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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
一章 愛の獣
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第十九夜


「………」


折角だから泊まっていけ、と言うカタリナの厚意に甘えたクリス達。


カタリナの山菜を使った夕食をご馳走になった後、二人は静かに家を出た。


月だけが地上を照らす夜の下、闇の中へ視線を向けている。


「今宵は雲一つない月夜。獣が出る夜…」


クリスは静かに呟く。


ガサガサと森の木々を掻き分けて、無数の赤い光が現れた。


それは眼だ。


闇に潜む人狼達が、こちらを見ている。


「…だけど、流石に数が多過ぎるわね」


何せ、まだ家の中に居た時から獣の気配を感じていた程だ。


下手すれば、この村の住人よりも多いかもしれない数の人狼の群れ。


近くの村で狼狂病が蔓延したのだろうか?


「…アーテル。あなたも戦いなさいよ」


「相手が人狼とは言え、生き物を殺すのは気が進まないのだけど…」


嫌そうに呟きながらも、アーテルは爪先から紅い糸を伸ばす。


「まあ、一宿一飯の恩返しは人として当然ってことで」


カタリナを、この村を守る為だ。


先程出会ったばかりの薄い関係だが、アーテルにとって付き合いの長さは関係ない。


それが善人であるなら、それだけで身を挺して守る価値がある。


「カタリナさんに何も言わずに出てきたんだから、出来るだけ早く戻るわよ」


「了解」


そう二人が言葉を交わした直後、森の中から無数の影が飛び出した。








「『紅糸ルベル』」


飛び掛かる人狼の群れを前に、アーテルは紅い糸を伸ばす。


一本一本が蛇のように動き回るそれは、アーテルの身を守るように展開された。


それは鋼の護りであると同時に、鋼を断ち切る刃でもある。


強靭な爪を以てアーテルの血肉を抉ろうとした人狼の身を、紙のように切り裂いていく。


触れるだけで容易く切断される鋼の糸。


その脅威に気付いた人狼達は足を止めるが、アーテルはその隙を見逃さない。


「断ち切れ」


今度は身を守るように展開されていた糸が、四方へと襲い掛かる。


立ち止まった人狼達を細切れにする斬撃の嵐。


急所を狙う、などと賢しいことは言わない。


全身を切り刻めばそれで終わりだと言うように。


(…強い)


瞬く間に十を超える人狼を殺したアーテルを横目で見て、クリスは思う。


正式な訓練を受けていない為か、その戦闘スタイルはかなり独特で大雑把な物だが、アーテルの能力がそれを補っている。


鉄の刃よりも鋭い糸を無尽蔵に、自由自在に操れるのだ。


ただ周囲に展開するだけで敵を切り裂き、自身を護る攻防一体の蜘蛛の巣だ。


「ファイア!」


それに負けじと、クリスも自身の秘跡を発動する。


放たれた銀の弾丸は六発。


物理法則を無視して虚空を駆ける弾丸は、その数と同数の人狼を射抜いた。


「この感触。まだ獣になってから日が経っていないね」


「…分かるの?」


「一応、医者の端くれだからね。内臓とかが、まだ人間のままだ」


胴を両断され、灰へと変わっていく人狼を見下ろしながらアーテルは言う。


「一つの村で狼狂病が蔓延し、村人全員が一夜で人狼化した、とか?」


「…それは私も考えたけど」


自身に迫る人狼を倒しながら、クリスは呟く。


「例えそうだとしても、人狼が徒党を組むなんておかしい」


人狼とは、文字通り一匹狼なのだ。


仲間意識なんて皆無に等しい。


人狼は同族を襲わないが、それは単に襲っても餌にならないからと言う理由故だ。


生前同じ村に住んでおり、同じ夜に人狼化したとしても、別々に行動するのが獣と言う物。


余程生前に深い関係にあり、僅かな記憶に従って共に行動していたとしても、それでも数匹が精々。


これ程の群れが生まれる理由が無い。


「…?」


会話をしながらも戦いを続けていたクリスはふと訝し気な顔を浮かべた。


本能のままに襲い掛かってきていた人狼達の動きが僅かに鈍ったのだ。


足を止め、クリスから距離を取るように静かに後退っている。


まるで、何かを恐れるように。


「ウォォォォォォォ!」


その時、夜闇を震わせる雄叫びと共に、一つの影がクリスへと襲い掛かった。


「ッ!」


それは周囲の人狼達よりも小柄な影だった。


他の人狼とは、大人と子供くらいの体格差があった。


だが、その身から放たれる血臭は他と比べ物にならない。


「ファイア!」


言い様の無い悪寒を感じ、無意識の内にクリスは引き金を引いた。


銀の弾丸が目前の影へと迫る。


「!」


それに気付いた影は、驚いたように地面を蹴った。


獣そのものである俊敏さで、一足でクリスから距離を取り、弾丸を躱す。


咄嗟のことで秘跡を込めていなかった弾丸は、空しく大地を穿った。


「何、コイツ…」


距離を取ったことでようやく敵の姿がハッキリと見えた。


それは、クリスよりも年下に見える小柄な少年だった。


全身の皮膚と言う皮膚が全て黒く変色しており、黒い血が膿のように零れている。


その変色した皮膚を隠すようにボロボロの包帯を巻いており、それ以外には何も身に着けていない。


口には狼のような牙が生え、手足は毛皮で覆われているなど、四本足で地面に立つ姿は獣そのもの。


「…銀製の武器。お前は、教会の人間か」


獣染みた少年は、外見相応の高い声で呟いた。


「そうだけど。そちらは?」


「…プルート」


短く、少年は自身の名を告げた。


それ以上語る言葉は持たない、とでも言うように地面を踏み締める。


「人語を解する人狼。人と獣が融合したような姿。なあ、クリス。もしかして…」


「分かっている」


以前戦ったヴィーナスと言うメガセリオンと同じ特徴だ。


(…人狼達が従っている)


周囲を取り囲む人狼達が完全に動きを止めていた。


知性を持たない筈の獣が、プルートの命令を待っている。


知性では無く本能で、プルートこそが自身の上位種であると理解しているのだろう。


「行け」


短い命令と共に、全ての人狼が動き出した。


メガセリオンに統括された人狼の群れが、贄を貪ろうと襲い掛かる。


「二体目のメガセリオン。まあ、ある意味では望んでいたことではあるけど…」


「…クリス。君って実は不幸の星の下に生まれたのでは?」


「は」


アーテルの皮肉に、クリスもまた皮肉気な笑みを浮かべて返した。


「生憎と自分が幸運だと思った経験なんて、今まで一度も無いわよ…!」

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