表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
序章
3/102

第三夜


「元々俺は旅医者でね。そろそろ別の場所へ向かおうと思っていたんだ」


太陽は真上に上った頃、道を歩きながらアーテルは言った。


本人の言うように旅慣れているのか、荷物はカバン一つだけだ。


「君が寝ていたベッドがあった家も、村で使わなくなったやつを借りていたんだよ」


「村人に信頼されていたみたいね…」


「田舎の村には医者なんて殆ど居ないからね。医者と言うだけで案外親切にしてくれるものだよ」


まあ、確かに医者と言うのは貴重だ。


軽い病気でも場合によっては死に至る時代だ。


見知らぬ旅人だろうと、医者であるだけである程度は信用されるものなのだろう。


「何で旅なんて続けているの?」


クリスは不思議そうに呟く。


「貴族のお抱えにでもなれば、一生食べるのには困らないと思うけど?」


医者が不足しているのは田舎の村だけじゃない。


クリスの出身地、白日教会の本部がある『聖都ケテル』でも医者はまだ不足している。


十分な医療知識さえあれば、職に困ることなど一生無いだろう。


「そんな生活も悪くは無いけど、医者と言うものはある意味科学者に近い人種なんだよ」


「科学者?」


「そう。医学を発展させるのは、膨大な知識でも、卓越した技術でも無い」


カチカチとアーテルは手袋に付いた爪を鳴らしながら言う。


「それは『経験』さ。数多くの患者を診て、触れて、知る。そればかりはどれだけ本を読もうとも得られないものだ」


アーテルは金儲けの為に医者になったのではない。


自身の技術の向上、ひいては医学の発展の為にこの道を選んだ。


だからこそ、貴族のお抱えになって屋敷の中で一生を終えるつもりは無い。


国中を巡り、直接患者に関わることで多くの経験を得たいのだ。


「…なるほど。その珍妙な格好は、その為ってこと」


「そう言うことさ」


全身を覆うガウンコートは患者の血が皮膚に触れないように。


クチバシ付きのマスクは患者と距離を取る為に。


「医者として実に合理的な格好だと言うのに、何故か変人扱いされることが多いのだよ」


「それは当然だと思うわ」


「何故だ?」


本気で理解していないのか、アーテルは心底不思議そうな顔をした。


キョロキョロと自身の恰好を見下ろし、やがて何かに気付いたように顔を上げる。


「…患者の匂いがする」


「へ? 匂い?」


「こっちだ!」


そう言うとアーテルは唐突に走り出した。


突然の行動にクリスは目を白黒させる。


「ちょっと! いきなりどこに行くの!」


ふと我に返り、クリスは急いでアーテルの後を追った。


「と言うか、速ッ!? ひょろひょろとした手足しているくせに!」


見た目運動が得意そうには見えなかったが、アーテルは意外と速かった。


クリスはこれでも教会で訓練を積んでいると言うのに、中々追い付けない。


幸いにも、アーテルはしばらくすると立ち止まった為、すぐに追い付くことは出来た。


「はぁ…はぁ…! 病み上がりの人間を急に走らせるなっての…!」


(…うん? と言うか、何で私、素直に追い掛けているんだろう?)


いっそこのままアーテルを放って立ち去れば良かったのではないだろうか?


そんな考えが今更頭に浮かんできた。


本当に今更だが。


「クリス。見ろ」


「何よ? 確か患者がどうとか…」


アーテルの指さす方向を見て、クリスは言葉を止めた。


そこに在ったのは、一つの民家だった。


入り口には破壊の痕跡があり、壁や地面には大きな爪痕が残っている。


クリスの顔が段々と強張っていく。


「コレは、人狼に…?」


「そのようだ。だが、生存者はまだ居る」


「どうして分かるの?」


「患者の匂いがする」


「………」


またそれか、とクリスは思わず呆れた。








「…?」


体に痛みを感じ、少年は目を覚ました。


何か薬のような匂いがする。


違和感を覚え、瞼をゆっくりと開く。


「やあ」


目を開けて、最初に映ったのは奇妙なマスクを被った怪人だった。


「うわああああああ!?」


「良い叫び声だ。思ったより元気そうじゃないか」


「おお、お前は誰だ! 俺に何をする気だ! 母さんはどこだ!」


「まあ、落ち着くんだ。まずは注射を打とう」


パニックに陥る少年に対し、怪人はマイペースに注射器を取り出す。


その尖った先端を見て、少年の顔が青褪めた。


「コレを注射すれば、すぐにまた母親に会える。安心しろ」


「や、やめろおおおおおおおおおお!?」


ガクガクと恐怖に震える少年の腕に注射が打たれた。


そこで緊張がピークに達したのか、少年はそのまま気絶した。


「うん? 何故気絶した?」


「この馬鹿! 医者が患者を怖がらせてどうするのよ!」


首を傾げるアーテルの頭をクリスは思い切り叩いた。


この男、わざとやっているのではないか。


言葉選びが最悪すぎる。


悪夢でも見ているのか、何やら魘されている少年が不憫でならない。


「あ、あの…」


先に治療を受けていた少年の母親が心配そうに呟く。


「だ、大丈夫よ。この子に打ったのは、ワクチンだから」


慌ててクリスはアーテルのフォローをする。


アーテルが少年に注射したのは、ただのワクチンだ。


「ワクチン、ですか?」


「その通り」


不思議そうな顔を浮かべた母親にアーテルは身を乗り出す。


「人狼に襲われた際、もっとも気を付けなければならないのは『感染症』だ」


アーテルは懐から茶色の小瓶を取り出す。


「人狼に噛まれると『狼狂病ろうきょうびょう』と言う病気に罹ってしまうことがある。発症すればまず助からない恐ろしい病気だ」


言いながらアーテルは小瓶を母親に手渡した。


「一応ワクチンは打ったけど、体に黒い痣が浮かぶようだったらコレを飲むんだ」


小瓶の中には幾つかの丸薬が入っている。


それは全てアーテルが自作した狼狂病の薬だった。


「あ、ありがとうございます! ですが、私はお金が…」


「代金なんて気にしなくていい。人として当然のことをしたまでだからね」


そう言うとアーテルは立ち上がった。


「ああ、そうだ。代金代わりと言う訳では無いが…」


ちらりとアーテルはクリスを一瞥してから尋ねる。


「君達を襲った人狼がどこへ逃げたか分かるかい?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