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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
二章 白の獣
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第三十五夜


「ここは…?」


クリスは周囲を見渡し、首を傾げた。


ソフィーの転移によって間一髪助けられ、気が付くと見覚えのある風景が広がっていた。


「確か、カタリナさんの…?」


そう、そこはかつてカタリナと出会った村だった。


森の中で迷っていた所をカタリナに助けられ、その後現れたプルートと戦った場所だ。


「ソフィー、あなたはどうして私達を…」


「助けた理由ですか? それともここに連れてきた理由ですか?」


「…両方よ」


クリスの問いかけに、ソフィーは少し嫌そうな表情を浮かべて口を開く。


「コクマーであなた達を見送った後、私はあなた達に『借り』があることに気付きました。あなた達が死ぬのは勝手ですが、借りを作ったまま相手に死なれるのは私の主義に反する。だから助けたのです」


「借り? 私達が?」


そんなことを言われてもクリスは身に覚えがない。


評判こそ一方的に知っていたが、ソフィーと出会ったのは先日が初めてなのだ。


「一体、何のことを言っているの?」


「それは…」


「ソフィー!」


詳しく説明しようとした時、ソフィーを呼ぶ声が聞こえた。


小走りで駆け寄ってくるのは、クリスも知っている人物。


「やっと戻ってきたのね。それで、アーテルさん達は無事だったの?」


「一人は無事ですが、もう一人が重傷です。治療しますので、カタリナさんも手伝って下さい」


「分かったわ!」


そう言葉を交わしながら、寝かされたアーテルを運ぼうとする二人。


それを眺めていたクリスを一瞥し、ソフィーは視線を逸らしながら告げる。


「…コレが、あなた達に対する『借り』ですよ」








「取り敢えず、命に別状はないようですね」


一時間後、治療を終えたソフィーはクリスにそう伝えた。


「ほ、本当に! 良かった…!」


その言葉に安堵の息を吐くクリス。


アーテルはずっとぴくりとも動かなかったので、悪い想像ばかりしていたのだ。


「正直、驚いていますよ。全身の骨も内臓も潰れて、まだ生きているなんて。聖人の身体と言っても限度があります」


神から余程頑丈な肉体を授かったのだろう。


それともその生命力も含めてアーテルの秘跡なのか。


「…あなたってカタリナさんの娘だったのね」


「義理ですけどね」


以前、カタリナの語っていた義理の娘。


それがソフィーだったのだ。


コクマーで二人と別れ、転移で故郷へ帰ったソフィーはカタリナから事情を教えられた。


ソフィーの不在の時にプルートに村が襲われ、それをクリス達が助けてくれたことを。


借りを作っていたことに気付いたソフィーは、すぐに慌てて二人を助けに向かったのだ。


「義理でも大切に思っているのでしょう? 家族だからね」


「…ええ、まあ」


クリスの言葉をソフィーは否定しなかった。


「…カタリナさんは私の母の妹なんですよ。血縁上は、叔母にあたりますね」


「歳の離れた姉妹だったのね」


「ええ。それで、母が死んだ後に私を引き取って育ててくれた恩があります」


利己主義者のソフィーだが、カタリナのことは心から大切に思っていた。


だからこそ、それを救ってくれた二人にも借りを、恩を感じたのだ。


「何だ。あなたって、思ったより良い子じゃないの」


「…上から目線で話すのはやめて下さい。私の方が地位は上です」


無愛想な表情でソフィーはそう言った。








その場所は、正しく魔界だった。


人は無く、魔だけが棲む領域。


地獄と言う物があると言うのなら、こんな風景をそう呼ぶのだろう。


空に広がるのは、青白い満月が浮かぶ夜の帳。


