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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
序章
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第五夜


「狼狂病とは『獣に到る病』なんだよ」


アーテルは物静かに、トマスへ告げた。


「獣に、至る…?」


「そう。人を獣に変える病気だ」


狼狂病はただの病気では無い。


人狼に噛まれた者は全身に黒い痣が浮かび、やがて死に至る。


そして、月夜の晩に墓場から蘇るのだ。


「一度人として死に、獣となって蘇る」


人狼化した者はあらゆる人間性を失う。


知性も理性も失い、ただの獣となるのだ。


月に狂い、病に蝕まれて、人から獣となった者。


「だから俺達はアレを『人狼』と呼ぶんだ」


人から狼となった存在故に。


本能のままに暴れる獣ではあるが、かつて人だったことを忘れないように。


「狼狂病で死んだとしても遺体を火葬すれば人狼化することは無いんだけどね」


「………」


「ああ、別に君を責めるつもりは無いんだ。この国の葬儀は未だ土葬が基本だからね。遺体を焼くと言う行為に抵抗を持つ者も少なくない」


医者と言う立場から言えば、腐った死体は病気の元なので焼却して欲しい所だが、根付いた慣習と言うのは中々曲げられないものだ。


基本的に遺体を焼かれるのは罪人だけであり、親しい人間ほど出来るだけ綺麗に形を残そうとする傾向にあるようだ。


恐らくはトマスの父親もそのままの状態で埋められていたのだろう。


「治すことは、出来なかったのか?」


「うん?」


「アンタ、医者だろう? 俺と母さんの病気を治したみたいに! 父さんを元に戻すことは、出来なかったのかよ!」


トマスは思わずアーテルの服を掴んだ。


その眼には涙が浮かび、縋るようにアーテルを見ている。


目の前で、父親が死んだのだ。


もう死んだと思っていた相手だったとしても、ショックは大きい。


アーテルを責めても無意味だと理解するほど、トマスは大人では無かった。


「無理よ」


アーテルを問い詰めるトマスへ冷ややかな声が掛けられる。


「一度人狼となった者は二度と元には戻らない。あなたの父親は、既に死んでいたの」


「そんなの…!」


冷たい言葉に激高し、トマスはクリスの方を振り向いた。


その鼻先に、銀の銃口が突き付けられる。


「獣は殺すしかない。そうしなければ、犠牲が増えるだけよ」


「う…」


「私が銃を撃つのが遅かったら、あなただって死んでいたわよ?」


そう言うと、クリスは銃を下ろした。


言葉を失うトマスを余所に、その場から歩き出す。


「…行くわよ、アーテル」


「了解了解。それじゃあ、お母さんと仲良くね。少年」


ポンポンとトマスの頭を優しく叩いた後、アーテルもそれに続く。


トマスは何も答えず、ただそれを見送った。








「もう少し子供に優しく出来ないのかい? 聖職者だろう?」


「聖職者だからこそ、人に厳しく生きているのよ」


「あらら…」


不機嫌そうに前を歩くクリスの言葉に、アーテルは肩を竦めた。


トマスに対する言葉は冷酷だったが、本人は何やら怒っているように見える。


トマスの放った言葉が、何か気に障ったのだろうか。


「一度人狼となった者は二度と元には戻らない、ね」


「…何よ」


ぎろり、とクリスの眼がアーテルを射抜く。


まさかお前までトマスと同じことを言うのか、と。


「いやいや、俺も全くその通りだと思うよ」


ひらひらと手を振りながら、アーテルは言う。


「けど」


「けど、何よ?」


まだ不機嫌そうにしているクリスは続きを促す。


「人狼となった者には、本当に何も残らないのかな」


ぽつり、とアーテルは呟いた。


「あの親子は、人狼となった父親に襲われた。昨夜にだ」


「………」


「俺が見た時には既に何時間も経っていた。にも関わらず、少し手当てしただけですぐに動けるようになっただろう?」


それは、トマス達の体に外傷が殆ど無かったことが理由だ。


確かに腕を噛まれ、それにより狼狂病となり、死にかけていたのは事実。


しかし、それでも手足を食い千切られることなく、五体満足だったことが不可解だった。


「『彼』は、心のどこかで気付いていたんじゃないかな? あの親子が自分の家族だと」


だからこそ、ただの餌だと認識しなかった。


喰い殺すことなく、その身を噛んだ。


自分と同じ存在にする為、仲間に引き込む為に。


「…ふん。有り得ないわ」


アーテルの推測を、クリスは冷めた表情で否定した。


そんなことは有り得ない。


獣が人の心を宿すことなど無い。


人狼となった時点で、それは既に人間性を失っている。


人間だった頃の記憶など、覚えている筈が無いのだ。


「人狼に心は無い。救いも無い。あるとすれば、その心臓に銀の弾丸を受けた瞬間だけよ」


「うーむ。それもそうだな! 前言撤回するよ! 人狼に心なんてない!」


クリスの冷静な言葉にアーテルは頷いた。


今まで語っていたことが嘘のように、あっさりと自分の意見を翻す。


「ず、随分簡単に自分の意見を曲げるのね…」


「思考が柔軟だと言っておくれ! 自慢じゃないが、俺は他人の影響を受け易いんだ!」


(それって、ただ言葉が軽いだけじゃないの?)


本当に、どこまで胡散臭い男なのか。


そのマスクから零れる言葉に、一体どれだけの真実があることか。


「それはそうと! 次はどこへ向かうんだ?」


「…人狼が出たって言う村へ向かうわ。元々、そこの人狼を討伐する為に教会から派遣されてきたの」


「そうか。では行くとしよう」


鼻歌を歌いながら、アーテルはそう言った。

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