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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
二章 白の獣
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第四十四夜


「呪禁『残酷アクゼリュス』」


マルスは咆哮を上げる。


それは不可視の砲弾。


音がそのまま殺傷力を持った砲撃。


「『紅糸ルベル』」


それに対し、アーテルは紅い糸を操る。


周囲に張り巡らせた糸を手繰り、次々と攻撃を躱していた。


「よく躱すなァ! これなら、どうだ!」


マルスは獰猛な笑みを浮かべながら、拳を構える。


振るわれるのは両方の腕。


だが、そこから衝撃波は放たれていない。


「ヒヒヒヒヒ!」


フェイント。


砲弾が見えない衝撃波だからこそ、それが通じる。


本命は足下から放たれた衝撃波。


「フッ!」


しかし、その攻撃はアーテルに躱された。


糸で体を強引に動かし、見えない砲撃を回避する。


「………」


その動きを見て、マルスは内心訝しむ。


マルスの最大の強みは破壊力では無く、その隠密性だ。


目に見えない衝撃波の軌道を読むことは、人間には不可能。


それなのに、アーテルはまるで見えているかのようにマルスの攻撃を躱している。


「…糸」


マルスは白濁した眼を細めた。


張り巡らされた糸。


それはアーテルの動きをサポートする為の物だが、もう一つ意味がある。


「…ヒヒ」


マルスが攻撃を放つと、糸が震える。


衝撃波が糸に触れることで目に見えるようになる。


アーテルはその糸の揺れを見て、マルスの攻撃を見透かしているのだ。


「なるほどなるほど! 少しは強くなったようだなァ!」


「………」


「だが、この程度じゃあまだまだ俺の敵とは言えねえぞ!」


マルスは足下に転がっていた物を蹴り上げる。


それは先程戦った聖人達が持っていた銀の剣。


無造作に握り締め、それを構える。


「震えろ!」


マルスの言葉と共に、その刀身がカタカタと震えだす。


握られた手から伝わる振動が段々と大きくなっていく。


「刃が、振動して…まるでチェーンソーみたいに…!」


「シャァァァ!」


マルスの振るう刃が、紅い糸を断ち切る。


鉄に勝る硬度を持つ鋼の糸すら、絹のように容易く。


その殺傷力ならば、人間の胴体など呆気なく両断できるだろう。


「やはり戦いこそが、強くなる為の近道だな」


己の新たな力を目にして、マルスは満足そうに嗤った。


「お前もそう思うだろう? なあ、アーテル。お前が強くなったのも俺と言う敵と戦ったからこそだ」


「………」


「だからもっと、もっとだ! お前はもっと強くなれ!」


剣先をアーテルへ向けながらマルスは言う。


「何度でも言うぞ、お前はメガセリオンになるべきだ」


以前告げた勧誘をマルスはもう一度口にした。


「俺には分かる。お前は強い。それなのに、自分を抑えて必死に弱いふりをしている」


「…何を言っている?」


「本当は全部どうだって良いんだろう? 俺と同じだ」


アーテルの内心を見透かすようにマルスは言う。


「自分以外の存在なんて全てどうでもいい。むしろ、邪魔なだけだ。全部ぶっ壊したくて堪らない」


マルスは奇妙な親近感をアーテルに感じていた。


以前戦った時に見たアーテルの眼。


どれだけ追い詰めても揺らぐことの無かった心音。


自分が死ぬことにも、目の前のマルスにも、一切恐れていない心。


クリスを背後に庇いながらも、実際にはその命にすら何の価値も抱いていない空虚な心。


「お前の眼は、俺よりも空虚だ。目に映る全てに何の価値も見出していない眼だ」


「………」


「もうこれ以上人間に拘る必要はない。マスターテリオンの呪禁を受けろ。そうすれば、お前も獣と成り果て、自由になれる」


マルスは剣を握っていない方の手をアーテルへ向けた。


この手を取れ、と眼が言っている。


「アーテル…」


クリスは不安そうにアーテルに呟く。


何故何も言わないのか。


何故すぐに否定しないのか。


まさか、本当に…と不安を口にしそうになる。


「は」


アーテルは小さく声を漏らす。


「はははははははは!」


そして、腹を抱えて笑いだした。


突然の奇行にクリスだけでなく、マルスも訝し気な顔を浮かべる。


「ああ、そう言うことか。君の言う『仕事』と言うのは、俺をメガセリオンに勧誘するってことか」


まだ笑みを含んだような声でアーテルは言った。


「つまり君は、大好きな獲物を生け捕りにするように命令を受けて、それに素直に従ってこんな所まで来たって訳だ」


「…だったら、何だ?」


「いや」


アーテルの声に嘲りが宿る。


固い表情のマルスを嘲笑するように、告げる。


「獣だの、自由だの、言っているけど、君ってマスターテリオンに飼われているんだねって話だよ」


「――――――」


今度こそ、マルスの顔から完全に表情が消えた。


何か、逆鱗に触れたかのように威圧感が増大する。


「…ヒヒッ」


ニタリ、とマルスの口元が吊り上がった。


三日月のような、貼り付けた笑み。


しかし、その眼は一切笑っていない。


「ヒヒヒヒヒ! ああ、全く! お前はどこまで最高なんだ! ヒトが気にしている所を! そこまで無遠慮に触れるかァ! 普通よォ!」


チャキッ、とマルスは剣を頭上に構える。


剣の震えは更に上昇し、雄叫びのような金属音を立てている。


「もういい! もうどうでもいい! お前は殺す! この俺の手で! 肉を引き千切り、その血を一滴残らず啜ってやるよォォォォ!」


マルスは剣を振り下ろした。


その刃から斬撃と共に衝撃波が放たれ、聖都を破壊した。








「怒らせてどうするのよ!」


「いやー、あっはっは、気になっちゃって」


クリスの言葉にアーテルは呑気そうに言う。


先程までマルスを挑発していた男と同一人物とは思えない。


「それより、次の攻撃来るよ」


「くっ…!」


激高のままにマルスは剣から衝撃波を放つ。


攻撃自体は分かり易くなったが、破壊力が段違いだ。


二人が攻撃を躱す度に、背後で街が破壊される音が聞こえる。


(…でも、考えようによっては都合が良いわね)


冷静さを失ったことでマルスの攻撃は大振りになり、動きが読み易くなった。


お陰で回避すること自体はそれほど難しくない。


「…今はこのまま回避に専念して、隙を見つけるわよ」


「了解了解」


気の抜けるような声でアーテルは頷いた。

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