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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
三章 人の獣
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第六十一夜


それは雷霆だった。


天を曇らせ、大地を破壊する災厄。


その光、その熱は、都市を滅ぼし、幾千の人間を殺す程。


神の振るう力の片鱗。


荒ぶる神の怒りそのものだった。


「…よく見ておけ」


紫電を纏った聖槍を握りながら、グレゴリウスは告げる。


握り締められた槍が持ち上がり、その穂先がアーテルへ向けられる。


「コレが、私の恩寵だ!」


「ッ!」


瞬間、紫電が意志を持ってアーテルへと襲い掛かった。


放たれるのは槍を模した雷撃。


直撃どころか掠めるだけでも生物を感電死させるエネルギーの塊だった。


咄嗟に身を躱したアーテルの後方。


大聖堂の一角を消し飛ばし、雷槍はクレーターのような大穴を空けた。


(何て威力だ…! 破壊力だけなら、マルス並み…!)


「今のは小手調べだ! ほら、次行くぞ!」


戦慄するアーテルの前でグレゴリウスは槍を振り上げる。


聖槍の先端は頭上。


槍に帯電する紫電が天井へ向かって放たれた。


「降り注げ!」


槍が振り下ろされると同時に、天井付近に漂っていた雷霆が地上へと落ちる。


十を超える槍となったそれは、正に雷の雨。


回避など不可能。


直撃すれば、灰すら残らない災厄がアーテルを襲う。


「『黒糸アートルム』」


迫る雷霆を前に、アーテルは黒い糸を展開した。


細い糸を編み込み、網状の防壁を作り上げる。


蜘蛛の巣のように穴だらけの防壁だが、降り注ぐ雷の雨を全て防いでいた。


「ハハッ! そう来るか…!」


それを見て、グレゴリウスは獰猛に笑う。


先程の弾丸と同じだ。


アーテルの『黒糸』は無生物だろうと、死を与える。


雷の槍は黒い糸に触れた部分から黒く染まり、動きを止めていた。


不定形である筈の雷が石化したように固まり、大気中に停止している。


まるで糸に触れた部分だけ、時が止まっているかのような光景だった。


「認めよう! 確かにお前の力は強大だ! 私が今まで狩ってきた獣の中にお前のような者は居なかった!」


かつての血が騒ぐのか、猛獣のような笑みを浮かべながらグレゴリウスは叫ぶ。


触れただけで生命を終わらせる力。


触れただけで攻撃を止める力。


攻防一体の能力は、強大かつ凶悪だ。


「だがな! この世に絶対は無い! それが人の力である以上、どんな力にも限りはある!」


グレゴリウスは手にした槍を強く握り締めた。


ミシミシと軋む槍を纏う紫電が更に大きくなっていく。


「受けてみろ! コレが、我が異名の所以だ!」


膨大な雷を纏い、一回り大きく見える槍をグレゴリウスは振り被る。


(…来る!)


攻撃が来ると予感し、アーテルは再び防壁を展開する。


直後、グレゴリウスは手にした聖槍を投擲した。


持ち主の手を離れた聖槍は、石突から雷を放出しながら空中で更に加速。


雷鳴を轟かせながら、黒い糸で作られた防壁に激突した。


黒い糸に触れた部分から侵食が始まる。


槍を纏う紫電が、槍そのものが、黒く染まっていく。


その筈だった。


(何、だ…?)


