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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
三章 人の獣
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第五十七夜


「そちらは終わったようだな」


「あはは! 楽な仕事だったよー」


遅れて教皇室にやって来たグレゴリウスに、フランキスカは笑いながら答えた。


地に倒れたヨハンナはもうぴくりとも動かない。


まだ死んだ訳では無いが、放っておけばいずれ死ぬだろう。


「それで? そっちの仕事は終わったのー?」


「ああ。コルネリアの死体は処分した」


「それじゃあ、後は仕上げだけね」


鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌にフランキスカは言う。


計画は全て順調だった。


コルネリアとヨハンナ。


邪魔な存在は全て始末した。


これからは何もかも思い通りになる。


「でも、少しだけ勿体なかったかも」


そう言って、捨てた玩具を惜しむようにフランキスカはヨハンナに視線を向けた。


「こんなに綺麗な『顔』なんて初めて見たわ。どうせなら、私の新しい顔にしたかったなー」


意識の無いヨハンナの顔を撫でながら、フランキスカは歪んだ笑みを浮かべる。


他人の『顔』を奪うこと。


それがフランキスカの最も悪辣な趣味だった。


気に入った顔の女を見付ければ、何の躊躇いも無く殺して『それ』を奪う。


フランキスカの懐に仕舞われた無数の『口紅』は、全て犠牲となった者達の血から作られている。


「やめておけ。余計なトラブルを招くだけだ」


「はいはーい。流石に自重しまーす」


枢機院全てを懐柔しているとは言え、余計な証拠を残しておけば弱みとなる。


その顔をコレクション出来ないことは惜しいが、わざわざリスクを負う気は無い。


「そろそろ行くぞ」


「了解了解…って、それも連れていくの?」


ぐったりとしたヨハンナを持ち上げるグレゴリウスを見て、フランキスカは言う。


放っておけば毒で勝手に死ぬのに、と首を傾げている。


「…念の為だ」


短くそう言うと、グレゴリウスは歩き出した。








「アーテル。どうしたのよ?」


同じ頃、聖都を歩いていたクリスは隣を歩くアーテルに訝し気な顔をした。


つい先程まで普通に雑談していた筈だが、アーテルの様子がおかしいのだ。


どこか挙動不審な様子で辺りを見回している。


「…クリス。君は以前、都市に侵入したメガセリオンの気配に気付いたことがあったよね」


「え? ああ、サートゥルヌスの時のこと?」


「俺は君のように獣を感知することは出来ないが、呪禁を埋め込まれた影響か、人間より鋭い身体能力を持っているんだ」


「そうみたいね」


元々アーテルは聖人でもない普通の人間なのだ。


それがメガセリオンと渡り合うことが出来たのは、呪禁の能力だけではなく、その身体能力も人間離れした物になっているからだろう。


「五感も獣並み。例えば、嗅覚なんかも人間離れしているんだけどさ」


「………」


「…さっきから臭うんだよ。血の臭いが」


「それって…」


「そう遠くはない。多分、こっちだ」


言いながらアーテルは人通りの少ない道を迷いなく進んでいく。


薄暗い路地裏の先。


もう使われていない廃墟の扉を躊躇いなく開け、その中を睨んだ。


そこに居たのは…


「こ、コルネリアさん!」


悲鳴に近い声を上げ、クリスはそれに駆け寄った。


傷口から血を流すコルネリアの顔は青褪めており、ぐったりとしている。


「コルネリアさん! しっかりして!」


「…う」


「ま、まだ息があるわ! アーテル!」


クリスが言うよりも先に、アーテルは近くに座り込み、医療道具を取り出した。


急所は外しているようだが、出血が激しい。


応急処置だけでもしないことには命に関わる。


「クリス、様…?」


「気が付いた! コルネリアさん、一体何が…」


「…ッ!」


ぼんやりと瞼を開けたコルネリアの顔が、苦し気に歪んだ。


「駄目…! 教皇様が、危ない…!」


血の気の失せた顔のまま、コルネリアはクリスの手を掴む。


「お願い、します…! 私のことは、どうでもいい…! 早く、教皇様を…!」


「コルネリアさん…」


「あの男が、グレゴリウスが…教皇様を…!」


それだけ言うと、コルネリアは再び意識を失った。


その体を優しく寝かしながら、クリスはアーテルの顔を見る。


「コルネリアさんは大丈夫なの…?」


「応急処置は済ませた。これ以上治療するには病院に運ぶ必要があるだろうね」


