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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
二章 白の獣
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第四十三夜


「景気付けに一発いくかァ!」


獰猛な笑みを浮かべて、マルスは両腕を引く。


両手に拳を作り、虚空を殴り付けるように勢いよく前に突き出した。


瞬間、音が衝撃波となって聖都を襲う。


正門を破壊し、その先の家々を瓦礫へと変えた。


人々の悲鳴が木霊する。


それを心地良さそうに聞きながら、マルスは嗤った。


「今ので何人死んだかなァ?」


耳を澄まし、命の音を数える。


聖都の人間の声、呼吸、心音に至るまで聞き分け、失われた数を数える。


「…あ? ゼロ?」


笑みが止まり、マルスは首を傾げた。


おかしい。


今の攻撃には大勢の人間が巻き込まれた筈なのに、死者はゼロ。


負傷者なら何人もいるが、どいつもこいつも致命傷だけは免れている。


「何だァ?」


壊れた正門を通り抜けながら、マルスは呟く。


負傷した人々から妙な力を感じる。


その体から小さなが花が生え、傷口を癒していた。


「まさか、秘跡…? 全部護りやがったのか?」


驚いたようにマルスは言う。


今のマルスの攻撃から聖都の住人を護り、その傷を癒している者が居るようだ。


恐らくは聖都の全域を秘跡で覆っているのだろう。


並みの聖人を凌駕する影響範囲だ。


「ヒヒッ! そう来ないとなァ!」


マルスは愉し気に腕を鳴らした。


敵は強ければ強いほど良い。


障害は大きければ大きいほど良い。


その方が乗り越えた時、マルスが得る物も大きくなる。


「白い人狼…! 白騎士か!」


「聖都を護れ! 俺達で護るんだ!」


逃げ惑う人々と入れ替わるように、銀の武器を手にした男達が集まってくる。


聖都を護る聖人達だ。


それぞれが武器と秘跡を持ち、マルスと対峙する。


「………」


(こいつら、じゃねえな)


好戦的な笑みを浮かべながら、マルスは冷静に敵を分析していた。


集まった聖人の中にこの力の持ち主は居ない。


どこかに隠れて様子見をしているのか。


それとも、聖都を守護することに力を使い過ぎて戦えないのか。


「まあ、どちらでも良いか。ここに居る全員をぶっ殺せば出てくるだろう…!」


まずは前座。


十を超える聖人達を前に、マルスはそう断言する。


『愛しき戦友。愛しき獲物よ。

 お前の四肢と五臓六腑! 砕ける音が聞きたいのだ!』


聖人達の放つ炎や雷撃を躱しながら、マルスの口が呪詛を紡ぐ。


『その音こそが鬨の声! 既に戦端は開かれた!』


地を蹴り、一息で接近するマルス。


それに驚いて隙を見せた男の顔を、マルスの拳が貫き砕いた。


『さあ、お前の肉を喰らい、骨を砕き! その血で喉を潤そう!』


手に付いた血を舐め取り、マルスの詠唱が完成する。


その身から放たれる音の圧。


重力が増したような威圧感を前に、聖人達の顔に恐怖が浮かんだ。








「…ッ!」


アーテル達がその場に駆け付けた時、そこには地獄が広がっていた。


マルスを倒すべく集まった聖人達だった物。


赤黒く地にへばりついたそれの中に、マルスは佇んでいた。


「おお、久しぶり…ってほどでもねえか」


返り血に塗れたマルスは気さくに手を上げる。


「アーテル、お前も聖都に来ていたんだな。会えて嬉しいぜ」


「…俺達を追い掛けて来た訳ではないのか?」


マルスの言葉にアーテルは問いかけた。


以前の戦いの時に、マルスの性格は把握している。


もしかしたらマルスは取り逃がした獲物を追い掛けてここまで来たのでは、と思ったのだ。


「それでも良かったんだがなァ。まあ、今回は仕事だ」


「仕事?」


「俺もまあ、群れに所属する身だからなァ。獣とは言え、最低限従わなければならんこともあるんだよ。面倒臭いがな」


心底不愉快そうにマルスは吐き捨てた。


今回の襲撃に内心不満を抱いているような態度だ。


「マルス」


そんなマルスの顔を真っ直ぐ見つめて、クリスは呟いた。


「あなたの話を聞いたわ。あなたも、ネフィリム計画で実験台にされたって」


「ああ、その話か。懐かしいな」


「酷い目に遭わされて、教会の憎む気持ちは分かるわ。だけど、アレは…」


同情を含んだ眼でクリスは言う。


マルスとクリスは同じ境遇だった。


クリス自身もあの時に受けた仕打ちは深い傷となっている。


そのクリス以上に死ぬような目に遭ったマルスの気持ちは痛い程に良く分かった。


だけど、それで教会全てを憎むことは間違いなのだと。


アレは一部の人間の暴走に過ぎないのだと、そう告げようとした。


「何か勘違いをしていないか、センパイ?」


「え?」


「俺は別に、教会を憎んでなんかいねえぜ?」


マルスは呆れたようにそう答えた。


「むしろ、あの連中には感謝しているくらいだ。奴らのお陰で、俺は『力』を手に入れたんだからな」


「だったら、何で聖人を…」


そう、マルスは四騎士の中でも特に白日教会を敵視している獣だ。


マルクトの守護と言う役目すら放棄して、積極的に聖人殺しを続けている。


その理由は自身を実験台にした教会への復讐だと思ったが、それは違うのか。


「足りねえんだよ」


グッと拳を握り、マルスは呟く。


「俺は一匹の獣として! 自由に生きると決めた! どんな奴にだろうと、その邪魔はさせねえ! 枷も障害も! 俺は全部ぶっ壊してやる!」


マルスの口元が吊り上がり、獰猛な獣のような笑みを浮かべる。


「その為には力が要る! まだだ! まだまだ足りねえんだよォ!」


聖人殺しは全てその為。


憎悪も無く、悲愴も無く、ただ己の欲望の為。


「………」


マルスは生まれつき盲目であり、また音も聞こえなかった。


呪禁を得て、音を聞き分けることで自分以外の存在を知るようになった。


だが、その本質には何も変わらない。


マルスにとって自分以外の存在とは、己の血となり、肉となる獲物に過ぎない。


人狼化して力を得ても尚、マルスは盲目のままなのだ。

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