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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
二章 白の獣
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第三十四夜


「ぐ、おお…!」


斬り飛ばされた自身の左腕を見て、マルスは声を上げた。


斬られた。


背後を取られたのだ。


ただの人間相手に。


(この、俺が…!)


マルスは傷口を見下ろす。


銀の武器で受けた傷である為、再生が遅い。


焼け焦げた傷を手で抑えながら、マルスは自身に傷を負わせた少女を見る。


「………」


ソフィーは変わらず無表情のままだった。


冷静にマルスの反応を見ている。


(腕を斬り落とした、けれど大した傷じゃない)


不死身に近い再生力を持つ人狼にとって、腕の一本など重傷とは言えない。


放っておけば、すぐに再生する筈。


しかし、全く無意味かと言えばそうでもない。


人狼にも痛覚はある。


肉体を復元するのにもエネルギーを消耗するし、流れ出た血液は戻らない。


何より、強い人狼ほど高いプライドを持つ傾向にある。


(怒る、かな。それならそれで対処しやすくなるけど)


激高すればそれだけ行動が読み易くなり、隙が生まれる。


その隙を突けば、この場から逃走することも可能だろう。


そう、逃走だ。


元よりソフィーにマルスを倒す気など無い。


ここへ来たのはあくまで、クリス達を助ける為だ。


初めから、四騎士相手にまともに戦うつもりは無い。


「…は」


小さな呟きと共に、カタカタとマルスの体が震える。


その身を支配する感情は、怒りでは無かった。


「はははははははは! 良いぞ! よくもやってくれたなァ! そう来なければ面白くない!」


歓喜に震えながら、マルスは叫ぶ。


「弱い者イジメも…まあ、嫌いでは無いが? やはり戦うのなら、敵もそれなりでなければなァ!」


ズン、と地面を陥没させる程に踏み込むマルス。


得意の衝撃波を放たず、そのまま獣の身体能力で一気にソフィーへ迫る。


「!」


「ヒヒヒ! 捕まえたァ!」


ソフィーの肩を右腕で掴み、マルスは口を大きく開いた。


マルスの口内で音が乱反射し、増幅されていく。


「零距離だァ! 砕け散れェ!」


どれだけ速く動けようとも、一度捕まえてしまえば無意味。


回避能力が高いと言うことは、逆に言えば防御能力が低いと言うこと。


人間の女子供など、一撃で粉砕する。


「…ッ」


衝撃波を放つ直前にマルスはヒュガッ、と言う風を切り裂くような音を聞いた。


同時に悪寒を覚え、咄嗟に身を退く。


瞬間、退いたマルスの首筋を真横から飛んできたチャクラムが掠める。


「チッ…!」


あのまま攻撃に集中していたら首を斬り落とされていた。


それでもマルスが死ぬことは無いが、銀で負った傷は再生に時間が掛かる。


首を刎ねられれば、それを再生するまでの間、無防備となってしまうだろう。


「危ねェ危ねェ、チャクラムは投擲武器だってことを忘れてたぜ!」


へらへらと笑いながらも、マルスは思考する。


投擲武器、とは言ったが、ソフィーは目の前に立っていた。


にも拘わらず、チャクラムが飛んできたのはマルスの真横。


どう投げても、そんな風に敵を攻撃することは出来ない。


そもそも、命中する直前までマルスが気付かなかったこと自体が不可解だ。


(考えられるのは、あの音)