「…だったら、私が病院に運ぶわ」


「君が…?」


首を傾げるアーテルの前で、クリスはコルネリアの体を背負う。


華奢に見えるが、聖女であるクリスの身体能力は常人より優れているのだろう。


「コルネリアさんはグレゴリウスと言ったわ。私では役に立てない…だから」


「分かったよ。元々断る理由も無いし」


アーテルは頷く。


不安そうな顔をするクリスを安心させるように、明るい調子で。


「必ず俺が、教皇様を無事に助け出すから」


「…無事なのはあなたもよ。コルネリアさんを病院に運んだらすぐに向かうから、それまでに死んだら絶対に許さないからね!」


一方的にそう言うと、クリスはコルネリアを背負って走り出した。


「…難しいことを言うなぁ」


アーテルは苦笑する。


困ったように言いながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。








「いつ見ても、ただの馬鹿でかい樹にしか見えないわねー」


大聖堂のセフィロトを前にしながら、フランキスカはつまらなそうに呟く。


伝説の樹らしいが、フランキスカからすれば古いだけの樹に過ぎない。


仮にも白日教会の上層部の人間とは思えない考えだが、フランキスカに信心なんて物は欠片も無かった。


フランキスカが信じるのは『力』のみ。


己に宿った秘跡だけ。


(そう。信じられるのは、自分の力だけ)


無言で自身の手を見つめるフランキスカ。


元々フランキスカは、歴史ある大貴族の家系に生まれた。


この家に生まれただけで、生涯金には困らない生活が約束されている。


その筈だった。


「………」


フランキスカは、醜かった。


美しい両親や、姉妹達と血が繋がっているとは思えない程に醜い容姿をしていた。


たった一人だけ醜いフランキスカに家族は冷たかった。


恥だと言うように、存在自体が隠され、厄介払い同然に修道院に預けられた。


修道院を出る頃には親子の縁を切られ、捨てられるのだろうとフランキスカは考えていた。


だが、運命はフランキスカを見捨てなかった。


修道院に居る間、形式上受けていた修行の中でフランキスカは秘跡に目覚めていた。


他者の顔を奪う能力。


それに気付いたフランキスカは敢えて能力を隠し、家へと戻った。


そして、長年自分を蔑んでいた姉妹達を皆殺しにして、その顔を奪ったのだ。


醜い己の顔を捨てることが出来た。


「………」


それからは、全てが順調だった。


美しい姉の顔は、権力者に取り入るのに非常に役に立った。


誰にでも成り代われる能力を使えば、枢機院の老人達の弱みを握ることも容易かった。


(こういうのを、シンデレラ・ストーリーって言うのかしらねー)


フランキスカは悪辣に微笑む。


虐げられ続け、歪み切ってしまった心は二度と戻らない。


(私は幸せになるの。グレゴリウスが次の教皇になり、私はその妻となる。全て全て、私の思い通り!)


「…グレゴリウス! それで、次はどうするの?」


子供のように無邪気な笑みを浮かべながら、フランキスカは言う。


「フランキスカ。確かこの計画はヨハンナを殺し、その罪をコルネリアに擦り付ける計画だったな」


「ええ、そうよ? 私がコルネリアに変装して目撃者を作れば、後は枢機院の権力でどうにでもなる」


だからわざわざ毒と言う分かり易い凶器を使ったのだ。


本物のコルネリアは既にグレゴリウスが始末し、死体も隠している。


それならば幾らでも罪を捏造することが出来るだろう。


「一つだけ計画を変更して良いか?」


「変更? 今更何を言っているの?」


「いや、大したことでは無い。ヨハンナを殺した者は、コルネリアでは無く…」


ドスッ、と鈍い音が響いた。


違和感を感じ、フランキスカはゆっくりと視線を落とす。


その胸に、一本の槍が突き刺さっていた。


「コルネリアに化けたフランキスカ、と言う方が自然では無いか?」


「な、あ…!」


ゴボッ、と言う音と共にフランキスカの口から血が零れる。


槍が引き抜かれた傷口から、ドクドクと血が溢れ出た。


「な、何で…! どう、して…!」


何故裏切るのか。


自分と共に白日教会を支配するのではなかったのか。


幾つもの疑問が浮かぶが、言葉にならない。


「私は元々、権力になんて興味がないんだよ。必要だったから、お前と手を組んでいただけだ」


嫌悪を浮かべた表情で、グレゴリウスは言う。


「もうお前は必要ない。ああ、最期だから言っておくが…」


グレゴリウスは吐き捨てるように告げた。


「私は、お前のような化粧と嘘に塗れた女が大嫌いだったよ」


その言葉を最期に聞き、フランキスカは絶命した。

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