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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
二章 白の獣
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第二十五夜


「聖人の身体とは、正しく神秘の宝庫だねぇ」


「………」


上機嫌に治療を続けるアーテルを、クリスは冷めた目で眺めていた。


「骨まで腐っていたと言うのに、もう治りかけているとは。聖人の血が黒血に耐性を持つことと同様に、その肉や骨にも常人では考えられない神秘が宿っているのだろうか?」


クリスとアーテルがプルートと戦ってから、まだ三日しか経っていない。


プルートによって負わされた傷はどちらも重傷。


アーテルが手当てをしたとは言え、最悪腕を切断する必要があった。


にも拘わらず、既にその傷は殆ど治りかけていた。


「…多分だけど、プルートが死んだことで呪いが弱まったんじゃないかしら?」


「確かに、それも考えられるね」


噛まれた後、肉体を段々と蝕んでいた呪いの浸食が突然止まった。


腐敗の毒は、プルートによる呪いだ。


呪いを掛ける本人が死ねば、その呪いもまた消えるのだろう。


「なるほどなるほど。コレが呪禁か。コレが…ふふふ」


「…何でそんなに嬉しそうなのよ?」


「かつてない症例は医者の本懐だろう?」


鼻歌でも歌いそうな程に嬉しそうな声で、アーテルは自身の体を確認している。


「況して、自分の体のことは自分が一番理解している。この痛み、この苦しみを覚えておこう。医学の発展の為にね」


ウキウキとした調子でアーテルは言う。


喜んでいるのだ、心から。


人狼との戦いで直に呪禁を浴び、狼狂病に対する知識が深まったことに歓喜している。


「………」


やっぱりコイツは変人、いや変態だ。


クリスは不審者を見るような目でアーテルを眺めていた。








「…着いた。アレが第二都市『コクマー』よ」


クリスは前方の城塞都市を指差し、そう告げた。


第二都市『コクマー』


大陸の北東部に位置する都市であり、ここまで来れば聖都ケテルもそう遠くない。


「でも、都市は人の出入りを禁じているんじゃないの?」


「ここは大丈夫よ。聖都に近いし、人狼も殆ど出たことないから」


「人狼が、出ない?」


首を傾げるアーテルを見て、クリスは小さく息を吐いた。


どうしてこの男は知識に偏りがあるのだろうか。


医療知識は白日教会を超える程なのに、一般常識は殆ど知らない。


「約百年前、狼狂病が最初に発生した場所がどこか知っている?」


「え? えーと、確か南部のどこかだったよね?」


「『マルクト』よ。大陸の最南部で第十都市だった場所」


世界で最初に狼狂病が発生した土地。


そして現在は都市と呼ばれていない場所。


「マルクト以外にも『ネツァク』『ホド』『イェソド』は既に都市としての機能を失っているわ」


「ああ、それは聞いたことがあるよ。狼狂病が蔓延して人が住めない土地になったと」


「それも間違いでは無いけど…」


クリスは目つきを鋭くして話を続けた。


「実際は、メガセリオンによってその四つの都市が攻め滅ぼされたのよ」


そう、狼狂病はただの疫病では無い。


あの病は人を獣に変え、そして彼らは自我を以て組織されている。


災害では無い。


コレは侵略なのだ。


「第七都市から第十都市まではこの百年の間にメガセリオンの手に落ちている。奴らはマルクトを拠点に南部から大陸を支配する気なのよ」


「だから、北は安全なのか」


「そうよ。コクマー付近で人狼は出ない」


普通の病気ならば有り得ない偏り。


その理由は、狼狂病がメガセリオンによって広められた人為的な呪いであるからだろう。


メガセリオンが人狼を生み出し、そしてそのメガセリオンを生み出したのがマスターテリオン。


「マスターテリオンは、一体何の為にこんなことをしているのだろうね」


「獣の本能として、人類を滅ぼしたいんじゃないの?」


「…本当にそう思うかい?」


「………」


改めてアーテルに問われるとクリスは言葉に詰まる。


獣が人を襲うのに理由は要らない。


それが白日教会としての模範解答だろうが、クリス自身はそれに疑問を持っていた。


実際に言葉を交わしたマスターテリオンは、メガセリオン同様に人の知性を保っていた。


ただ殺したい、ただ壊したいと言う理由で暴れているようには見えなかった。


何かあの男にも目的があるのだろう。


それが何なのかまでは分からないが。


「…まあいいわ。分からないことを幾ら考えても無駄よ」


そう結論付け、クリスは懐から聖銀のペンダントを取り出す。


「あなたもペンダントを取り出しなさい。町の中に入るから」








『コクマー』の入口には門番が立っていたが、ペンダントのお陰で二人はすんなり中に入ることが出来た。


第二都市となれば、白日教会の影響も強い。


門を通る二人の姿を見る人々の眼には、畏敬の色が宿っていた。


「初めて使ったけど、コレ凄いね」


「あなたは自覚が無いようだけど、聖人って言ったら教会の中でもエリートなのよ?」


面白そうにペンダントを眺めるアーテルにクリスは言う。


「修道院で修行をしても秘跡を得られるのは十人中、一人以下。その中で戦いに役立つ能力を得る者は更に希少なの」


故に人狼と戦う力を持つ聖人は憧れの的なのだ。


教会の影響が弱い地方ならともかく、影響が強い北部の都市ではこのような扱いを受ける。


「あまり長居する気は無いけど、補給と休息くらいは取っていきましょう」


「出来ることなら長居したい所だけど、仕方ないね」


初めて見る都市には興味があったが、流石に教皇の命令を無視してまで通す目的では無い。


やや残念そうにアーテルは息を吐いた。


「うん? あの子…」


「どうかした?」


「いや、あの子も、もしかして聖女なのかな?」


「え?」


アーテルが指差す方向へクリスも視線を向ける。


そこには一人の少女が立っていた。


年齢はややクリスより下の、十七歳くらい。


ひらひらとした紅白の衣装を身に纏った小柄な少女だ。


頭には尖った帽子を被り、両耳に赤と青のイヤリングを付けている。


とにかく派手な印象を受ける人物であり、身に着けた宝飾品も高価な物ばかり。


背丈は低めだが、童顔で可愛らしい顔立ちをしている。


「…ん?」


少女が視線に気付き、クリス達の方を向く。


首に下げられているのは、聖女の証である聖銀のペンダント。


「あれ? もしかして同業者さんですか? どうもはじめまして!」


ニコニコと愛想の良い笑みを浮かべる少女。


笑った口元から子供っぽい八重歯が見えた。


「私はソフィア。階級は『司教ビショップ』…気軽にソフィーと呼んで下さい!」

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