槍が、止まらない。


アーテルの能力が通じていない訳では無い。


少しずつだが、確かに槍を纏う紫電は黒く染まっている。


だが、槍から放出される雷の方が圧倒的に多い。


侵食が、槍まで届かない。


「くっ…!」


背筋が凍り付くような悪寒を感じ、アーテルは糸を切り離した。


顔を腕で庇いながら、必死にその場から飛び退く。


瞬間、聖槍は防壁を貫き、アーテルを吹き飛ばした。


隕石でも落ちたような轟音が響き、大聖堂が大きく揺れる。


「触れた者全てを殺す。触れた物全てを停める。確かに、お前の能力はそのようなモノなのだろう」


アーテルに歩み寄りながら、グレゴリウスは言う。


「だが、それも呪いと言う名のエネルギーだ。私の雷霆とお前の呪い。エネルギー同士がぶつかれば、劣る方が消えるのは自明の理」


グレゴリウスは言葉を続ける。


雷霆に焼かれ、黒く焼け焦げたアーテルを、見下ろしながら。


「要するに、経験キャリアが違うのだよ。素人が」


能力としては、グレゴリウスの雷よりもアーテルの糸の方が強力だろう。


しかし、戦闘経験や能力を扱う技量に関してはグレゴリウスの方が上だ。


広く伸ばした糸の防壁に対し、雷を一点特化に集中させれば、容易く打ち破れるのだ。


「アーテル!」


クリスの悲鳴が響く。


だが、吹き飛ばされ、聖堂の壁に叩き付けられたアーテルは動かない。


辛うじて直撃は避けたのか、五体は無事に残っているが、それだけだ。


全身に雷霆を浴びたアーテルの体が危険であることに変わりはない。


「この…!」


アーテルの下へ駆け寄りたくなる心を抑え、クリスは銃口をグレゴリウスへ向けた。


躊躇いなく放たれる銀の弾丸。


人間に対して発砲するのは初めての経験だったが、怒りが躊躇を失わせた。


「ハッ、槍を手放している今なら殺せると思ったか?」


グレゴリウスは嘲笑を浮かべる。


銀の弾丸はグレゴリウスに触れる前に雷霆に焼かれて消滅した。


「私の力は雷だ。槍は、それを補助する道具に過ぎない」


槍が手元に無くても、雷自体はいつでも放出できる。


強力な物を放つには聖槍が必要だが、弾丸を弾くくらいは目を閉じていても可能だ。


「ほら、返すぞ」


一発だけ形を残していた弾丸を、グレゴリウスは雷で操り、射出する。


放たれた弾丸はクリス自身の肩を貫き、血を流した。


「あぐっ…!」


「ふん。コレで終わりか? 正直、期待外れだったな」


傷口を抑えて膝をついたクリスを見つめ、グレゴリウスは息を吐く。


「あのお飾りの小娘がわざわざ枢機院に逆らってまで助けた実験台だから、少しはやるものだと思っていたのだがな」


「お飾りの、小娘って…」


「ヨハンナのことだ。当然だろう」


嫌悪感を顔に浮かべてグレゴリウスは吐き捨てた。


「先代の、ユリア様の娘と言うことしか取り柄の無い出来損ない。ただ血筋だけで選ばれた愚かな女。枢機院の傀儡に過ぎない奴に、教皇の地位など相応しくない」


何もかもが気に入らない、と言いたげにグレゴリウスは言う。


「ユリア様の娘だから最初は少し期待していたが、アレは駄目だ。欠片も才能を引き継いでいない。これでは亡くなったユリア様も報われない」


「………」


クリスは無言でグレゴリウスの顔を見つめていた。


自身の恩人を心から侮蔑する相手を見ながら、口を開く。


「だからあなたは裏切るのね。ヨハンナ様も、ユリア様も」


「………何?」


ぴくり、とグレゴリウスの眉が動いた。


「娘、訂正しろ。私がユリア様を、何だと?」


それは聞き捨てならなかった。


ヨハンナはともかく、自分は一度もユリアを裏切ったことなどない。


十三年前の聖戦の時でさえも。


「…自覚が無いのね。それでは、ユリア様も報われない」


「貴様…!」


挑発するようなクリスの言葉に、グレゴリウスの顔は憤怒に染まる。


認めない。


あの方への自分の忠誠を疑うことだけは、絶対に。


すぐに命を奪おうと紫電を纏うグレゴリウス。


「撃ち抜け『グランス』」


しかし、クリスの方が速かった。


傷口から零れる血が弾丸となり、グレゴリウスに迫る。


先程と同じようにグレゴリウスは紫電を纏って弾丸を防ぐ。


「…エネルギー同士がぶつかれば、劣る方が消えるのは自明の理、だったわよね?」


「な…!」


全身を纏うように引き延ばされた紫電に血の弾丸を防ぐ程の力は無かった。


血の弾丸が紫電の護りを突破し、グレゴリウスの体を貫いた。

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