現在の時刻は昼過ぎだと言うのに、太陽の姿はどこにも無い。


空に展開された夜空は星の位置すら動かず、まるで作り物のように貼り付けられている。


異変は空だけではない。


地上には花一本生えず、朽ちた大地が広がっている。


所々に残っている廃墟がかつての人の名残を残しているが、命の気配と言う物を一切感じなかった。


「相変わらず、クソ寂れた場所だなァ。ここは」


かつて『第十都市マルクト』と呼ばれていた廃墟の中心にて、マルスはつまらなそうに呟く。


廃墟と化した街に存在する唯一の建物。


朽ちた廃城の中を歩き、目的の部屋に辿り着く。


ひび割れた円卓。


四つ用意された席の一つに、荒々しく座り込む。


「マルス、遅刻だぞ」


そう声を掛けたのは、対面に座る黒い甲冑に身を包んだ男。


どこか甲虫を思わせる不気味なデザインの甲冑を纏い、その肌を一切露出していない。


腰には剣を差しており、獣と呼ぶには人の理性を感じる雰囲気を持つ。


髪も服も白一色のマルスとは正反対に、男の全身は黒で統一されていた。


マルスも白騎士と言う異名を持つが、騎士と言う言葉はこの男の方が相応しいだろう。


「ジュピターか。別に良いだろう」


「良くはない。獣の群れにも規律はある。自由とは、ただ規律を破る行為のことではないぞ」


「は。規律か」


コレは可笑しな話を聞いた、とでも言うようにマルスは失笑する。


「規律破りは俺だけじゃねえだろう?」


マルスは周囲に視線を巡らせ、そう告げた。


既にマルス以外の四騎士は集まっていた。


それぞれの椅子に座っているが、一体だけ余っている。


目の前のジュピター。その背後に従者のように佇んでいる五体目。


「………」


美術品のように美しい顔立ちを陰鬱な表情で塗り潰した幼い少女。


身に纏っているのはジュピターと同じく黒を基調とした服装。


ジュピターが騎士ならば、こちらは幼き貴族令嬢とでも言った所か。


黒い蝶を思わせる高貴なドレス。


背からはアゲハ蝶のような羽根が生えている。


「ここに入ることを許されているのは四騎士のみ。下位の獣共は近付くことさえ許されない。知っているだろう? なあ、ウラヌス」


「………」


笑うマルスの言葉に、ウラヌスは答えない。


そもそも視線すらマルスに向けておらず、話を聞いているのかさえ不明だった。


「おい、聞いて…」


「やめろ」


椅子から立ち上がり、食い下がろうとしたマルスを呼び止める声が聞こえた。


「つまらん争いで、この玉座を乱すことは赦さん」


椅子に座りながら、男は告げる。


その男が基調とする色は『青』だった。


群青色のマントを纏った長身の男。


豊かな髭を持つ凛々しい顔立ちの男だが、肌の色は死人のように青褪めている。


髪の色は黒に近い藍色で、夜空を連想させた。


薄っすらと霧のような物を纏っており、見ている者に言い様の無い寒気を与える。


マルスやジュピターに比べれば落ち着いた風貌をしているにも関わらず、どこか人間から最もかけ離れた雰囲気を持つ男だった。


「ルナ」


マルスは睨むように男を見ながら、その名を呟く。


四騎士の一体。


『青騎士』の異名を持つ男だ。


現存する四騎士の中では最も古株。


マスターテリオンが最初に呪禁を与えたメガセリオンだと言われている。


「………」


マルスの白い瞳と、ルナの青い瞳が交差する。


互いに言葉は発しないが、殺気だけが周囲に満ちていた。


今にも襲い掛かろうとしているマルスを、ルナは冷めた目で見つめている。


「座れ」


命令するように告げられた言葉を合図に、マルスは拳を握り締めた。


「あ! そうだ! 忘れる所だった!」


拳が振り上げられる直前、能天気な程に明るい女の声が響く。


席に座ったまま、今まで一度も口を開いていなかった最後の騎士が手荷物を円卓の上に広げていた。


「お土産持ってきたんだー♪ みんな、クッキーとか好きですかー?」


空気を読まずにそう告げるのは、十代後半くらいの女。


赤い布を幾つも重ね合わせたような服を身に着けた女だ。