ヒュガッ、と言う奇妙な音。


今の攻撃の時も、マルスの背後を取った時も、同じ音を聞いた。


あの音こそが、ソフィーの能力が発動した証。


「高速移動、じゃねえなァ。大気を震わす移動なら、俺が感知できない筈がねェ」


「………」


「…空間移動か。空間に穴を空けて、一瞬で移動する能力」


マルスは確信を以て告げる。


あの奇妙な音は、空間に空いた穴に大気が入り込む音だ。


目に見えない穴を通り抜けることで、ソフィーは音もなく移動して見せたのだ。


「どう? 正解? 正解だろう? ヒヒヒ! 俺ってば、マジで名探偵! ヒハハハハ!」


「…秘跡サクラメント『カウウス』」


囁くような声と共に、ソフィーの秘跡が発動する。


それは空間に風穴を空ける能力。


見えない門を作り、空間を通り抜ける力。


「お?」


得意げなマルスの周囲に銀の星々が展開される。


それらは全て銀製のチャクラム。


空間を超えて現れた無数の刃だ。


「断ち切れ」


「おおおおおおおおおおォォォ!?」


叫び声を上げるマルスを、全方位から銀の刃が襲った。








「…そこの二人。まだ生きてますか?」


ソフィーはクリス達の下に駆け寄りながら、そう訊ねた。


「私は、大丈夫。でも、アーテルが…」


クリスは心配そうな表情で倒れたアーテルを見る。


ソフィーが現れた時から、アーテルはぴくりとも動かない。


「死んではいない。だけど、このままだと危ないですね」


そう言ってソフィーは二人へ手を翳す。


「二人共、私の能力で転移します。長距離を移動する穴を空けるには少々時間が掛かりますから、しばらくその場から動かないで下さい」


「わ、分かったわ」


頷きながら、クリスはマルスが居た方を見た。


無数のチャクラムによって巻き上げられた土煙に隠れ、今はその姿が見えない。


「ソフィー。あの騎士を倒したの…?」


「…いえ。まだ生きています」


ソフィーはあっさりと答えた。


「今はきっと傷を治しているだけでしょう。この隙に逃げますよ」


淡々とソフィーは言う。


ソフィーの目的はマルスを倒すことでは無いのだから、無理に相手をする必要はない。


それに、恐らくだが。


「私ではアレに勝てません」


今まで上手く戦えたのは、マルスは初見の能力に対処できなかったからだ。


不意打ちが成功するのは今のが最後。


まともに戦えば、殺されるのはソフィーの方だろう。


「だから、このまま一緒に逃げ…」


「つれないこと言うなよなァ」


土煙の中から声が聞こえた。


「こっちはやっと体が温まってきた所なんだよ。やっぱり戦士を成長させるのは強者との戦いだなァ」


それを片腕で薙ぎ払いながら、マルスが現れる。


全身に浅くない傷を負いながらも、その闘志は今まで以上だ。


「…俺はまだまだ未熟だ。この能力を得てから十年経つが、全く成長してねえ。何故だか分かるか?」


「………」


「敵が弱過ぎるからだよ」


がっくり、と肩を落としながらマルスは言う。


「どいつもこいつもクソ弱ェんだよ。どれだけ大層な人間だろうと、腕の一振り二振りで死んじまう。そんな物は戦いじゃねえ! そんな物で成長なんてある筈がねえ!」


圧倒的な力を持つ獣の悩み。


より強い力を得る為には、相応の敵が必要だ。


苦難が、苦痛が、障害こそが生物を強くする。


「ああ、そうだ。この感覚、この感覚だよ! ヒヒヒ! コレこそが戦いってやつだ!」


流れ出る自身の血を眺めながら、マルスは歓喜に震えた。


「俺の攻撃は奴には当たらない! 俺の攻撃が届く前に転移で逃げられちまう! ならばどうする? ならばどうする! ヒヒヒヒヒ!」


気が触れたようにマルスは叫ぶ。


ただ拳を振るうだけでは、ただ衝撃波を放つだけでは、ソフィーを殺せない。


能力の相性もあるのだろうが、今までにない敵だ。


未知の敵こそが、最大の糧となる。


「そうだ! 良いことを思い付いたぞ!」


そう叫ぶと、マルスはその場に片膝をついた。


叩き付けるように残った右手で地面に触れる。


同時に、キィィィンと言う異音が響き渡った。


「な、何…?」


クリスは周囲を見渡して、思わず呟いた。


ざわざわと木々が揺れている。


否、木だけではない。


岩も、大地も、あらゆる物が鳴くように揺れている。


「共鳴、している…?」


段々と揺れが広がっていく。


土も岩も大気さえも、振動は伝播し、増幅する。


「まさか…」


音を操る能力。


音とは即ち、振動。


物体を、大気を、あらゆる物を震わせる力。


「攻撃を転移で躱されるのなら! 絶対に回避できない攻撃を放てばいい!」


転移が間に合わない速度で攻撃を放つ、と言う意味ではない。


どれだけ離れても、決して逃げられない全方位攻撃。


「足下から全て崩れ落ちるようなァ! 大崩壊ってやつでなァ!」


瞬間、大地が崩壊した。


地面がひび割れ、開いた裂け目に木々が呑み込まれていく。


マルスを中心に周囲一帯が塵へと変わる。


正に、災害。


一つの生命が振るうには過剰すぎる暴力が、大地を破壊した。


「ヒヒヒヒヒ! ヒハハハハハハハハ!」


破壊の中心でマルスは嗤った。


単なる思い付きだったが、想像以上の力だ。


力の増大を感じ取り、マルスは狂喜する。


最高の気分だ。


今日は何て良い日なんだ。


かつてない強者と出会い、かつてない力を得た。


何よりも幸福なのは、


「…逃げられた、か」


寸前で、転移が間に合った。


ソフィー達の姿は既に無く、恐らくはもうマルスの探知範囲から逃れている。


「センパイだけじゃねえ! アーテル! それにあの転移能力者テレポーター! 最高じゃねえか! 超えるべき障害が三つも見つかった!」


その障害達を乗り越えた時、どれだけの力を得られるのか。


自身の力はどれほど高みに昇り詰めることが出来るのか。


想像するだけでマルスは震えが止まらない。


「ああ、愉しみだァ! 愛しい。愛しいぞ、獲物おまえ達が! 必ず、また逢おう!」


愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、マルスはその場から去っていった。

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