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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
二章 白の獣
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第二十七夜


聖都ケテルにて。


教皇ヨハンナは一人自室で窓の外を眺めていた。


「………」


コルネリアからの報告によると、クリスは既に二体のメガセリオンを倒したらしい。


本来それは有り得ないこと。


聖人に階級があるように、その実力には格差がある。


通常メガセリオンに確実に勝利できると言われるのは最上位の『大司教』のみ。


相手次第で勝利できる者も『司教』に限られている。


一人前と認められる『司祭』でも、メガセリオン相手では実力不足。


司祭階級の聖人は、数多の人狼を討伐することが本来の任務なのだ。


だが、司祭であるクリスはヴィーナスと戦うことを許可された。


それはクリスが通常の階級とは異なる性質を持つ聖人だからである。


階級に縛られない『特別性』が、クリスには存在する。


「…さて」


それでも、クリスがヴィーナスに勝つ可能性は良くて五分だった。


にも拘わらず、クリスはヴィーナスを討伐し、続けてプルートも倒した。


それは恐らく、同行していると言うアーテルの手助けのお陰だろう。


「クリス、そしてアーテル」


彼らは駒だ。


ヨハンナが目的を果たす為に必要な道具。


その目的の完遂が世に平和をもたらすと信じているが故に、ヨハンナは彼らを使い潰すことにも一切躊躇いが無い。


清も濁も呑み込み、どんな冷酷な判断も下すことが出来る。


「教皇様! ご報告が!」


その時、扉が開き、部屋の中にコルネリアが入ってきた。


「任務に出ていたカロルス達の報告なのですが…!」


「カロルス…確か、司教階級の聖人だな」


ヨハンナの記憶が正しければ、メガセリオンの討伐に向かっていた筈だ。


他二人の司教と共に任務を命じていた。


「死亡が、確認されました」


「…何だと? 三人共か?」


「聖人『カロルス』『バシリウス』『アブラハム』の全て、メガセリオンに殺されました」


「相手は、一体…」


三人の司教が共闘すれば、大抵の相手には圧勝出来る筈。


それが一方的に殺されたと言うのなら、相手が尋常じゃない者だったと言うこと。


「…目撃情報によれば、相手は髪から服装まで全て真っ白な男だったと」


「『白騎士』か…!」


ヨハンナは大きく舌打ちをする。


最悪だ。相手が悪すぎる。


聖人同様にメガセリオンにも個体差はあるが、その中でも最悪の一体が白騎士と言う獣。


『四騎士』と呼ばれるマスターテリオンの近衛騎士の一体。


十体のメガセリオンの中から選別された精鋭中の精鋭。


人狼とメガセリオンの間には大きな力の差があるが、下位のメガセリオンと四騎士の間にも大きな実力差が存在する。


本来ならメガセリオンの本拠地である『マルクト』でマスターテリオンを守護している筈だが、白騎士だけは例外だった。


極めて好戦的な騎士であり、本来の役目を超えて各地で聖人を虐殺している。


こと悪名に至っては、どの騎士よりも知名度が高い。


「…任務に出ている全ての聖人にこの情報を通達するんだ。現場付近の聖人には特に」


「分かりました」


「………」


部屋から出ていくコルネリアの背をヨハンナは無言で見送る。


恐らく、この通達もあまり意味は無いだろう。


アレは歩く災害そのもの。


その行動に規則性はなく、唐突に現れて破壊を撒き散らす。


並みの聖人では戦うことすら出来ない。


(戦力が必要だ)


