第六夜
「着いたみたいね…」
既に日も落ち、辺りが段々と暗くなってきた頃、ようやく目的地に辿り着いた。
花と水が綺麗なこの村は、人狼が出たと言う情報があった場所。
何の争いも無いような平和そのものな風景だが、この村のどこかに人狼が潜んでいる。
「あなた達は…?」
村を訪れた二人を初老の男性が迎えた。
「白日教会のクリスよ」
そう言ってクリスは純銀のペンダントを見せる。
聖女の証であるコレは身分証代わりでもあるのだ。
「ああ、お待ちしておりました! 私はこの村の村長です」
「と言うことは、あなたが人狼討伐の依頼を?」
「ええ、そうです。ささ、長旅でお疲れでしょう。今晩は我が家でお休み下さい」
皺の刻まれた顔に愛想の良い笑みを浮かべ、村長は前を歩き出す。
「…そうね。もう日も落ちてしまったし、お言葉に甘えて」
クリスとしてはさっさと任務を終えて帰りたい所だったが、既に夜になってしまった。
夜は人狼の活動時間だ。
なので基本的に人狼狩りは太陽の出ている昼に行われることが多い。
夜であっても人狼に後れを取るつもりは無いが、万全を期したい所だ。
「ところで、そちらの方も教会の聖人様、なのでしょうか?」
村長は少し怪訝な表情でアーテルを見た。
確かに、この怪し気な風貌はとても聖職者には見えない。
クリスの傍に立っていなければ、不審者扱いされていたかもしれない。
「俺は医者だよ、ご老人」
「まあ、そうなのですか!」
村長は驚きと喜びが重なったような声を上げた。
「あなたは、少々腰を痛めているようだな。あとで診てあげようか?」
「ぜひ、お願いします! いやぁ、生まれてこの方、お医者様になど診てもらったことなど無いもので」
「………」
二人のやり取りをクリスは黙って見ていた。
前にアーテルが言ったように、医者と言うだけで歓迎されるのは本当のようだ。
医者と言うものはそれだけ貴重な存在なのだろう。
特にこの村のような小さな田舎にとっては。
「お客様?」
村長の家に着くと、可愛らしい少女が二人を出迎えた。
若い、と言うよりは幼いと言った年齢の少女だ。
村長とは祖父と孫くらい歳が離れている。
「アメリア。挨拶をしなさい」
「はーい、おじいちゃん」
アメリア、と呼ばれた少女は無邪気な笑みを浮かべて頷いた。
「はじめまして、私はアメリアって言います。歳は八歳です!」
「よろしく。私はクリス、それでこっちが…」
続けて紹介しようとした時、アーテルがぐいっと身を乗り出す。
「俺はアーテル。よろしくお嬢ちゃん」
「…カラス?」
アメリアは目の前に現れたマスク男に首を傾げた。
「おじいちゃん、カラス人間! カラス人間が居るよ!」
「こ、こら!」
グイグイと村長の服を引っ張りながら無邪気に言うアメリア。
村長は慌ててアメリアを叱ろうとした。
「カァァァァァ!」
しかし、アーテルは悪乗りしたのかカラスの鳴き真似をする。
無駄に上手く、隣に居たクリスはギョッとして振り返った。
「カァァァァァ!」
「キャー!」
鳴き声を上げながら近付くカラス人間にアメリアは慌てて逃げ出す。
楽し気な悲鳴を上げていたので、本気で怖がっている訳では無いようだ。
アメリアが居なくなってから、村長は冷や汗を流しながらアーテルを見た。
「す、すいません。失礼なことを…」
「いや、気にしなくていい。子供はあれくらい元気な方が可愛いからね!」
アーテルは楽し気に言う。
鼻歌を歌いながら、アメリアが去っていった方を眺めていた。
意外と、子供好きなのかもしれない。
「子供だけを狙う人狼?」
村長から詳しい話を聞いたクリスは訝し気に呟いた。
「ええ、狙われるのはいつも子供ばかりなのです」
村長は悲し気な顔を浮かべて言う。
「それもその場で殺されるのではなく、連れ去られて」
「…巣に持ち帰るタイプか。確かに、そう言う人狼も居るわね」
その場で人間を喰うのではなく、自分の巣まで持ち帰る人狼。
畜生同然の知能しか持たない人狼だが、それ故に動物並みの知性を見せることがある。
即ち、強い餌よりも弱い餌を狙ったり、安全な場所に巣を作ったりなどだ。
「もう村にはアメリアだけしか幼い子供は残っていないのです」
「………」
次に狙われるのはあの少女。
村長としても気が気で無いのだろう。
「あの子は、病気で死んだ息子夫婦が遺したたった一人の家族なのです。だから…」
「分かっているわ」
目に涙を浮かべる村長にクリスは言った。
人狼のせいで家族を失う気持ちは、クリスにも理解できた。
その悲しみ、苦しみを、味わう人間をこれ以上増やしてはいけない。
「人狼は明日、必ず私が討伐する」
クリスは改めて村長を安心させるように告げた。
「カラスのおじさん! カラスのおじさん!」
「何だい、アメリア。と言うか、俺はおじさんじゃなくてお兄さんだよ」
懐かれたのか、笑顔で服を引っ張るアメリアにアーテルは優しく訂正する。
「見た目では分からないと思うけど、俺はまだ二十八歳で…」
「カラスのおじさん!」
「…聞いてないね」
やれやれと肩を竦めるアーテル。
「おじさんってお医者さんなんでしょ? おじいちゃんに聞いた!」
「そうだよー。悪いこと言っていると君にも痛い注射しちゃうよー」
「いやー!」
わざとらしく注射器を見せるとアメリアは悲鳴を上げて離れた。
「冗談冗談」
そう言って注射器を仕舞うと、アメリアは恐る恐るまた近付いてきた。
「カラスのおじさんは、どうして医者になろうと思ったの?」
「うん? 医者になろうとしたきっかけか…」
アメリアの質問にアーテルは思い出すように頭を捻る。
「…アメリアはどんな時に嬉しいって感じる?」
「嬉しい? うーん。甘いおやつを食べた時とか、おじいちゃんと遊んだ時とかかな?」
「じゃあ、どんな時に悲しいって感じる?」
「え?…お父さんとお母さんが死んじゃった時は、悲しかったかな」
「そうか。そうだよねぇ」
うんうんとアーテルは頷いた。
「そう言う嬉しいとか、悲しいとか、分からなくなっちゃう人が居るんだ」
「…病気?」
「そう、病気なんだ」
アーテルは優し気な声色で呟く。
「そんな病気を治す為に、俺は医者になったんだ」