マルス同様に特徴的な眼を持ち、白目の部分が黒く、黒目の部分が赤い。


その不気味な眼を差し引いても美人と呼べる程に顔立ちは整っており、スタイルも良い。


しかし、大人びた容姿とは裏腹に、子供っぽい無垢な笑みを浮かべており、アンバランスな雰囲気を持つ。


首から提げている使い古した長い笛も、幼い雰囲気を強めていた。


「ルナさん。ジュピターさん。甘い物はお嫌いですかー?」


「…遠慮しておこう」


「俺もあまり…」


マイペースな女の言葉に、ルナとジュピターは拒否を示す。


それに残念そうな表情を浮かべ、今度はマルスへ視線を向けた。


「それじゃあ、マルス君は?」


「…おい、メルク。何で俺だけ君付けなんだよ」


「えー? だって、マルス君って人狼歴も、実年齢も私より下じゃん」


「………」


興が削がれた、とでも言うようにマルスは椅子に座った。


メルクと呼ばれた女はそれを不思議そうに眺めている。


『…さて、もう全員揃っているようだな』


その時、円卓の上に一羽のカラスが出現した。


三つ目のカラス。


マスターテリオンの遣いだ。


それに気付き、マルスは悪童のような笑みを浮かべ、片手を上げる。


「よう、久しぶりだな…『カイン』」


躊躇いなく、そう告げた。


「…マルス」


『いや、構わんぞ』


何か言いたげなルナを制するように、マスターテリオンは言う。


『お前達は俺の近衛騎士だ。名など、どう呼ぼうと構わん』


マルスの呼んだ『カイン』とはマスターテリオンの本当の名だ。


マスターテリオンとは、メガセリオンの支配者と言う意味の通り名であり、本名ではない。


マスターテリオン…カインはかなり慎重な性格である。


本名を隠し、下位の獣の前にはそもそも姿すら見せることも無い。


だが、マルクトを守護する四騎士には信頼の証として姿と名を教えている。


教会の人間の前で呼ばれるのは困るが、この場で気安く呼ばれた程度で気を悪くするほどカインは狭量では無かった。


『それよりも、だ』


カインは三つ目をマルスへと向ける。


『サートゥルヌスが死に、またメガセリオンに欠員が出てしまったぞ』


「あのお爺ちゃん死んじゃったのー…?」


メルクは少し悲し気に呟き、肩を落とした。


「ヴィーナスとプルートに続き、三体目か。元々『愚鈍』と『無感動』が空席だったことを考えると…」


「もう残っているのはこの場に居る人達だけってことー?」


ジュピターの言葉にメルクが答える。


メガセリオンは全部で十体だ。


死亡した獣が三体。


そして既に滅ぼされ、次の候補者を探している途中だった二体を除外すれば、もう四騎士と一体の獣しか残っていない。


『下位の獣に欠員が出るのは別に珍しいことでは無いが、こうも続けて滅ぼされては補充が間に合わん』


はぁ、とカインはため息をついた。


「それはつまり…?」


『四騎士を解放する』


「守護の任を解く、と言うことか?」


ジュピターが確認するように告げる。


『そうだ。一時的にな。ここにはルナだけ残れば良いだろう』


そう言ってカインは騎士達を見渡した。


『お前達はマルクトを離れ、次の候補者を探してこい』


コツン、と爪で円卓を叩くカイン。


『ついでに、調子に乗っている教会の聖人共を殺してくることも忘れるな』


カインは冷淡に告げる。


コレは次のメガセリオンを探すと同時に、教会に対する牽制でもある。


メガセリオンの半数を滅ぼした連中が、勢いに乗らないように。


最大の戦力である四騎士を使って、その鼻をへし折る。


『以上だ』


カインの命令を聞き届け、騎士達が席から立ち上がった。


『…マルス』


「ああ? 何だよ、カイン」


『サートゥルヌスを殺したのはお前だ。そのことは不問とするが、代わりを用意することを忘れるな』


「…了解だ」


そう答え、マルスは去っていった。

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