歴代最強と言われる先代教皇でも、メガセリオンを完全に滅ぼすことは出来なかった。


もっと強い力が、強い戦士が必要なのだ。








「必要な物は大体買えたかしら?」


町を歩きながら、クリスは購入した物を確認していた。


食料や飲み水など、その他諸々。


聖都への道中に必要な物は揃えることが出来ただろう。


「干し肉に、乾いたパン。いい加減保存食にも飽きたねえ」


「そう? 私、干し肉ってそんなに嫌いじゃないけど」


「せめて今日の昼食くらいはまともな物を食べようよ。さっき美味しそうなレストランを見かけて…」


「何か軽い物で良いでしょう。あんまりお腹いっぱい食べると動き辛くなるし」


「君って本当に食への関心が薄いねぇ」


アーテルは呆れたように肩を竦める。


食べ物の好み以前に、食事に時間や手間を掛けること自体を無駄だと思っているようだ。


最低限の栄養を腹に収めることが出来れば、それで十分なのだろう。


「と言うか、あなたと一緒にレストランとか入りたくないんだけど」


「んなっ! 何て酷いことを言うんだ、傷付くよ!」


「だって、あなた店に入ってもそのマスクを取らないじゃない」


今度はクリスがアーテルに呆れた視線を向けた。


アーテルが被っているカラスマスクを指差す。


「目立って仕方ないわよ。レストランに行くなら、それを外せ」


「こ、コレだけは外せないんだ」


「何でよ?…考えてみれば、あなたの素顔って一度も見たことないわね」


何やら必死に顔を守るアーテルに興味が湧いたのか、クリスは一歩近付く。


「いい機会だから、そのマスクの下を見せなさい」


「拒否する」


「いいから」


「断固拒否する」


じりじりと迫るクリスに対し、アーテルもゆっくりと後退る。


普段飄々としているアーテルにしては、やや焦っているように見えた。


余程素顔を見られたくないのか。


そう考えると、クリスは尚のこと素顔が気になる。


「観念しなさいって…」


壁際に追い詰めたアーテルのマスクを剥ぎ取ろうとしたクリスは、ふと動きを止めた。


大通りから歩いてきた一人の老人が、クリスの背後を横切っていく。


「ッ!」


瞬間、クリスは顔色を変えて振り返った。


冷や汗を流しながら視線で老人を探す。


「クリス? 一体どうしたんだい?」


「…居た!」


遠目に見える背の曲がった老人。


裕福な商人なのか、豪奢な服装に身を包んだその男は、馬車の中に乗り込む所だった。


「メガセリオン…!」


「…何だって?」


「間違いないわ…! あの二体と同じ気配を感じた!」


ただ背後を通っただけであるが、クリスの目には確信があった。


元々人狼の気配には敏感だったが、二度のメガセリオンとの戦闘を経て、特にメガセリオンの気配には感覚が鋭くなっていた。


「早く追い掛け…」


急いで走り出そうとしたクリスが、見覚えのある人物を見つけた。


クリスよりも年下ながら、実力は上である聖女。


司教級の聖女ソフィーだ。


「丁度良かった…!」


クリスはソフィーへと駆け寄り、その手を掴んだ。


「ソフィー! 手を貸して!」


「…あなた、誰ですか?」


首を傾げながらソフィーは言う。


「ほ、本当に、忘れているし」


会ったのはついさっきなのに、ソフィーは本気で二人のことを記憶から消していたようだ。


「それより! メガセリオンが町に居たのよ! 手を貸して!」


「………」


ソフィーはクリスの言葉に考え込むように口を閉じた。


「何故?」


「…え?」


「だから、何故私がそんなことをしなければならないのですか? 理由は?」


「り、理由…?」


ソフィーの言葉に、クリスは呆然とする。


理由、などそんな物を考える必要があるのか。


聖人とは、聖女とは、獣を倒して人々を守る者。


そう考えていたクリスに、ソフィーの言葉が分からない。


「私は任務以外で獣と戦う気はありません」


「な、何で」


「お金になりませんから。私は、お金を稼ぐ為に聖女となったのです」


淡々と、冷酷な程にあっさりとソフィーは告げる。


聖女となったのも、獣から人を救うのも、全て金の為。


人助けさえも単なるビジネスに過ぎないのだと。


「あ、あなたはそれでも聖女なの…!」


クリスは思わずソフィーの肩を握り締めた。


それでは何の為に秘跡を授かったのか。


何の為に神に選ばれたのか。


「聖女ですよ。周りがそう認めたのですから、そうなんでしょう」


表情一つ変えずにソフィーは告げる。


「…まあ、私自身はそんなに上等な人間だと思いませんがね」


「ッ!」


「クリス! 馬車が動き出したよ!」


まだ何か言おうとしたクリスに対し、アーテルが叫ぶ。


見ると、遠目に見える馬車がゆっくりと動いていた。


このままでは馬車が行ってしまう。


「…追い掛けるわよ!」


クリスは吐き捨てるようにそう告げ、走り出した。

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