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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
二章 白の獣
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第二十四夜


『マスターテリオンに会った…? それは、本当ですか?』


翌朝、報告を受けたコルネリアは思わず聞き返した。


顔は見えないが、ペンダントから聞こえる声には動揺の色が宿っている。


「そうよ。使い魔と言うか、分身みたいな物と会話したのだけど」


『………』


「コルネリア?」


急に黙り込んだコルネリアにクリスは首を傾げた。


『…貴女はメガセリオンについてどこまで知っていますか?』


「え? 修道院時代に聞いたくらいだけど…」


クリスは頭を捻って、修道院で学んだことを思い出す。


メガセリオン。


人狼の上位種。


外見は人間に近く、思考回路も人間とほぼ同等。


人の知恵と悪意を以て人を殺す為、並みの人狼とは脅威度が比べ物にならないと。


『メガセリオンとは、全部で十体居ると言われています』


「十体…ってことは、既に二体倒したから残りは八体と言うこと?」


『いえ…』


ヴィーナスとプルート。


二体のメガセリオンがクリスの手で滅ぼされたのだから、残りは八体。


そう告げたクリスの言葉を、コルネリアは否定した。


『十体、と言うのはメガセリオンが同時に存在出来る最大数が十体と言うだけの話なのです』


「どういう意味?」


「欠員が出れば、その度に補充されると言う意味だろう?」


二人の会話に割り込むように、アーテルは声を出した。


突然の声に、コルネリアは少し驚いたように息を呑む。


「失礼。俺はアーテル。一応、教会の所属だよ」


『…ああ、貴方がそうでしたか。クリス様と共に行動しているとは聞いていませんでした』


「続きを聞いても良いかな? 俺にも無関係じゃなさそうだし」


『構いませんよ』


コホン、と気を取り直すように一つ咳をしてコルネリアは言葉を続けた。


『メガセリオンは個々に一つずつ『呪い』を宿しています。それはメガセリオンが倒されても消えず、また別の人間に移ってしまう』


ヴィーナスの場合は『色欲ツァーカブ


プルートの場合は『拒絶シェリダー


それぞれの思想、願望を表したような呪禁は彼らの肉体が滅んでも消えない。


また別の適性ある人間を求め、新たなメガセリオンとなる。


「候補者…」


マスターテリオンはそう言っていた。


ただ人間では駄目だ。選別する必要がある、と。


呪禁に宿す素質を持つ人間。


それが彼の語る候補者。


『メガセリオンが世に現れて約七十年。教会の聖人達が多くのメガセリオンを討伐してきましたが、彼らは依然として存在し続けている』


個々の獣を討伐しても、メガセリオンと言う組織は消えない。


その組織を運営している者が居る限り。


『マスターテリオン。それこそがメガセリオンを組織している張本人。奴を滅ぼすまで、メガセリオンと言う組織が滅びることはありません』


一体や二体の獣が倒された所で、奴にとっては大した痛手では無いのだろう。


この世界に人間など星の数ほど居る。


その中から候補者を見出し、また自身の駒に仕立て上げれば良いだけなのだから。


「マスターテリオン…」


アレが全ての元凶。


今回は取り逃がしてしまった。


だが、次に会うことがあれば、今度こそ…


『…ところで。アーテル様』


「俺? 何かな?」


『教皇様が一度話がしたいので聖都へ戻るように、と』


淡々とした口調でコルネリアは告げた。


『それと、クリス様も。今回の話は教皇様にも直接伝えた方が良いでしょうから』


「私も聖都に…」


まあ、元々一度聖都に戻るつもりだったのでそれは構わない。


教皇に直接会うのは少し緊張するが。


『それでは、お待ちしております』


そう言ってコルネリアは通信を切った。








グチャグチャ、と水気を帯びた音が響いていた。


薄暗い洞窟の中、血の臭いが充満した空間に一人の影が居た。


「………」


ギラギラとした目を光らせ、肉塊を口に運ぶ。


それは人間、更に言うなら子供の肉塊だった。


頭から噛り付き、肉も骨も噛み砕き、咀嚼する影の怪物。


『精が出るな。サートゥルヌス』


その怪物の背に、一羽のカラスが労いの声を掛けた。


「む? マスター殿ではありませんか。これはお見苦しい所を」


サートゥルヌスは慇懃に振る舞い、口元の血を拭う。


『気にするな。食べながらでも構わんぞ』


ひらひらと手の代わりに羽根を動かしながら、マスターテリオンは言う。


『色欲と拒絶が殺されたのは聞いているか?』


「ああ、あの小娘と小僧ですか。予想通りと言えば、予想通りですのう。奴らはどちらも早死にしそうな性格じゃった」


その死を嘲るように、サートゥルヌスは嗤う。


同胞の死に対して、悲しみなど欠片も無い。


そもそも仲間意識すら皆無なのだろう。


「やはり餓鬼は使えんですなぁ。どいつもこいつも、未熟で慎重さに欠けている」


『お前は違うと言うのか?』


「当然。貴方様から呪禁を授かって五十年。教会の聖人共に敗北した経験など一度もありませぬ」


サートゥルヌスはそう言うと、僅かに顔を歪めてマスターテリオンを見た。


「だと言うのに、貴方様は未だに顔を合わせることすら許されない」


その言葉には隠し切れない不満が宿っていた。


サートゥルヌスが人狼化して既に五十年。


にも拘わらず、マスターテリオンからはこうして使い魔越しに指示を出されるばかり。


その姿を見たことすら一度も無いのだ。


『悪いな。これでも、お前のことは信用しているのだが』


「いえ、それは良いのです。儂の実力がまだ貴方の理想に届かないと言うのなら、それを目指すまで」


サートゥルヌスのギョロギョロとした目が足下のカラスを射抜く。


「しかし」


その眼に、顔に、明らかな怒りが宿る。


「何故、あの者を『四騎士』に加えたのですか?」


洞窟中を満たすような怒りと殺意は、マスターテリオンに向けられた物では無い。


この場には居ない『ある男』への怒りだ。


「あの狂った餓鬼に、どうして貴方は謁見を許されたのか! どうしてこの儂を差し置いて四騎士の席を与えたのか!」


憤怒と嫉妬、様々な感情と共にサートゥルヌスは叫ぶ。


それを眺め、マスターテリオンは小さく息を吐いた。


『…ふう。お前の気持ちは分かった』


「では…!」


『お前に一つ指令を下す。それを終えた後に、お前と奴を戦わせてやろう』


マスターテリオンは静かに告げる。


『お前が勝てば、四騎士の席にはお前が座れ』

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