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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
二章 白の獣
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第三十一夜


(コイツ、目が…?)


アーテルは対峙するマルスの眼を見て気付く。


光の宿さない白濁した眼は、眼としての機能を失っているようだった。


「俺の眼が気になるか?」


それに気付いたのか、マルスは言った。


「確かに俺は生まれつき眼が見えねえが、声と気配を消せば隠れられるとか思うなよ? 光は無くとも、俺には『音』がある」


白く濁った眼は真っ直ぐに二人の顔を見つめている。


「呼吸は止められても、心音を止めることは出来ねえからなァ」


光の無い眼が見つめているのは、二人の心臓。


その鼓動が二人の居場所をマルスに教えてくれる。


盲目と言うハンデは、マルスにとって何の障害にもならないのだ。


「俺の話はもう良いだろう。それより…」


マルスの眼がクリスへ向けられる。


「お前がクリスか。会いたかったぜ、センパイ」


「セン、パイ…?」


その言葉にクリスは訝し気な顔をした。


やけに親し気な雰囲気だが、クリスには覚えが無い。


「まあまあ、覚えてねえのも無理はねえって話。もう十年も前の話だしなァ」


「十年前…」


「『ネフィリム計画』」


「!」


続いたマルスの言葉にクリスは初めて顔色を変えた。


驚愕に目を見開き、笑みを浮かべたマルスの顔を見つめる。


「どうして、あなたがそれを…」


「懐かしいだろう? 俺は今でも昨日のことのように思い出せるぜ、センパイ」


「センパイ…って、まさか…!」


クリスはその時、目の前の男の正体を悟った。


ネフィリム計画。


その事実を知る者は殆ど居ない。


この男も自分と同じ…


「なあ、センパイ。メガセリオンになる気は無いか?」


「な…何を言っているの…!」


「それはこっちの台詞だぜ。十年前あんな目に遭わされたくせに、何だってまだ教会なんぞに忠誠を誓ってやがるんだァ?」


心底不思議そうにマルスは尋ねる。


「だって、アレは…」


「同じだよ。連中はまた繰り返す。元々宗教なんてものはなァ、自分より馬鹿な奴らを支配する為に生み出された物なんだよォ」


冷めた目でそう語るマルスに嘘をついている気配は無い。


本心からそう思っているのだろう。


信じられるのは己だけ。


故に神も信仰も、己以外を騙す為の手段に過ぎないと断じる。


「お前もこっち側に来いよ。そうすれば、きっと…」


「無理な勧誘はやめてくれるかな?」


「お?」


クリスを庇うように前に出たアーテルを見て、マルスは首を傾げた。


「支配しようとしているのはそちらでは無いか? マスターテリオンとやらがどれだけ凄い存在なのか知らないけど、その下僕になることがそんなに良いかな?」


二人が話している内容は殆ど理解できなかったが、メガセリオンの側につくことが間違いであることは確実だった。


彼らはマスターテリオンの駒に過ぎない。


命じられるままに人間を殺す獣になることのどこに自由がある。


「…ヒヒヒ!」


アーテルの指摘に対し、マルスは悪童のような笑みを浮かべた。


「ヒヒヒヒヒ! ヒハハハハ! 悪い悪い! 全部冗談だよ! ちょっとアイツの真似をしてみただけだっての! 本気にすんなって話!」


バシバシと肩を叩きながら、マルスは腹を抱えて笑う。


「冗談?」


「ぶっちゃけ、どっちでも良いんだよ。センパイが教会の味方しようが、メガセリオンの敵となろうが、全部どうでも良い」


「………」


「…むしろ」


ピタリ、とそこで笑みを止め、マルスは愉し気に目を細める。


伸ばされた人差し指が、ゆっくりとクリスへ向けられた。


「正直に言えば、敵になる方が良い。だって全力で戦うことが出来るからなァ」


「ッ!」


マルスの言葉に不穏な気配を感じ、アーテルは身構える。


先程、マルスはサートゥルヌスを一撃で倒した。


その指先を、ただサートゥルヌスへ向けるだけで。


それだけの動作でも、マルスにとっては十分な攻撃動作なのだ。


「『紅糸ルベル』」


瞬時に紅い糸が展開された。


その攻撃からクリスを護り、マルスを断ち切る為に。


「おっと」


糸に包囲される前に、マルスは飛び退いて距離を取る。


「危ねえな。不意打ちかよ。ま、そう言うのも嫌いじゃねえけど」


ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、マルスは自然に構えた。


見た目はクリスよりも下に見える小柄な少年。


「戦いに上品さなど要らない。戦場に在るのは、略奪と蹂躙のみ! 理も知も一切不要なり!」


だが、その身に宿す獣性は今まで出会ったどの人狼よりも強い。


『愛しき戦友。愛しき獲物よ。

 お前の四肢と五臓六腑! 砕ける音が聞きたいのだ!

 その音こそが鬨の声! 既に戦端は開かれた!

 さあ、お前の肉を喰らい、骨を砕き! その血で喉を潤そう!』


獰猛な獣が、血の滴るような呪詛を紡ぎ始める。


それは破壊と殺戮の呪い。


その眼に映る全てを殺し尽くす獣の本能。


「呪禁…」


大気が震える。


木々が騒めく。


周囲全ての存在が、それに怯えるように。


「『残酷アクゼリュス』」


瞬間、海の底のような重圧が辺りを包み込んだ。


サートゥルヌスとは異なり、外見的には何の変化も起きていない。


しかし、眼に見えない部分で確実に何かが変化した。


「…先に言っておくが、加減は出来ねえぞ」


三日月のように吊り上がった口が言葉を紡ぐ。


「俺が司る呪禁は残酷! 容赦も呵責も、俺には存在しねえからよォ!」


(…来る!)


地を蹴り、弾かれるようにマルスの身体が飛び出す。


構え自体はシンプルで、勢いそのままに右の拳を振るった。


ただの拳とは言え、メガセリオンの振るう拳だ。


まともに受ければ、人体など容易く貫通するだろう。


(速い、が。まだ躱せる…!)


糸の防壁を展開しながら、アーテルは回避行動を取る。


糸によってマルスの動きを止め、後方に下がることで拳から逃れた。


(次はこちらから………ッ!)


反撃しようと糸を操った時、アーテルの身体に衝撃が走った。


ギシギシ、と全身の骨が軋み、内臓が拉げる。


「…え?」


それを見ていたクリスの口から呆然と声が漏れた。


砲弾に直撃したかのような轟音と共に、アーテルの身体は木の葉のように宙を舞う。


地面を削りながら転がり、そして死んだようにぴくりとも動かなくなった。


「あ、アーテル?」


恐る恐る振り返るクリス。


地に倒れるアーテルの身体からじわり、と血が地面に広がっていく。


「ああ…! あああッ! この音だァ! 骨と肉の砕けるこの音こそがァ! 何よりの快楽!」


歓喜に身を震わせながら、マルスは耳を抑える。


その顔は愉悦に満ち、狂気的な笑みを浮かべていた。


「ヒヒヒ! ヒヒヒヒヒッ! 聞こえる、聞こえるぞ! 心臓の鼓動が弱まっていく! 命が尽きる音ォ! 尽きる瞬間に大きく脈打つ音! それが聞きてえんだよォ、俺はよォ!」


「お、前…!」


怒りに震え、クリスは武器を握る。


殺意と憤怒を宿らせて睨むクリスを前に、マルスは笑みを深めた。


「ヒハッ! ヒハハハハ! お前の音も聞かせてくれよ! なァ!」

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