表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
二章 白の獣
39/102

第三十九夜


「そう言う訳で、マスターテリオンの脅威は理解しただろう」


呆然とする二人を前にヨハンナは言う。


「我々には情報が足りない。聖戦の生き残りは少なく、マスターテリオンを相対した者など更に希少だ」


「教皇様は? 聖戦には参加しなかったのかい?」


「私?」


アーテルの疑問にヨハンナは訝し気に呟いた。


心底不思議そうな顔を浮かべている。


「当時の私は六歳の子供だ。聖戦に参加している筈がないだろう」


「そうか、六歳………ん? 六歳?」


一瞬納得した後、アーテルは顔を上げた。


「ってことは教皇様ってまだ十九歳…?」


「わ、私と同い年だったのですか!?」


驚愕したクリスが思わず叫ぶ。


十九歳と言えば、丁度クリスと同じ年齢だった。


「…私ってそんなに老けて見えるか?」


コテン、と首を傾けるヨハンナ。


言われてみれば、確かに外見は年相応だ。


服装を気にしなければ、クリスと同年代と言われても違和感はない。


しかし、冷静沈着な性格と、あらゆる重圧に耐える強靭な精神力。


どちらもクリスと同じ年とは思えなかった。


「確か、教皇様は十三年前から教皇を務めていると聞いていたのですが…」


「先代が亡くなった時、私以外に候補者がいなかったからな。だから六歳の私が次の教皇となった」


「………」


それもとんでもない話だ。


幾ら他に候補者がいないとは言え、まだ六歳の時点で教皇に選ばれるなど。


「まあ、私の話は良いだろう。それより、マスターテリオンは何か言ってなかったか?」


「いえ、気になることは特に…カラスの使い魔を使っていたことくらいしか」


「…そうか」


残念そうにヨハンナは呟く。


「流石に慎重だな。使い魔を使役していたと言うことは、本体はまだマルクトに引き篭もったままか」


マスターテリオンは謎の多い存在だ。


狼狂病が発生したのは百年以上前だと言うのに、十三年前に教会がマルクトへ侵攻するまで姿を見せたことは一度も無かった。


メガセリオンを増やす時にすら、カラスの分身を使っている。


四騎士を常にマルクトに配置していることから察するに、百年前から一度もマルクトを離れたことが無いのではないだろうか。


「…白騎士の方は? 奴とも戦ったのだろう?」


「戦い、と言う程では。ソフィーが駆け付けなければ二人共殺されていました」


「そこは気にしなくていい。四騎士と戦える者など聖人の中でも大司教アークビショップのみ。司教ビショップであるソフィアが戦えたのも、能力の相性が良かっただけだ」


事実、白騎士と交戦した別の司教達は纏めて惨殺されている。


衝撃波と言う『見えない飛び道具』を操るマルスに対し、瞬間移動が出来るソフィーは非常に相性が良かったのだ。


そして、それだけ相性が良くても倒すことまでは出来なかったことが、四騎士の強さを物語る。


「ネフィリム計画」


「!」


ぽつり、とアーテルが呟いた言葉にクリスの肩が震えた。


ヨハンナも驚いたような顔で、アーテルを見る。


「白騎士マルスはクリスをセンパイと呼んでいた。あなたなら、その意味が分かるのでは?」


「本当に、白騎士がそう言っていたのか?」


「本当だよ」


「………」


ヨハンナは無言でクリスを一瞥し、深いため息をついた。


「身内の恥を語るようなものなので、あまり教えたくはないのだがな」


頭を振り、もう一度視線をアーテルへ向ける。


「どうしても知りたければ、案内させよう」


(案内…?)


