


老女とカラス人間と言う奇妙な二人組なのに、とても楽しそうに笑い合っている。


二人の笑い声が響く度に、クリスの眉間に皺が寄った。


「…ちょっと。手伝いなんて期待してなかったけど、邪魔をしないでくれる?」


老女が笑顔で去ってからクリスはアーテルを睨む。


「何を言っているんだい。情報収集だよ」


「情報収集?」


「うん」


こくり、と頷くとアーテルは懐から手帳を取り出した。


ぺらぺらとページを捲り、今の老女から得た情報を記した部分を見せる。


「村外れに一つ、今は誰も住んでいない家があるんだってさ」


アーテルは指先でクリスの作った地図の端を差した。


「最近は誰も手入れをしていなくて、草木が森のように生い茂っているらしいよ」


「…人狼にとっては好都合ね」


人が来ず、日中も草木で日陰となるのであれば、これほど良い住処も中々ない。


「行ってみましょう」


「そう言うと思ったよ」








「聞いた話によると、一年くらい前まではその家に誰か住んでいたらしいんだ」


移動中、アーテルは手帳を眺めながら言った。


「元々村の人間じゃなかったらしくてね。どこからかやってきた子連れの女が村外れに住み始めたらしい」


「子連れの女? 父親は居なかったの?」


「子供と母親だけ。まあ、珍しい話でも無いんじゃないかな?」


「…そうね」


どんな事情があってその母子おやこが村へ流れ着いたのかは知らない。


村人達は知ろうとはしなかったし、その女も語ろうとはしなかった。


だから村人とその女の干渉は、本当に最低限のものだった。


「でも、その女はもう亡くなっているんだ」


「…それは、狼狂病で?」


「そこまでは分からない。けど、可能性は高いかな」


正気を失い、人狼化しても未だそこに存在しているのかもしれない。


村中の子供を殺したのは、人狼化したその女なのか。


「…待って。その子供は?」


「うん? 何だい?」


「子供よ。その女が病気で死んだなら、子供はどうなったの?」


問いかけながらも、薄々クリスは答えが分かっていた。


村長は言っていた。


今、村に残っている子供はアメリアだけだと。


と言うことは、その女が遺した子供もやはり…


「…最初は、村の誰かが面倒を見ていたらしいよ」


愛想の悪い女だったが、遺された子供を見捨てる程に村人達は薄情では無かった。


女が病死した後、村の手が空いている人間が順番に子供の世話をしていたのだ。


「この村で最初に行方不明になった子供は、その子だ」


「………」


クリスの顔が僅かに歪む。


やるせない。


人狼化した母親が最初に襲う相手が、よりによって実の子供なのか。


トマスの時には防ぐことが出来た悲劇。


正気を失った人狼が、生前愛した者を襲うと言う不条理。


「ッ」


グッとクリスは銃を握る手に力を込める。


やはり人狼に人の心など無い。既に残っていない。


同情も後悔も無く、ただ殺すことこそが最期の救いとなるのだ。


「…ここのようだね」


そう言ってアーテルは前を指差した。


荒れ果てた庭。


乱雑に伸びた草木に呑み込まれるように、小さな家が建っていた。


「行くわよ…!」


先手必勝、と言わんばかりにクリスは家の戸をけ破り、中へ駆け込む。


中も酷い状態だった。


悪臭のする部屋を踏み締めて進むクリス。


「…居ない?」


注意深く周囲の気配を探った後、クリスは呟いた。


その隣でアーテルは小さく息を吐く。


「当てが外れた、かな?」


「…いや」


クリスはその場にしゃがみ込み、床に触れる。


「痕跡がある。確かにここは人狼の住処のようね」


「痕跡って?」


「…あなた風に言えば、獣の匂いかしら?」


「ああ、なるほど」


納得したようにアーテルはポンと手を叩く。


それを横目で見ながら、クリスは考え込んだ。


(痕跡は全て新しい。間違いなく、ついさっきまでここには人狼が居た筈)


なのにどうして今はどこにも居ないのか。


自身に迫る気配に気付き、逃げ出したのだろうか。


だが、今まで一つの村で外敵も無く狩りを続けていた人狼が逃走なんてするのはおかしい。


そもそもは今は日中だ。


太陽を嫌う人狼は、本能的に外に出ることを避ける筈。


「きゃああああああああああ!」


「ッ! 今のは…!」


村のどこからか、少女の悲鳴が響き渡る。


聞き覚えのある声だ。


その声の主は、


「アメリア…!」


村長の家に残してきた筈の、アメリアだった。

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