「コルネリア、来てくれ」


パンパン、と手を叩くと、どこかで待機していたのかコルネリアが現れた。


無言で佇むコルネリアに対し、ヨハンナは口を開く。


「話は聞いていたな? 彼らを『彼』の所まで案内してやってくれ」


「…分かりました」


僅かに言い淀みながら、コルネリアは頷いた。


「アーテル様。クリス様。こちらへどうぞ」


そう言って、コルネリアは先を歩き始めた。








コツコツと言う靴音が薄暗い階段に響く。


そこは大聖堂の地下へと続く階段。


窓一つ無い石の階段からはカビの臭いがした。


「コルネリア。どこへ向かっているの?」


「…大聖堂の地下には、特殊監獄と呼ばれる場所があります」


「特殊?」


「ええ。普通の犯罪者は聖都にある別の監獄に収監されますが、白日教会から出た犯罪者はこの特殊監獄に収監されることになっているのです」


「白日教会からってことは…」


「まさか、聖人の犯罪者?」


アーテルは推測を口にする。


神の秘跡を宿しながらも、罪を犯した者。


神を裏切った背教者。


それは確かに、普通の犯罪者と同じ扱いをする訳にはいかないだろう。


特に、この聖都では。


「いえ、確かにこの特殊監獄は聖人を含む犯罪者を収監する場所ではあるのですが、今から会う男は聖人ではありません」


暗く、深く、地獄の底へ向かうような階段を下りながらコルネリアは言う。


「秘跡を悪用すること。それは白日教会にとって何よりの大罪です。光の無い闇の中、死ぬまで懺悔し続けなければならない程の罪」


ここに入るのは、そんな者達ばかりだ。


刑期など存在しない。自由になることなど無い。


ただ本当の地獄に堕ちる前に、ここで少しでも罪を洗い流す為の煉獄。


それが、この場所の正体だ。


「その男は、秘跡を持たない身でありながら、秘跡を悪用する以上の大罪を犯し、ここに収監された」


「………」


「『聖人を自分の手で作り出す』…そんな傲慢を抱き、神と秘跡を穢した冒涜者」


靴音が止まる。


立ち止まったコルネリアの前に、一つの独房があった。


「アルデバラン。それが、ネフィリム計画の主導者にして唯一の生き残りです」


「…ネフィリム計画」


クリスは暗い顔でその言葉を繰り返す。


「…クリス様。あなたはここに残っていても構いませんよ?」


それを見て、コルネリアは呟いた。


浮かべている表情は冷静だが、どこか心配そうな声色だった。


「いえ、私も行きます」


その気遣いを感じながらも、クリスは首を振る。


「分かりました。では、こちらに…」


そう言って、コルネリアは独房の扉を開いた。








入ってまず最初に感じたのは、窮屈さ。


独房と言う話だったが、その部屋はあまり狭かった。


加えて、地下なので窓も無く、明かりもコルネリアがランプを付けるまで何も無かった。


完全な闇だ。


「ひ、ひ、ひ…」


闇の中から声が聞こえた。


ジャラジャラと金属が擦れる音が響く。


コルネリアの持つランプに照らされたのは、やせ細った男。


殆ど骨と皮だけの体であり、浮浪者の方がまだ健康的に見える程だ。


枯れ木のような手足は鎖で縛られ、動きを封じられている。


年齢はまだ三十を超えたばかりと言った感じだが、髪も髭も伸び放題で顔も汚れている。


今にも死にそうな体でありながら、その眼だけはギラギラと来訪者へ向けられていた。


「光。光か。眩しい。眩しいなァ」


「アルデバラン」


「おお? おおォ…!」


コルネリアの呼びかけにアルデバランの体が震える。


暗闇に光る赤い眼がコルネリア達を捉えた。


「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒ! これはこれは、お客様か? すみませんなァ、大した持て成しも出来ずに! ヒヒヒヒヒ!」


「無駄話をしに来た訳ではありません。アルデバラン」


げらげらと笑うアルデバランに対し、コルネリアは冷静に告げる。


「マルス。この名に聞き覚えは?」


「………………」


アルデバランは狂人のようにギョロギョロと目を動かした。


何かを思い出そうとしているのか、ブツブツと何事か呟いている。


「………マルス。マルス。マルス! おお、我が作品! 我が奇跡よ!」


「…ッ!」


アルデバランの言葉にコルネリアは苦い表情を浮かべた。


嫌な予感が当たってしまった。


「そう! そうだ! マルス! 奴は私が作り出した! 貧民街の孤児共を集め! 実験した!」


狂気の科学者は熱に浮かされたように叫ぶ。


「聖人をこの手で作り出す為に! 集めた子供に黒血を注入し! 人の手で聖人を作ろうとした!」


「黒血を、注入…?」


呆然とアーテルが繰り返す。


何だそれは。


そんなことをして何の意味がある。


人狼の血を注入されれば、ただ狼狂病になるだけ。


無意味に死ぬだけだ。


「『抗体』を作ろうとしたのか? 無理やり?」


聖人でも何でもない子供に黒血を注入することで、強引に抗体を生み出そうとした。


医者であるアーテルにとって、理屈だけは分かる。


だが、


「それは人体実験…いや、実験ですらない! ただの虐殺だ! 意味の無い殺人だ!」


そんなことが成功する筈がない、とアーテルは叫ぶ。


聖人に覚醒する者には先天的な体質が関係する。


それを人工的に生み出すことなど不可能だ。


「…意味なら、あったさ」


その時、唐突にアルデバランは呟いた。


まるで正気を取り戻したかのように、視線はアーテルへ向けられている。


「そうだろう? なあ、クリスティアナ」


ニタリ、と嫌な笑みを浮かべながら。


「我がネフィリム計画。唯一の成功例よ」


そう告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